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第3話 初練習の日

2018/7/10 一部改稿しました

2021/10/24 全体改稿なう

2024/6/6 全体改稿

 舞の楽しみにしていた初練習の日は案外すぐだった。

 勧誘らしい勧誘といえばもみじの実家のバッティングセンターに貼らせてもらった、埋もれてしまうようなポスター1枚と、ネット上の草野球コミュニティサイトでの募集だけだった。それでもメールを受ける舞の方には何人か参加表明のメールが届いたらしい。

 そして初練習の朝、グラウンドに立った橘南高校の指定ジャージ姿の俺は軽く呆然としていた。


「……これはまた」


 言葉は出るが状況に圧倒されて、その先が上手く続かない。

 来てくれた人数は元々想像していたより多かったが、固まってしまうのはそのメンバーの内訳だ。


「えっと……」


 語尾が思わず言葉を失うほどのショック。

 舞と、椛と、それと見たことがない女の子が2人。まさかの男0人とは……。


「ポスターに『女の子も歓迎』って書いたのって楓じゃないの?」


 言い淀む俺の尻を、椛が抓って来た。痛い。


「いや、それ書いたのは俺じゃなくて舞だから。確かに2人で決めて書いたけど、その反響がここまでとは……」


 俺もある程度は女の子が来るかもしれないとは思っていた。ただこうなるとは思っていなかった。


「いろんなチームの募集を見ても女子マネ募集ばっかりで、プレイヤーは男性限定のところしかなかったんで。あんな口説き文句を前に出したら女の子ばっかりになりますよ、先輩」


 集まった中でも一際身長の高い女の子がそう言った。秋人と同じか、少し低いくらいか? 多分170センチ台はあるだろう。どうやら集まってくれた理由も舞と似たような事情らしい。

 誰が最初に言い出すかの差だったというだけで、そのうち女性ばかりの草野球チームは出来ていたのかもしれないな。嚆矢になれたというなら、俺としては万々歳だ。


「先輩が監督ですか? まず何からします?」

「ごめん、監督は俺じゃなくてこっちなんだ」


 集まった人に圧倒されてぽかんとしていた舞を半ば盾にするように前に引き出す。

 俺以上に背のあるその少女と、小学生並の身長の舞ではもはや大人と子供ほど目線が合っていなかった。


「あ……。すみません」

「大丈夫だよ。みんな楓を見てたし多分こうなるんじゃないかなとは思ってたから……。じゃあ、とりあえず守備位置だけ決めちゃう?」

「そうだな。その方が試合組むのも早められそうだし。希望が重複しない限りみんなの希望優先で決めていいか?」

「いいですよ」


 背の高い少女がそう言ったのを皮切りに、俺の話にめいめいが賛同してくれた。

 スムーズに事が進んでいくのは助かるが、それでも周囲ほとんどが女性というのは俺からしてみればこの上なく居辛い状況だな。

 とりあえず監督である舞が前に出るが、ユニホームに包まれた小さな背丈のせいで、頭越しに全員の目線が俺にぶっ刺さっているのが分かった。溢れ出る異物感で泣きそうだ。

 改めて思うが、舞は小さいな。これじゃ盾にもならない。


「じゃあ名前と希望守備位置教えてください」

「はーい。じゃあ私から。青木椛、ポジションはセンター、ライト、たまにファーストをやってました。小学校を最後に離れていたのでブランクがありますがよろしくお願いします!」


 自己紹介の一番手は椛だった。少年野球時代の野球帽を被り、学校指定のジャージ姿に少年野球時代にも使っていたグローブを着けている。当時のグラブが今でもちゃんと使えるあたり、手入れはきちんとしていたようだ。

 椛の自己紹介が終わるなり、よく似た二人組が前に出た。


「櫻井こよみです。希望ポジションは4番サードです! 小中学校ではレフトもやっていました!」

「えっと、櫻井ちひろです。出来ればショートをやりたいです」


 順々に答えた2人は背丈こそ大きく違うが、顔の作りはよく似ていた。ただ一番似ていないところを挙げるとしたら雰囲気と言ったところか。

 舞が2人の内の大きい方に尋ねる。


「苗字が同じってことは、2人は姉妹なの?」

「ええ、私が姉の櫻井こよみ、橘南高校1年です。呼ぶときは苗字だと紛らわしいので下の名前でお願いします」

「櫻井ちひろ。橘中央中学校3年生です。お願いします」


 体育会系らしく人当たりがよさそうな姉のこよみに対して、妹のちひろは少し引いたところがあるようだ。尤も、慣れない環境と年上ばかりの場に戸惑っているだけなのかもしれないが。

