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第2話 試合寸評②

 問題を考えるのではなく、打開策を考えようとするが、何も冴えたアイデアは浮かばない。そもそも、俺も舞も打撃に関しては淡泊な方だ。フィジカルでも、テクニックでも既に女子ソフトの世界とは言えその打棒で結果を残しているこよみに指南出来るような事はない。

 打つ手無しのまま2人で1つの椅子に掛け硬直した俺と舞の後方からいきなり能天気な声がした。


「おーい、楓。キャッチボールでもどう?」


 声に振り向いた瞬間、既に空中にあった白い飛翔体に眼が奪われる。

 速度は無い山なりの軌道だが、多分、これは舞の後頭部に当たる。咄嗟に舞を右腕で引き寄せながら、左手を伸ばし捕球する。

 最悪、俺が捕れなくても舞には当たらないよう身体で防げる位置取りを作れたが、これを投げてきたバカは俺が反応出来なかったらどうなると思って投げたんだ……?


「ナイスキャッチ楓」


 そう言って近づいてくるのは、会話中の俺と舞の後方からボールを投げ込んで来た件のバカこと秋人だ。そもそも投げる瞬間の声だけで分かったし、こんなことをするバカがこの学校に2人も居て堪るか。


「秋人! キャッチボールって言うならせめてこっちが構えた事を確認してから投げろ! 何不意打ちで投げてくれてんだよ!」

「いいじゃん、どうせ人的被害は楓だけなんだから」

「よく言うわ……」


 俺が受けなかったら舞の後頭部に飛んでいたけどな。前に舞から投球練習中にすっぽ抜けのカーブを頭に当てられた仕返しのつもりか?


「それにしても楓の過保護具合は思った以上だね。ボールだけ捕れば良かったのに、咄嗟に舞ちゃんを庇うなんて」

「それを当てようとした側が言うか?」

「そりゃあこんな状況を見せられたら言いたくもなるよ……」


 秋人の言葉に自分の周りを見渡して、空気が凍り付くのが分かってしまった。

 右腕の中に感じる子猫を抱くような頼りないか細さや柔らかさと温かさ。しかし、抱き締めたのは猫ではなく『女の子』だった。俺の腕の中で、舞が小さく身動ぎをする。


「かえで、ちょっと力入れすぎ。痛いよ……」


 俺の腕の中で舞が消え入りそうな声を上げる。至近距離で見上げられると、彼女のほっそりとした白い喉が小さく息を呑むが分かった。その彼女のらしくない仕草に、何故か少しだけどきりとしてしまった。


「ご、ゴメン! つい咄嗟に……!」

「いや、咄嗟に庇ってくれたのは嬉しかったんだよ。でも、ちょっとびっくりしたというか、心の準備が出来ていなかったというか……」


 他人にお姫様抱っこやおんぶを要求する舞にもそんなところがあるんだな。何というか、少し意外だな。


「……意外と楓の力が強くてびっくりしちゃった」

「いや、だってあのままだと頭に直撃すると思ったから……」

「はぁ……。僕余計な事したかな……」


 俺と舞のやり取りを尻目に秋人がそんなことを言うが、そんなこと今更言うまでも無いだろう諸悪の根源が。


「……ちょっと、いや、かなりびっくりしたけど、楓だから赦す」

「そいつはどうも……」


 少しだけ口を尖らせて舞が俺に避難がましい目を向けてくるが、明らかに彼女の視線が左右に乱れているのが分かった。

 普段真っ直ぐに見据えてくるだけにその小さな差は誤魔化しようのない差異に見えて仕方ない。いつもよりも心なしか桃色に染まりあがった頬といい、普段ボーイッシュな癖に可愛いなチクショウ。


