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第4話 年上の色香とか包容力とか②

「おーい、こよみちゃんいるー?」


 1年6組——本人談によれば確かこよみのクラスはここで合っているはずだ。

 尤も、舞が毎日のように隣のクラスで食べているように、昼休みに教室にいない可能性は無きにしも非ずだが、舞は教室の中を窺うことなど一切せずに飛び込んだ。


「あの……。ホントすいません、失礼します」


 昼休みの真っ只中に教室に飛び込んで来た先輩の恰好をした、どう見ても年下の少女と、そんな女の子に手を引かれた先輩は後輩たちの目にはどう映っただろうか? 少なくとも教室の奥後方の隅の方で、こよみがそっと俺たちから目を逸らしたのは分かった。

 やっぱり関わりたくないよな、こんな先輩たち。逆の立場だったら俺もしんどいと思う。


「こよみちゃん今時間大丈夫?」

「……時間は大丈夫ですけど、正直帰って下さる方が今は嬉しいですね。これから素振りに行くんで」


 どうしよう、思った以上に後輩が冷たい。


「まあいいからいいから。時間は取らせないつもりだよ!」


 そしてそんな後輩を笑顔で押し切る舞。こいつ怖いものなしかよ。


「正直、ここのところ全く自分のバッティングが出来てないので、修正しようと思いまして」

「1人でやって修正出来る目途は立ちそう?」


 出来れば打者が訊いてほしくないだろうことを舞はピンポイントで抉って来るなあ……。

 どこでスランプを抜けられるか、分からないからこそ不安になるのがその手の打撃不調だ。まあ俺には不調を実感するほど打率に波があったことがない訳だが。


「舞先輩も結構ずけずけ訊いてきますね……。正直言って芳しいとは言えないです」


 そして教室後方の部活用品の中から持参した金属バットを引き抜きこよみは席に座り直して応える。毎回見るたび思うが鬼の金棒のような長尺バットだな。俺の相棒より5~6センチは長そうだ。


「原因は何だと思う?」

「それが分かってたら解消出来てますよ……」

「それもそうだよね。体調は悪くない?」

「すこぶる良好です。生理周期も完璧に予定通りです」


 ……そういう話止めない? ここには男子の目もあるわけだし。


「勉強はどう?」

「出来る方じゃないですけど心配無用です。うちの親はもうそういう事気にしないんで」

「じゃあ他になんか悩んでることとかないの? 友人関連とか恋愛関連とか」

「それを舞先輩に相談するとどうにかなるんですか? 少なくとも1年生のことには舞先輩じゃ干渉できないですよね」

「まあ、それはそうだね……」


 こよみの言葉は正しい。少なくとも事1年生の人間関係について俺たちに出来ることは何もない。聴いたところで何の解決にもならない。


「先輩として聴いてあげられることくらいは聴いてあげたいなって思っただけ」

「……舞先輩のお気持ちだけありがたくいただきます。でも打撃に関しては私が自力で何とかします。多分今のフォーム改造さえ成功すれば以前よりも良くなると思うので」

「フォーム改造? なんでまた? あんなに飛ばせてたのに」

「野球はボールの飛距離を競う競技じゃないんで」


 こよみはそう言うが、それでも飛ばないよりは飛んだ方がいいとは思うけどなあ。

 話を聴くに、要はコンタクトを優先して打撃フォームを改造し出したら迷走して今に至るということのようだし、こよみならその内なんとかしてくれるだろう。

 無責任かもしれないが、技術的な面で俺から教えられることなんてないことだしな。


「……本当にこよみちゃん体調悪くないの?」

「悪くないですけど、顔色が悪いとかありました?」

「なんかグラウンドで楓を弄ってる時よりもテンションが明らかに低いから」

「見分けるポイントそんなところかよ!」

「でも分かりやすいと思うよ? 楓を弄るときはもっと獰猛そうで、溌剌としてるから」


 それはなんというか、ありがたくて泣けてきそうだ。なんで俺は昼休みに後輩の教室まで来て後輩の調子を判定するリトマス試験紙扱いされているのだろうか?


