第24話 VSちょいワルドラゴンズ 7回表:限界に向かって
7/10 大幅改稿
7回表の【ちょいワルドラゴンズ】の攻撃は最後尾。9番からだ。ここまで2打数ノーヒット。1巡前では高めのストレートの下を振って三振に抑えられていたが、今同じような配球をすれば、痛打されかねない。
「プレイ!」
球審の宣告と同時にサインを出す。コースは外角低め、ストレートだ。
ワインドアップからリリースされたボールは俺の指示とは真逆、内角高めの打者の身体に近いコースに飛び込んで来た。
「うっ——⁉」
打者が大きく仰け反り、ボールは幸いにも打者に当たらなかった。
打者が避けてくれたというのもあるだろうが、少しボールがシュート気味に曲がっているな。リリースや腕の振り、手首の振り抜きが正常じゃない証拠だ。
とはいえ、今の1球はシュートしなかったら危うく打者の顔を捉えかねないボールだったから結果としてはこちらに利があったか。
「だいぶ抜けてるぞ、気を付けろ」
「うん、ごめん」
マウンドまでボールを渡しに行った俺に対し、額の汗を拭いながら舞は頷く。球数はもうそろそろ100球に届く。握力の疲労で微細な抑えが効かなくなって来たか。
「舞、手はどうだ?」
「ん。大丈夫だよ」
そう言って差し出された舞の小さな左手に俺も手を重ねる。
舞の指先は十分に温かく強張ってもいない。気負いも緊張もなく勝負に集中出来ている証拠だろう。こればっかりはメンタルではなくフィジカルの問題だ。
「もう大丈夫だって。楓は心配性だなあ。ほらほら、早く戻ってプレイ再開しないと、怖いオジサン達が見てるからね」
そう言いながら左手をヒラヒラと振っておどけて見せる舞に俺の不安も少しは和らぐ。
キャッチャーである俺がマウンドの上で立っていたところで試合は進まない。定位置に戻り、ミットを構える。今しがた仰け反ったところだしベースから足が離れている以上、ここは定石通りもう1つ外に構える。
今度は指示通り外角低めに入って来たストレートを、追い付けるように振り下ろしたバットが捉えた。
ファーストベースを超えそうな高いバウンドのゴロを、椛が駆け込みながら跳ね上がり際をショートバウンドで掴み取った。走り込んで来たバッターランナーと競いながらも、椛が先んじてベースを踏んで、これで1アウト。
ワンバウンド分後ろに下がって待ったら、内野安打も在り得た中々処理の難しいゴロだったが、これは椛の好守に助けられたな。
「ナイス椛!」
今のプレイは本当にナイスだった。この間の試合では明らかにブランクのある人間の動きだったのに、コイツもこの短期間でしっかりと身体のキレも感覚も取り戻して来たらしい。頼もしいことだ。
「お礼なら、今度のイベントで売り子してくれればいいよ」
……こういうところさえ無ければ、俺ももう少し頼り易いんだけどなあ。
打順がトップに戻り、顎鬚の長身男性が右打席に入って来る。ここからついに4巡目か。もはやこちらにアドバンテージと言えるものは何もない。
彼もここまで3打数1安打。さっきの打席はストレートを綺麗に捉えられ、三遊間を容易く打ち抜かれた以上、ストレートを軸にはし辛いな。
外角低め、ボールゾーンへのストレートのサインを出したが、舞は首を横に振った。仕方な。それならストライクゾーン真ん中低めにスローカーブ。少なくともストレートでカウントを取りに行くのは避けたい。
ワインドアップから投じられた緩く大きな弧を描いてストライクゾーンに入って来るスローカーブ。彼は最初からそれが来ることを分かっていたかのようにしっかりと溜を作り、バットを振り抜いた。
高い弾道で勢い良くボールが右中間後方に打ち上がる。完全に配球を読まれていたか。
波野さんが完全に背を向けてボールを追っていくが、無理だ。追い付かない。
「オーライ!」
