第3話 年上の色香とか包容力とか①
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3/11 全体的に改稿しました
しかし実際に話してみたところで、舞は一体どうやってこよみにアプローチを仕掛けるのだろうか?
繰り返しにはなるが、俺も舞も打撃に関しては淡泊だ。こよみの不調を脱せられるような助言が出来るのだろうか?
「それで舞がこよみを復調させると言っても、どうするつもりか考えてるのか?」
「正直、打撃についてボク程度がこよみちゃんにアドバイスできることはないかなぁ……。たぶん楓にも技術的にアドバイスできるようなことないよね?」
「それはまあ……。そうだな」
悔しいがその通りだ。こよみのフルスイングから放たれる一撃の前では、俺が放つしょぼいヒットなんて霞んでしまう。それほどに本来のこよみは見るものを圧倒する輝きを持っている。
そんなしょぼいバッティングしか出来ない俺が、彼女に対して偉そうにアドバイスできることなどない。せいぜいバットを短く持ってコンパクトに振るくらいだ。それではこよみの持ち味を殺すわけだから結局何にもなりはしない。
「だからボクはとりあえず聞き役になってあげようかなって思っただけ」
なるほど、先輩風を吹かすだけではなく、いつになく先輩らしい舞の発言に俺も「ほうほう」と頷く。大きくなったなあとしみじみしたいところだが、舞は今日もちびっ子だった。
そもそも舞との付き合いなど、ここ1か月くらい前からだしな。
「これで本当に聴いてもどうしようもない様な状況なら、最悪ボクが2.3回頭をナナメ45度からチョップして直すから」
「治るか! というか聴いておいてそれかよ!」
それは日本に古来から伝わる壊れたテレビとかを直す修理方なんじゃないだろうか? 人にそれを実行して良くなったなんて話、聞いたことがないんだけどなあ。
「ま、まあチョップしてもどうにもならなかったら、最悪楓に何とかしてもらうから大丈夫だよ!」
それは本当に大丈夫なのだろうか? さっき舞も言った通りだが俺からこよみにアドバイス出来るようなことなんかたかが知れているんだけどなあ……。
「……その場合俺は何をやらされるんだ?」
パッと予想が着くのは舞がこよみの頭部をチョップした後の、こよみからの反撃を防御するためのサンドバックか。もしくは舞が離脱するまでこよみを抑え付ける役回りか。どっちにせよ使い捨て装甲板作戦と命名するに相応しい絵面しか浮かばないな。
多分俺がこよみを抑えるなんて試みても3秒そこらしか持たないだろうけどな。
「そこは楓の年上の包容力で何とかしてよ」
「アバウトすぎる! 完全に無茶振りの類じゃねえか!」
「仕方ないでしょ? ボクたちはそんな無茶振りに頼ってでも、なんとしてもこよみちゃんを復調させなきゃいけないんだから!」
「その代わりに次の試合、キャッチャー不在になるけどいいか?」
とりあえず遺言くらい残しておこう。
こよみ相手に無茶ぶりを敢行した場合、こよみのメスゴリラさながらの剛腕で軽く捻じ伏せられてゴミ捨て場に転がっている姿が想像できてしまうからな。
「なむなむ……」
舞が手を合わせて俺の方を拝むあたり、どうやら舞の中でも次の試合のスタメンマスクは秋人で行くことが決まってしまったっぽい。相棒への見切りが早くて涙が出そうだ
「って言うのは冗談で、人の頭なんかぶつわけないよ」
「冗談には聞こえないんだけど……。現に秋人の頭にボールぶつけてたじゃねえか」
「あれは不可抗力だから」
それもそうか。あんな大きく山なりな軌道を描いてすっ飛んで行ったボールをコントロールできるような投手はそういない。以前のプロ野球にはそんな山なりの超スローボールを投げる投手もいたが、意図して誰でも出来るようなものではない。
「そういうわけでここはチョップとか肉体言語とかなしで、ボク達の年上の大人っぽさと包容力を使って行こうと思うの」
「そうか。何故か俺には既に失敗の未来が見えているぞ」
シレっと舞が俺を巻き込んだ事に気付いたが、それについては何も言うまい。
