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第7話 ソフトボール部の王子様

 月曜日の夕暮れ時、裏庭で反省会と称しておむずがりの舞を宥めるイベントが今週も行われていた。

この前の試合は7回1失点。防御率は更に改善したにも関わらず、舞の黒星は増える一方だった。


「そんなに気を落とすなよ。最後に一本が出なくて負けたかもしれないけど、舞は十分良く投げたんだから。むしろあの不調でしっかり投げ抜いたのは凄いとしか言えねえよ」


 最後だってギリギリまで相手投手を追い詰めておきながら、結局こよみにトドメの一本が打てなかったための敗戦だ。悪いのは舞の7回1失点の好投に応えられなかった打線だろう。

 舞に掛けた言葉は気休めでも何でもない事実だ。


「でも踏ん張り切れなかったのはボクだから……」

「それは幾ら何でも背負い込み過ぎだろ……」


 そもそも舞が幾ら踏ん張ったところで、チームの得点が0ではどうやっても勝てない。俺や舞がライバル視している笠寺透なら、敵を完封して、自分でホームランを打ってのけるくらいの事はし兼ねないが、俺も舞も打力は乏しいのだ。

 長打を望める打者の不在が、今の俺たちの打線を薄っぺらにしているのは明らかだった。


「…………こよみ、結局調子が戻ってなかったな」

「うん、そうだったね……」


 あの日こよみは4打数ノーヒットで、最終打席を含む3打席がゲッツーを含む内野ゴロ。こよみの持ち味であるあの豪放な打撃は完全に鳴りを潜めていた。


「……こよみちゃんの復調なしに、ボクたちこれから勝てるかな?」

「俺がこよみの代わりになれるくらい長打力を付けるか?」

「それはちょっと現実的じゃないよね……」

「的確な戦力分析に涙が出そうだ」


 舞の言葉に対してそんなことを言ってはみるが、やっぱり俺自身長打を打つイメージが湧かないのだ。

 小学校で野球を始めてもうすぐ10年、ずっとパワーに欠ける小兵として脚を絡めた小技やチームバッティングを磨いて来た自分に、こよみや秋人のような長打が打てるか? いや、無理だろう。


「何か妙案はないのかなあ……」


 舞の方はもう白旗を掲げるしかない状態らしい。まあ初手から『あんなこと』を提案して俺を撒き込むくらいだし、いっそ考案してくれない方が親切ということまである。


「ちょっと俺の方で探ってみるよ。なんというか舞の接し方は強引すぎるように見えたから、俺のやり方で訊いてみる」

「やっぱり楓は優しいんだね」

「これは優しいっていうのかな……? 個人的にはただのお節介かなって思うんだけど」

「ううん。やっぱり優しいと思うよ」


 舞はそう言ってくれるが、やっぱり優しさというよりは独善な気がする。

 舞の力になりたいという願いと同じように、結果として自分自身の利のために他人に干渉しているのだからこれは純粋な優しさとは言えない気がする。考えすぎだろうか?


「……とりあえず、今からソフトボール部の練習見て来るよ。分かったことがあったら明日の昼休みに共有する。じゃあな」

「分かった。いってらっしゃい」


 沈む夕日を背に、舞がそう言って笑う。

 日差し以上にその笑顔が眩しくて、思わず背を向けてしまった。いつかその言葉も、笑顔も、彼女のように真っ直ぐに受け止められる時が来るのだろうか。そんなことを考えながら、俺はソフト部のグラウンドに足を向けた。


★★


 夕暮れのソフトボールグラウンドで、ソフトボール部はシートバッティングを行っていた。野手陣がそれぞれの守備位置に着いたフィールドで、今まさにこよみが打席に入ろうというところだった。


「お願いします」


 一礼し、こよみが右打席に入るが、その所作にはどこか違和感が拭えなかった。

 そして打席に入ったこよみの右足は神経質にバッターボックスの土を掘り返しては埋め、埋めては足の着け心地を確かめるかのように何度も踏みしめていた。


「「「かっとばせー、こ・よ・み!」」」


 グラウンド外周から響く黄色い声援。どうやらファンの子が練習まで見に来ているらしい。

 俺が野球部に居た頃も、透を応援している女の子が来ていたことはあったが、こよみにもそんなファンがいるんだな。羨ましい。

 3塁ベンチ裏で応援している女の子達とは距離を取り、レフトポール際でこよみの姿を見守ろうと場所を移したら、そこには既に先客がいた。いや、なんでお前がここに居るんだよ。


