第6話 報われないエースとトンネルの主砲
迎えた週末の試合は1点が生死の明暗を分かつ投手戦だった。
そんな字面だけだと死力を振り絞った激戦に見えるが、実際のところこちらは舞が限界まで頑張ってギリギリ失点を免れている【橘BBG】と、四死球でピンチを作ってもこちらの貧打・拙攻に助けられている【西橘オジサンズナイン】という有様だった。
初試合で10失点炎上大敗を喫した相手を、今日は7回1失点に抑え込んでいるのだから舞の進歩はとんでもないな。投手の内容はこちらの方が抜群に良いが、それだけで野球に勝てれば苦労はないのもまた現実だ。
「フォアボール!」
球審のコールに、バッターボックス内の俺は内心でガッツポーズする。
0対1で迎えた7回の裏、これで1アウトランナー1、2塁。この回先頭の秋人をフェンス手前まで迫るレフトフライに打ち取った後、3番の舞、4番の俺と連続フォアボールでピンチを作り、続くは5番に打順は落としたものの、強打者のこよみを迎える。
相手チームバッテリーにとってはかなりの苦境だろう。尤も、こちらも相当な苦境を切り抜けて漸くここに至った訳ではあるが……。
「流石にこれで決めてやってくれ。悪いなりに何とか頑張ってる舞が可哀そうだ」
セカンドベース上にはフォアボールで出塁したのに、肩で息をしている舞の姿があった。
今日は確かにストレートの調子があまり良くなかったが、それでも四死球による自滅なくなんとか低めに徹底して制球するという神経を使う投球で、7回表まで2桁安打を打たれながらも失点はわずか1点に抑えていた。……かなり相手の拙攻に助けられた面もあるわけだが。
「そうですね。歩いて返してあげたいところですね」
ネクストバッターサークルから歩いてくるこよみは飄々とそう言い放つが、俺としては内心かなり不安だった。なんせ今日もこよみはここまで4打数ノーヒット3三振の大ブレーキ。秋人や俺、舞が作ったチャンスを悉く潰しているという有様だ。
「頼むぜ、こよみ」
「先輩の顔が全く頼りにしてる風じゃないのは、多分私の気のせいじゃないですよね? 思いっ切り顔に出てますよ。よくそれでキャッチャーが務まりますね」
失敬な。マスクを被って少し俯けば打者から顔は見えないぞ。
「……まあ見ててください。特訓の成果をお見せしますよ」
そう言ってこよみは右バッターボックスに入っていった。
神経質に右足で地面を掘り返すような動作を繰り返し、投球を待つ。なんというか、所作が一々こよみらしくない。
「なんかお姉ちゃん気が立ってるのかな……? イライラしてる……? いつもはもっと大きくゆったり構えてるのに……」
一塁側ランナーコーチがそんなことを呟いた。
妹で、現役のソフトボール選手であるちひろちゃんにまでそんなことを言われている時点で、どうやらこよみは今日も本調子には程遠いらしい。いや、俺だってここまで4打席の内容の悪い三振や凡ゴロを思い返せば言われなくても分かっているが。
「プレイ」
球審のコールと共に、セットポジションに入った投手が腹を揺らして1球目を投げる。甘いコース。大したスピードではない。いつものこよみならホームランボールだっただろう。
しかし、今の彼女はトンネルの中にあった。こよみの振り出した金属バットが外角低めのボールを捉える。投手横を射貫き、二遊間に飛ぶが、若干ベースに寄っていたショートに容易に回り込まれる。振り抜くひと押しがなく、バウンドするたびに球足が失速しているのが分かった。
「チッ! 終わらせるか!」
かなり二次リードを大きく取り、ゴロに対して早いスタートを切ったが、それでも中途半端に速い球足はこちらに対して災いした。セカンドはタイミング的にアウトだろう。だが全力疾走で二遊間コンビを威圧する! 全力疾走からの飛び込むようなヘッドスライディングで2塁を狙うが、セカンドもショートも堅実なプレイでミスをせず、これでツーアウト。
転送先のファーストのタイミングでゲームが終わるか決まる——タイミングはこよみの足がベースまで2歩届かない完全なアウトだった。
「注文通りのゲッツーじゃねえか!」
これで2試合連続完封での2連敗。
吠えた俺の口の中は、砂の香りでいっぱいだった。