 いずれにせよ、内心冷や汗ダラダラの俺程じゃあないだろう。


「こよみちゃんとちひろちゃんね、2人ともよろしく」


 若干表情が強張りながら俺も笑みを返す。むしろこの状況に慣れを要するのは俺のほうなのだが、そちらそれはなかなか難しい。今も手には汗を握っている状態だ。

 俺のいっぱいいっぱいさを察してか、舞がこよみの前に出た。


「じゃあこよみちゃんはボクたちの後輩なんだね」

「ええ、楓先輩から見ると——えっ……?」


 舞を見るこよみの目が点になる。とはいえ彼女のその気持ちも十分に分かる。

 制服を着ていなければ中学生と見間違えただろう俺としては、こよみに耳打ちするくらいしか出来ない。


「俺とこいつと、あと椛は3人とも橘南高校の2年だ。……とてもそう見えないのは突っ込まないでやってくれ」

「わ、分かりました」


 相当衝撃的だったのだろう。舞が自己紹介のために前に出ても、こよみは未だに舞を穴が開きそうなほど見つめていた。

 それにしても、あの櫻井姉妹の姉の方——こよみは何で俺のことを言う前から橘南高校の先輩と認識出来ていたんだろう。校内で遭遇する機会でもあったのかな?


「じゃあボクの自己紹介を。星野舞です。ポジションはもちろんピッチャー! 座右の銘は不退転! 大船に乗ったつもりでボクに任せてください!」


 あれこれ気を揉んでいる俺のことは放っておいて、既にユニホーム姿の舞が自己紹介をする。初対面の面々を前にこの自信満々の自己紹介。そしてピッチャー自ら「ボクに任せてください」とはな。改めて大物だな、この子。身体は小柄だけど。


「じゃあ僕は8番ライトで!」


 舞の自己紹介に次いで、突然聞こえた男の声。それもよく聞き知った物だ。

 皆が振り向いた先に、そいつは居た。既に舞と同じくユニホーム姿で、軟式野球御用達の特殊材質のバットを肩に担ぎ、既にやる気満々な出で立ちで。


「お前は何しに来やがった、秋人!」

「嫌だなあ楓。野球をしに来た以外何があるのさ?」


 そう言って立ち上がって来たのは何故かそこにいた秋人だった。

 女性陣の中で、170台半ばと上背のある秋人の立ち姿はかなり目立っている。おそらくさっきまで女性陣の後方に隠れて、女性陣の前で緊張してガチガチの俺のことを見てほくそ笑んでいたと思うと、その煌く笑顔も却って鬱陶しさを増大させる。


「というかなんでお前がここにいるんだよ? 野球は中学でやめたんじゃなかったのか?」

「楓と一緒だよ。部活が嫌になっただけで、野球が嫌いになったわけじゃない。……ただ中学高校で坊主にするのが嫌だったから野球から離れただけだよ」


 そんなことを宣う秋人は、よくよく見れば結構長髪だ。そう言えばずっとこんなもんだったっけ。親友の髪の長さなんて一々チェックしないから意識したことなかった。

 確かに野球部だったら坊主とまで行かなくても最低限短くカットするまで部活禁止されそうだし、俺たちのいた中学校の顧問はそれなりに格好に五月蠅かった。

 橘南高校の野球部はそこまで五月蠅くは無いけどさ。


「また随分と適当な理由だったんだな……」

「…………まあね。確かに一度はそんな理由で部活は辞めた。でもその後ずっと軟式の草野球に参加してたからね。硬式から再転向する楓よりは軟式野球慣れしてると思うよ?」


 なんか言いたそうに少しだけこちらを伺っていたが、「また一緒に野球が出来るな」と言って笑う秋人の煌く表情は、もう遠く過ぎ去った日の野球少年と同じだった。


☆☆


 その後も一通りの自己紹介が終わり、集まってくれた5人の希望ポジションが1つも被ることなく決定するという皆の妥協と幸運を得られたが、それでもまだ問題は残っている。


「舞先輩。キャッチャーはどうしますか?」


 こよみが舞に投げ掛けた質問。それが目下最大の問題だった。

 少なくとも野球における扇の要であるキャッチャーを、毎試合助っ人に頼るわけにはいかないだろう。キャッチャーが居なくて捕球困難、ゲームの体を成していないのでは試合を組んでくれる相手にも迷惑で、失礼だ。


「人数がいないんだから仕方ない。当てはあるし、初試合までにはなんとかなるだろ」

「え?」


 舞、それは一体何の「え?」なんだ?