「やあ楓、こんなところで会うとは奇遇だね」

「秋人。お前なんでこんなところに? もう帰ったんじゃなかったのか?」

「ちょっと訳ありでね。うちの学校のソフトボール部の王子様とやらの状態を見ておこうと思ってね」


 秋人がこんな所に居る訳とやらも気になるが、それよりも気になる単語があった。


「王子様って何の話だ?」

「そりゃあ僕らもよく知るあの子の事だよ」


 そう言いながら秋人がポケットから取り出した紙片を拡げ、俺に読み聞かせるように語り出した。


「櫻井こよみ、1年、右投げ右打ちの三塁手。恵まれた体格とそれに見合った女子離れしたパワーの逸材。女子ソフトボール秋季大会で初戦から早速1試合2HRを打ち込むなど、1年にして橘南高校の主軸を務める、凛々しく端正な容姿の王子様——だってさ。ちなみに命名したのは新聞部ね」

「筆が乗ってるなあ……。言いたいことは良く分かるけど」


 確かに言われてみればその『王子様』という渾名に相応しくこよみは男前だ。

 スポーツでの実績はもはや言うまでもなく、身長は俺なんかよりも高く、170台半ばの秋人より少し低いくらいだし、容貌という面においても顔だけはいい秋人にも負けず劣らずとイケメン属性だ。俺が欲しい物を全て揃えていやがる。


「ただ新聞部も記事を作った直後にこよみちゃんが絶不調に陥ったせいで困っててね……」

「なんで? 高々校内新聞だろ?」

「今年の春先にもとある選手が記事にした直後に怪我をして、競技から引退することがあったらしくてね。既に一部の部からは記事にされると不幸になる呪いの新聞扱いされ始めてるんだってさ。まあ新聞部の奴とは知らない仲じゃないし、別のところからも頼まれてたから少しくらい力になってやろうかなって思っただけだよ」


 秋人はそう言って真剣な顔でソフト部のグラウンドを睥睨していた。


「そうか、お前らしいな」


 意外と友人に対して律儀なところがあるんだよな、コイツ。だからこそ時々本気で鬱陶しく思えても、なんだかんだ腐れ縁の友達で居られる訳だが。


「こよみちゃんの調子、やっぱり悪そうだね」

「だな……」


 今日もこよみのバットから快音は響かない。鈍い金属音と共にサード前に転がった打球を、2年生——俺や秋人の同級生が華麗に捌いて2塁へ送球する。巧い物だ。


「打球が上がらないな」

「それ以前にスイングがぎこちない。舞ちゃんのお父さんのチームとやった時はあんな窮屈そうなスイングしてなかったでしょ」


 秋人に指摘された通り、こよみのスイングはかなり窮屈そうだ。ノーアウトでランナーは1塁にいたのだから、本人は右打ちを狙っているつもりなのかもしれないが、技術が追い付いていないのは明白だった。

 グラウンドでは2塁手がベースを踏みながら送球を受け、そのまま1塁へ転送する。こよみも決して足が遅い訳ではないが、ここは守備が勝った。5-4-3のダブルプレーだった。


「あー……。また注文通りのゲッツーだね」

「ああ……。そうだな……」


 グラウンドにも、見ている俺たちの胸にも寒風の吹き込む一打だった。こよみを応援してくれていた女の子たちも消沈してしまうよな。


「櫻井、気にしなくていい。切り替えて行こう」


 3塁ベンチからグラウンドを睥睨していた顧問の教師が1塁ベース上のこよみにそう言うが、その対応に部外者の俺が不満を感じてしまったのは何故だろうか? 顧問ならもう少し技術的な助言をしろと思ったからだろうか?


「……静かだね」


 秋人の呟きがスッと俺の耳に入って来る。確かに通り掛かる人が少ないのはあるだろうが、グラウンドが妙に静かだった。夏の大会を終え、引退した3年生が減った影響だろうか。

 少なくとも、普段より勝ち進んでいて、波に乗っているチームのような雰囲気はなかった。


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