澄んだ秋空を切り裂く一声と共に、秋人が右中間後方を駆ける。最初から長打を警戒して深めに守ってくれていたのだろうか。フェンス直撃は固い大飛球を、秋人がフェンスに背をぶつけながら掴み取る。
遠くで「ぐえ」という声が聞こえた気がしたが、それでも奴はボールを落としていない。
「アウトォ!」
「秋人ぉぉぉおおお!!」
椛の好守と秋人の超美技に助けられた。こちらの守備力と展開次第では、今の2打で決勝点すら在り得たが、それどころか2アウトランナーなし。思い付く限り最高の流れでここまでたどり着けた。
打席には2番——クリーンナップ前最後の打者が入って来る。仮にクリーンナップまで回れば、ランナーを置いた状態でまた4番、5番の力のあるバッターと勝負せざるを得ない可能性は高いだろう。何とかしてここで切りたいところだ。
彼も今日ここまで3打数1安打。2打席目にスローカーブを綺麗にライト前に落とされている。バットコントロールは巧みな印象があったが、単独での脅威度は4番のおっさんに及ぶべくもない。何としてもここで切りたい。
初球こそストレートが内角低めに少し外れたが、2球目はしっかりと綺麗なストレートが外角低めを捉え、これで1ボール1ストライク。やはりファーストストライクから難しいボールに手を出して来ないな。とはいえ甘く入ればしっかり合わせる技術があるのはスローカーブへの対応で分かっている。
3球目は初球と同じく内角低め、最悪外れてもいいと厳しいコースに構える。サインに頷き、舞が投じた第3球は俺の構えた厳しいところを寸分違わず飛び込んで来る。
打者が動きを見せたかと思った瞬間、一閃だった。コンパクトにインコース低めのストレートを振り抜き、鈍い音と共に打球が三塁線を僅かに切れた。
サードを守るこよみが飛び付いたが、それでも追い付かない程に球足が速かった。
「ファール!」
球審の宣告に俺はそっと胸を撫で下ろした。マウンド上の舞も、いつもの笑顔が凍り付いていた。今の一打、ボールがもう1つ分真ん中寄りに甘く入っていたら、多分レフト線に長打コースだったな。
しかし、ここからどう攻める? スローカーブを1球低めボールゾーンに外すか? 並行カウントならまだ許容出来る。フルカウントまで持ち込まれて、ストライクを取りに行ったボールを痛打されるような真似はしたく無いが、ここは1球外すことも……。
「楓、勝負するよ!」
まるで俺の内心の弱気を見透かしたかのように、ボールを受け取ったマウンド上の舞が笑ってそう言ってくれる。それなら、俺の出すサインはストレートを外角低め。ストライクゾーンの内側に構える。ここで切ろう。
舞がサインに頷き、投球モーションに入る。
リリースの瞬間、舞の投じたボールにストレートのバックスピンとは違う変な回転が掛かっている事は分かった。振るわれた腕の軌道が微かにいつもの舞の投球と違う。投げられたボールはストライクゾーンの外角低め一杯を掠めながら大きく沈み込んで来た。
逃げて行くボールを追い掛け、視界の端で打者が腰砕けのスイングになるが、手を伸ばしても尚彼のバットは届かない。
大きく落ちてホームベース横でショートバウンドしたその1球を、俺は反射神経の赴くままに逆シングルで捕まえる。振り逃げすら許さない。これで終わりだ。
バットを捨てファーストに駆け出していく打者の背中に追い付き、ミットを押し当てる。
「バッターアウト! チェンジ!」
球審の宣告に、膝が挫けそうな程の安堵を覚える。
「うわぁ……。まさかあんな隠し玉があったなんてなあ……」
タッチアウトを食らったバッターがそう言って天を仰ぐが、受けている相棒すら始めて見たのだから、その嘆きも郁子なるかな、だ。
なんとか、鬼門の7回を乗り切った。舞は7回を投げ7安打を打たれながらも、粘り強く失点を1に抑えたのだ。後は俺たちがそれに報いてやらないとな。