舞には大人っぽさも包容力もある様には見えないし、多分代打を託されるだろう俺も、大人っぽさや包容力の類には欠けているだろう。これについては舞が相談相手を間違えたとしか思えない。
「不思議だね。こよみちゃんは長女だって聞いたから年上の色香に弱いと思うし、ボクには成功間違いなしの作戦に思えるんだけど」
年上の色香ねえ……。せめてこよみと俺達の背丈が逆転していたら何とかなる可能性はあったかな、と第三者の視点では思わざるをえない。
今の状態なら? そんなこと考えるまでもない。包容力など精神的にも物理的にも舞の完敗だ。
「……それで、年上の包容力って、具体的には何をするんだ?」
「とりあえず、楓がボクにしてくれたことを試そうかと」
え? まさかの矛先俺? しかも俺が舞にしたことってなんだ……? 舞が悔しさに泣く時に胸を貸したこと? 壊れた肩でスローカーブを投げて見せたこと? 自信を喪失した舞の肩を抱き寄せ励ましたこと? 或いは飛翔物から抱き留めて守ること? 最後に至っては100歩譲っても俺ごときがこよみを守る必要を感じないくらいこよみは強そうだけどな。
「だから、楓がボクにしてくれたみたいに、こよみちゃんに胸を貸してあげてようかと」
「胸を貸すか……」
精一杯張られた舞の大平原に眼をやるが、どう見ても年上の包容力や大人っぽさは出ていない。既に必敗の予感がするぞ。
「やっぱり秋人も連れて来れば良かったな……」
「かえで? ボクの年上の包容力に疑問があった?」
舞が凄んで見せながらそう言うが、そんな凄んで見せる様すら小型犬の威嚇する様のように可愛い。とてもじゃないが年上の深味とかそう言った物とは無縁だ。
問われた俺としては無言で首を縦に振る他なかった。
「確かに秋人くんも背は高いし、なんというか楓より『男の子』って感じだし、選択としては良かったかもね。なんか色々言ってこなければ……」
「まああいつは色々言ってくるからな……」
真面目なことから心底下らないことまで何でもありだ。しかも空気を読まないから質が悪い。アレはアレで頼れる男なのは間違いないんだけどさ……。
「でも、秋人くんがいなくても、楓の力で何とかしてくれるとボクは思ってるよ。前にボクのことだって助けてくれたんだから」
アレは助けたというかほとんど舞が自力で立ち直ったようなものだけどな。俺が何かを為した訳ではない。
「楓がアレをやって励ましてあげたら、こよみちゃんだってもしかしたら元気が出て打てるようになるかもしれない」
「そんな便利なハンドパワーは無いからな⁉」
どうしてそんな思考に発展したのかは舞のみぞ知ると言ったところか。失敗を約束されたブリーフィングを全て思い返し、ため息が口を突いて出た。
「だって現にボクは元気になったんだもん……」
「はあ……。こんなもので打てるようになるなら、俺だって無双のアーチストだよ……」
半ばげんなりしながら、隣を歩く舞の小さな肩をギュッと抱き寄せる。これしきの事で調子が上向いて打てるようになるなんて野球ゲームのやりすぎだろう。
てっきり発案者の舞から反論でも来るかと思っていたのだが、なんの返答もない。舞はただ俺にされるまま俺の胸元に頭を預けていた。せめて自分が言ったんだからなんか言ってくれよ……。俺だってだいぶドキドキしているんだから。
「楓って耐性ないと思わせておいて結構あれだよね……」
「あれって何?」
「…………ふんっ!」
口先でぽそぽそと言葉を紡ぐ舞に目線を合わせるように少し背を縮めようとしたら、舞が前触れもなく不機嫌になって俺の手を振り払って駆け出した。いや、スカートでダッシュするなってずっと言っているよな?
先を行く舞の空気抵抗に翻るスカートは、俺にとって目の毒だった。
「……いいから行くよ! ダッシュするよ、ほらダッシュ!」
「ちょっ⁉ ついていくからわざわざ全力疾走しなくていいだろ!」
なんか一瞬舞がすごく女の子らしく見えたが、どうやらそれは気のせいだったらしい。
俺のことを振り回し昼休みの学校を爆走するあたり、やっぱり舞は舞だな。