「え?」


 俺の言葉に疑問符を浮かべた舞に、俺も更に大きな疑問符を呈する。


「楓が、ボクのボールを受けてくれるんじゃないの?」

「それはキャッチボールの話じゃないのか?」

「……受けて、くれないの?」

「いや、キャッチャーだったら俺より適任が……」


 少なくとも俺のボールを受けていたキャッチャー経験者がここにいる。

 肩を壊したキャッチャー未経験の俺なんかよりも、ずっとキャッチャーに適任な男が。


「楓、お前が受けろ。これはお前の責任だ」

「秋人お前なあ!」

「エースピッチャー様のご指名なんだ。受けてやれよ。そりゃあどうしようもない時は僕が交代することもやぶさかじゃないけどさ」


 さも面白そうな物を見付けたように、秋人がにやけ面でそう述べる。

 確かに俺を野球に引き戻してくれたのは舞だし、俺も彼女の球を受けたい。バッテリーを組みたいという想いが無い訳ではないけどさ。


「でも、俺がキャッチャーじゃ舞に迷惑が……」

「それでも受けてくれると思ったのになあ……」


 そうボヤキながら、傷付いたような表情を浮かべる舞に少しだけ卑怯だと思う。

 舞がそれを狙ってやっているのかは分からない。ただ元気いっぱいの少年のような様とは全く違う、無垢な少女そのものの儚げな表情のギャップは、純情な高校男児をコロリと転がしてしまうには十二分な破壊力を持っていた。


「ねえ……?」


 駄目押しと言わんばかりに舞が迫ってくる。

 近づいて目線を合わせようとしてくると必然的に見上げられる形となり、縋るような上目遣いに抗する術など俺は持っていなかった。


「だめかな……?」

「あー、分かったよ! お前のボールは俺が受ける。それでいいだろ!」

「うん!」


 さっきまでの曇った表情とは打って変わってころころと笑う舞に釣られて、俺も思わず頬が緩む。

 やっぱり可愛いよな。この子。そして、多分自分が可愛い事に自覚あるよな。この子。


「楓のやつ、コロッと逝ったね」

「逝ったな。それもプレイヤー人生生涯女房宣言か?」

「見つめられて、迫られて、簡単に落とされるってチョロインかよ、椛もそう思うだろ?」

「アキは分かってないなあ。ヒロインはチョロいくらいが丁度いいんだよ。たっぷりと紙幅を取ってデレるような長い展開じゃ、読み手がダレるからね」

「秋人、椛、お前らそれ聞こえてるからな?」


 いつの間にか俺の背中に回ってこそこそと話していた秋人と椛に釘を刺すが、その返答は鏡写しのように2人揃ったニンマリとした邪悪な含み笑いだった。

 駄目だ、こいつら聞く気ないわ。


☆☆


 まあ舞の実力行使やら色々あったが、とりあえずポジションは決まったことだしヨシとしよう。いよいよ初練習に移れるかというときに、舞がまたみんなの前に立って告げた。


「それでは早速ですがボクたち【橘BBG】の初試合は来週の土曜日。相手は【西橘オジサンズナイン】さんです。試合会場はここでやります!」

「試合のマッチメイク早いな……⁉ もし今日みんなが集まってくれなかったらどうするつもりだったんだよ⁉ しかも現時点でも人数足りてないぞ⁉」


 呆れる俺とは対照的に、舞は含みのある笑いを浮かべている。


「その時はその時。最悪『助っ人という手もある』って教えてくれたのは楓でしょ?」

「言ったけどさ……。確かに言ったけどさ……!」


 言質を取られて何も言えないが、とにかく釈然としない。そしてこれから助っ人集めるのか? 本当に1週間で間に合うか?

 チームとしては面子が集まりそれですぐ試合というのは望ましいことだが、メンバーを集められる確証も無いのに、試合を組むことを無謀と思わなかったのだろうか……?


「みんな! ボクたちが戦う相手はみんなボクたちを女の子だからって侮ってる。女の子だからって一緒に野球が出来ないなんて言った人たちに目にもの見せるよ!」


 舞の号令に合わせて女の子達はヒートアップしていく。

 肩を組み、円陣となり、気勢を上げる少女たちのその外周で、俺と秋人だけがポツンと取り残されていた。

 残暑こそあれど、夏は過ぎたグラウンドの中で、少女たちだけが夏さながらに熱かった。


「なあ楓。僕たち美味しいようで、実は結構ヤバい状況だったりする……?」

「美味しいもヤバいも秋人、そんなこと今頃気づいたのか?」


 円陣を組んでいる少女たちの中に入るわけにもいかず、完全に少女たちの勢いに負けた俺たちは立ち尽くすしかなかった。


「気合入れていくよー!」


 舞の号令の下、【橘BBG】の初練習が始まる。

 初試合は来週の土曜日だ。

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