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第27話 試合の後②

「ごめん舞、俺じゃ追い付けなかった。グラウンド戻るから降りてもらってもいいか?」

「うん、ちょっとまっ——て⁉」


 緑地公園の芝生の上に舞を下ろした瞬間、ぺたんと芝に落ちた舞の小さなお尻は両足の間にすっぽり入ってしまった。とんび座り——所謂女の子座りと呼ばれる座り方だった。


「あ、あれ……?」


 俺の腕に縋り、何とか立ち上がろうと試みる舞だったが、少しお尻が浮いては地面にすとんと戻っているあたり、試合中から怪しかったが本当に今度ばかりは電池切れらしい。気力があっても肉体的な限界を超えてしまったか。


「なんか気が抜けたら足が立たなくなっちゃったかも」

「はあ、無理もないか……」


 疲労の濃い、困ったような笑みを浮かべた舞を、俺はそっと両腕で抱え上げた。

 力を加えたら簡単に軋んでしまいそうな細い肩。対照的に、弾力に富んだ意外とボリューミーな太腿に、どうしようもなく舞が女の子であることを感じてしまう。意識すると、顔が赤くなるのが自覚出来た。


「……顔、見るなよ」

「なんで?」


 顔を背けながら言った俺の首に手を回して、舞が逃げ場すら奪うように顔を近付けて来る。全力を超えたハイパフォーマンスで健康的に紅潮した頬が、何の邪気も含みも無いキラキラとした大きな瞳が、至近距離で俺を捉えて離さない。


「……恥ずかしいから。俺が」

「変なの」

「逆に舞は恥ずかしくないのか?」

「なんで? 私は嬉しいよ? 恥ずかしいどころかとくと見よって感じ」

「マジかよ……」


 舞が強心臓過ぎて、俺の常識では計り知れない。流石に俺はどう開き直ろうとしても、そこまで行きつく事は出来そうにないぞ。

 おっさんのように走る事なんて出来る訳もなく、舞を抱えてゆっくりと歩いてグラウンドに戻ろうとすると、やはり目立つらしく道行く人々からじろじろ見られた。正直この場から消えたかった。とても舞のように「とくよ見よ」なんて言える気がしない。


「お父さんにとってのお姫様は、お母さんだけだから」


 それだけ言い残して、舞はそれ以上何も言わずに俺の胸元に頭を預けてくれた。

 おっさんにとってのお姫様が、彩夏さんなのはあの夫婦のラブラブぶりを見ればよく分かる。なら、舞にとっての王子様は? 「とくと見よ」と言わんばかりに、ただ目を閉じつつも満足気な表情を浮かべる彼女に、俺は何も言えなくなった。


☆☆


「お暑いですね、汗だく男女の絡みを見せ付けられて更に暑くなりました。さて、楓先輩はこの責任をどう取ってくださいますか?」


 グラウンドに戻ってきた俺と、俺の細腕に抱えられた舞を見てのこよみの第一声は、硬式野球ボールの如く当たればケガをしそうな固さだった。どうしよう、後輩が冷たい。

 俺を貫く絶対零度の視線と、後10センチも手元がズレたら俺のケツを殴打しそうなその素振りは何の意図があるんでしょうか? 長さ90センチはありそうな長尺の金属バットで獲物を弄ぶようにブンブン素振りをしているが、あんなものケツにクリーンヒットしたらケツが割れるぞ。


「うわぁ……。昼間の公園で何してんのさ変態。私の事とやかく言う前に自分のふしだらさを自覚しなさいよ」


 どうしよう、幼馴染も冷たい。

 ただ昼間の公園で、幼馴染をナマモノのBLの題材にするために草野球に参戦したお前だけにはそんなこと言われたくないからな!


「……楓さんがそんなことをする人だとは思いませんでした」


 何故櫻井姉妹の妹の方——中学生のちひろちゃんにまで俺はこんなことを言われているのだろうか? 流石にオーバーキルじゃないのか?


「舞先輩のお父さんを追って行って、この短時間で舞先輩に何をしたんですか? 説明してください! いや、やっぱり先輩達の爛れた話を聴きたくないので結構です!」

「爛れてないからな! 勝手に自己完結させるな!」


 こよみの奴、自分で言い出しておいて酷い言い草だな。第一こっちの話くらい聞いてくれたっていいだろ!

 女性陣に圧されてタジタジの俺に助け舟を出すように、舞が目を擦りながら口を開いた。


「悪いのは楓じゃなくて、へばっちゃった私だから、楓の事は責めないであげて」

「舞先輩がへばるまで何したんですか⁉ 学校に通報されたらどうするつもりですか! 後先考えてないんですか! 純情系に見せかけて相変わらずの狼系なんですか!」

「何ってさっきまで試合してただろうが! お前絶対何か勘違いしてるよな⁉」


 抗議する俺の目の前で風が舞った。こよみの太刀筋の如きスイングが一閃し、俺の目の高さを通過した。あんなもの、頭に喰らったら死ぬぞ。

 なんで芝生から一歩も歩けなくなった舞を抱えて運んで来ただけで、俺は女性陣全員から顰蹙を買っているのだろうか? 


「大丈夫、僕は楓の味方だよ」


 侮蔑とかそんな表現が似合う視線を遠慮なしに向けてくる女性陣から目を離そうとしたら、ポンと背後から肩を叩かれた。背後を見やれば【橘BBG】もう一人のメンズ、秋人が笑顔を浮かべて立っていた。


「秋人……」


 お前だけはこの状況が不可抗力だということを分かってくれるか。やはり持つべきものは信じあえる同性の悪友——


「とりあえず、ちゅうくらいした?」

「秋人ぉぉぉおおお!」


 今すぐぶん殴ってその口に栓をしてやりたかったが、抱き上げた舞で両手がふさがっていて手は出せない。

 仕方ないからローキックを放ったらバク転で逃げられた。秋人お前どれだけ多芸なんだよ!

 向こうのベンチからさっきの視線がカムバック。おっさんと彩夏さんは消えたのに、棘のある視線が舞と俺に突き刺さっているのが分かった。


「星野さんをショタにすればありかも!」

「「「それだ!」」」


 こちらを見て椛とその友達が何かを閃いたような事を言っているが、「それだ!」じゃねんだよこの変態共が! チクショウ、この公園に味方はいないのか!


「ははっ、こんな時に都合よく味方がいるわけじゃいじゃん」


 俺の心を浚ったかのような残酷な親友の追い打ちが、おっさんのサウスポーからのストレート並みの威力で突き刺さって来やがった。

 更なる追撃とばかりに、風切り音が俺の耳の横を通り抜けた。横を見やれば鬼の金棒のようなバットを携えたこよみが仁王立ちで俺を見ていた。


「とりあえず一旦解散して、また後でファミレスにでも集まりましょうか。初勝利を祝して祝勝会と行きましょう、ねえ楓先輩!」


 こよみがビシッとバットを俺の鼻先に突き付けてくる。

 勝ちさえすれば色んな問題が解消すると思っていたのに、人生というのはままならないものだ。俺はそんなことをぼんやりと思いながら「爆ぜろ……。爆ぜろ……」と呟きながら素振りを繰り返すこよみを見つめていた。

 一体こよみは何に爆ぜて欲しいのだろうか。俺には全然分からないなあ!

 本来俺と一緒に渦中に居るはずの舞は、いつの間にかすぅすぅという寝息を立てていた。

2024/7/30 大幅な改稿をしました

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