「では舞先輩に1つ訊きますけど、この状況でテンションが上がると思いますか?」


 教室を睥睨するように視線を動かしたこよみの視点を追って行くと、チラチラと俺たちを見ながらこそこそと何かを話し合っている生徒たちの姿が見える。

 舞が初めて昼休みの俺の教室に訪れたときのクラスメイトたちの反応と同じだった。


「ごめん、悪目立ちしすぎたな」

「分かってくださればいいです。出来れば早く帰っていただければ私としても幸いです」

「楓、もしかしてボクこよみちゃんに嫌われてる?」

「嫌っているわけじゃないですよ。ただクラスが見たことのない2年生の出現で動揺していることを察してくれたらなあと思うだけです。先輩たちのことは好きですよ」


 気が付けばにべもないこよみの言葉に少しだけショックを受けたような顔をする舞を、こよみがフォローしていた……。

 こんなところで後輩に気を遣わせて、俺たちは一体何のために来たんだろうな?


「よし、それなら最後にこよみちゃんを元気づけて帰るね」

「いや、あの、お気になさらず帰ってください……」


 やっぱりさっきのこよみの台詞はリップサービスだったんじゃないかな? テンションダダ下がりのこよみに対して半歩として引く気配を見せない舞の鋼のメンタルも凄いけど。


「だめだよ。ボクたちはこよみちゃんを元気づけようと思って来たんだから!」


 それならむしろ早く引き上げる方がよいのではないかと思い出した俺に、舞がアイコンタクトを飛ばしてくる。仕方なく舞に促されるまま席に座るこよみの頭に手を載せ、撫でる。舞が言っていたのはハグだろうが、仮にも後輩の女の子だ。やっていい事ではないだろう。

 舞から若干非難がましい視線を感じるが、そこは気付かないフリをして、こよみの頭をぽんぽんと撫でる。なんか前にもこんなことがあったような気がするな。多分気のせいだけど。

 舞の髪と比べると髪質が固くところどころ無造作に跳ねており野性的な印象を受けるが、それでもやっぱりこよみも女の子なんだな。髪質も匂いも俺の物とは全然違う。意識すると恥ずかしくてダッシュで逃亡したくなるが、舞の手前我慢するしかない。


「楓からこよみが元気になるようにおまじないだよ!」


 何故か自慢げに笑う舞に「お前がやれよ」と言いたくなるが、こよみの前だ。我慢するしかない。下級生の教室で下級生たちに見られながら下級生の女の子の頭を撫で撫でするというのはある種の拷問だろうが。


「……ねえ楓先輩、舞先輩に無理やりやらされてません?」

「よくわかったな。ゴリラ特有の野生の勘か?」

「女の勘です。訂正してください」

「メスゴリラの勘だな。よくわかった」


 気恥ずかしさから誤魔化してしまうが、表情を見られれば分かってしまうか。正直俺はポーカーフェイスとかがあまり得意じゃないんだよな。

 まあそれはこよみも同じらしく、複雑な表情を浮かべるこよみに舞が飛び掛かった。


「仕方ない、楓だけじゃ元気が出ないならボクの力も貸そう!」

「いや、お気持ちだけ頂いておきます。正直この状態で楓先輩だけじゃなくて舞先輩も一緒になってなんて罰ゲームじゃないですか。私この後まだこの教室で授業受けるんですけど? クラスメイトにどんな顔すればいいんですか?」

「笑えばいいと思うよ!」


 全うだったはずのこよみの疑問に対して、軽くそう言い放った舞にこよみが言葉を失いその残骸を飲み下したのが分かった。

 基本的に笑えばいい精神で生きている舞は、俺にとって眩しいが、こよみにとっても相当だったらしい。こよみはただ目を細めて舞の為すがままにされていた。


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