第10話 昼休み小会議①
こよみとバッティングセンターを堪能した翌日の昼休み、俺は久し振りに舞以外とも昼食を囲んでいた。幼馴染の秋人と椛だ。俺の席を囲んで俺と舞、秋人、椛が椅子に掛けていたが、正面に座る秋人が妙に浮かない表情をしているのは何故だろうか?
「あの……。舞ちゃん、椅子もう1つ持ってこようか……?」
「ん? いいよ。どうせ余ってないし」
秋人が舞に気を利かせたのかそう訊いてくれたが、舞はさらりと断った。
「だな。椅子を探すだけ時間の無駄だし、始めようぜ」
実際隣のクラスから態々来ている舞は席がない。そのため俺と舞が椅子を分け合って座っているのは半ばいつもの事になっているのだ。そもそも手近な所に空席があれば、日頃から使っているよ。
「いや、楓が最近舞ちゃんと昼飯を食べてるのは知ってたけど、流石にこうして椅子をシェアしてくっついているのを目の前で見せ付けられるとね……。ちょっと何言ったらいいか分からないというか……」
「仕方ないだろ。舞に床で飯食わせる訳にも行かないし、俺が床で飯を食うのも舞が許してくれないんだから」
「ああそう……」
秋人がそう言って視線を切るが、俺だって今のこの状態に思う事が無い訳ではない。
出会った時ほど舞がすぐ近くに居ることそのものにびっくりすることは無くなったが、今でも少し肩越しに見える笑顔や、彼女の細い首が揺れる度に、弾ける髪の香りにドキドキさせられる。
「それで、椛は何をニヤニヤしてるんだ?」
「んー? ちょっとこの構図をどこで使おうか考えてるだけ」
「よし、潰す!」
椛の腐女子趣味は今更だが、その毒牙が俺や秋人だけならともかく、舞にまで向くのは避けねばなるまい。というか、確かにボーイッシュなところがあるとは言え、舞は女の子だぞ⁉
机の上、弁当箱の隣に鎮座する英和辞書を手に取る。先の4時間目、英語の授業の置き土産だ。こいつをニヤつく椛の顔面に投擲してやろうと思ったが、右手で掴み上げて肩を動かした瞬間、嫌な予感がしたので止めておいた。
「賢明な判断だね。こんな腐った幼馴染のために、怪我を悪化させるようなリスクを取るべきじゃないよ」
「ボクとしては楓が自分の肩を大事にしてくれたことにちょっと安心したかな。動かさなければ痛くないみたいだから忘れがちみたいだけど、ハッとして自分で自制できるみたいで良かった」
秋人と舞がそう言ってくれるが、舞に今彼女が椛の描く腐った御姉様方の愛読する漫画の登場人物になり掛けている事を伝えるべきだろうか? いや、問題なのは描く側か。
「椛、俺と秋人は100万歩譲って許してやるけど、舞をネタにしたら本気で怒るからな」
「……分かってるよ。流石に本気で嫌がる事はしないって」
椛がそうしおらしく首肯したが、俺も秋人も割と平素から本気で嫌だとは思っているんだけどなあ……。嫌よ嫌よもなんとやらだと思われているのだろうか?
「というか、楓と椅子を分けなくても、舞ちゃんがこっちに来れば良くない? 椅子なら私が半分分けてあげるよ。女の子同士で座ろう?」
そう言って椛が座る位置をずらし、舞が座れるようにスペースを空けた。
流石に中学から美術部だけあって椛の線は細い。最近まで野球部だった俺や、良く鍛えられていて下半身は意外と立派な舞と比べれば、空くスペースも大きい。名残惜しい気はするが、舞も向こうに——
「別に良いよ。ボクは楓と一緒がいいし」
——行かなかった。というか、今の舞、弁当を拡げながらさらっととんでもない事言わなかったか?
「なんというか……。ご馳走様」
「うん……。その……。ご馳走様」
「うん? まだ秋人くんも椛ちゃんもお弁当食べてないよね?」
秋人と椛が揃ってニヤニヤしながらこちらを見ているのが腹立つし、見られている側の舞はその視線に対して全く頓着することもなく弁当を食べ始めているし、逃げ場もない俺は一体どうしたら良いのか分からない。
「2人とも変なの」
そう言うと舞はお弁当のブロッコリーを箸で摘まみ、ポリポリ音を立てて食べ出した。
舞は秋人と椛に変だと言ったが、周りでヒソヒソと囁き合うクラスメイトの好奇の視線も、俺自身の感性も、変わっているのは舞の方だと言っていた。
……ただ、嬉しかったから、俺からは何も言わないが。
2025/1/27修正