「楓だからねえ……。愛されてるなあ。ちなみにぼ——」

「秋人くんがやったらボクのストレートが唸るよ?」


 秋人の発言を舞が笑顔でぶった切ったが、それは頭部死球的な意味だろうか? とりあえず聞かなかったことにしておこう。次にこんなことをする予定なんてないことだし。


「それで、昼休みの教室ど真ん中だというのに、何を2人でイチャイチャしてたのさ? 理由があるなら聞くよ? どうしてもって言うならいい場所も紹介するよ?」

「イチャイチャってそんなことをした覚えはないけどな。そもそもさっきの事故はお前が投げたボールが原因だろうが」

「1つの椅子を2人で分け合って仲睦まじく談笑しておいてどの口でそんなことを⁉」

「秋人くん、楓の記憶力は時々鳥並だから仕方ないよ」


 舞が秋人にそんなことを言っているが、その論理でいくと俺が時折その時々にあったことを3歩する間に忘れる大層残念な人になってしまうわけだが、舞はそれでいいのか?


「多分記憶力とかの問題じゃないと思うけどね……」


 奥歯に何か挟まったような秋人の物言いは気になるが、それよりも出来れば今は舞と秋人を連れて教室から飛び出してやりたいところだった。

 クラスメイトが何人かこちらを注視していて、……正直、居心地がものすごく悪い。


「とりあえず、グラウンド行くか。お望み通りキャッチボールに付き合ってやるよ」


 これは断じて教室からの逃走ではない。意義ある転進である。

 実際のところは単なる逃亡なのかもしれないが、内心は「こんな無遠慮な視線が突き刺さって来る教室にいられるか! 俺はグラウンドに帰るぞ!」といったところだ。まあグラウンドは野球部の持ち物であって今は帰宅部の俺が勝手に使っていい訳ではないのだが。


「うーん、キャッチボールも良いけど、ちょっとこよみちゃんと話をしに行ってみない? もしかしたら復調のきっかけがつかめるかもしれないし」

「珍しいな。舞が野球を二の次にするなんて」

「失礼な。ボクだって人の心配が野球を上回ることくらいあるよ」

「でも僕の頭にボールが落ちたとき楓も舞ちゃんも知らんぷりで投球練習続けてたよね?」

「そりゃ今舞が『ヒトの心配』って言っただろう?」


 他人の事情に首を突っ込みたがる秋人は、さしずめ出歯亀だ。もう亀で良いよ。亀で。


「え……? 僕はヒトじゃなかった……?」

「とりあえず、家畜は置いてこよみちゃんのところに行こっか」


 舞はさらっと悪戯っぽい笑みを浮かべて人の悪友を家畜呼ばわりしたが、秋人は最悪女の子からであれば「この豚野郎!」と罵られてもノーダメージのメンタルの持ち主だ。心配は不要だろう。

 立ち尽くす秋人は舞の口から出たまさかの家畜発言に多少は驚いたようだが、独り言で「パンチが足りないなあ……」とか言っている時点で致命傷には程遠いだろう。


☆★


 1年の教室に向かう道すがら、舞はずっと微かな渋面を浮かべていた。


「正直な話をするとね、チームの勝ち負けとか以上に、こよみちゃんのことが心配なんだよね。最近のこよみちゃんはなんていうか、ちょっと前のボクみたいだから……」

「舞みたい?」


 その言葉に、俺にはあまりピンと来なかったが、舞の中では合点が行っているらしい。

 目の前の小柄な舞とあのメスゴリラスラッガーの間の共通点って何だっけ? どちらも女の子としては規格外レベルの馬力を持っていることか?


「やらなきゃいけないことは見えてるのに、どうしたらそれを達成出来るのかが見えない状況っていうのかな……。ボクが変化球を習得するって目標があっても中々上手く行かなかった時みたいに、今のこよみちゃんも筋道を見失っているんじゃないかって」

「ああそういうこと?」

「楓は一体どういうことだと思ったの?」


 どうやら思わぬ方向に早合点していたのは俺のようだ。少しだけ口を尖らせる舞の疑問符の追撃から逃れるように、歩幅を広げた。尤も、舞にはそんなことしようが軽く回り込まれてしまうわけだが、そこは「あはは、何でもないよ」と半笑いで誤魔化しておいた。

 口が裂けても「確かに2人とも通常の女の子の想定を軽く踏み越えるゴリラ系女子だよな」なんてことは言えない。そんなことを言えば手段はどうあれ今日が俺の命日になってしまうだろうから……。





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