第23話 VSちょいワルドラゴンズ 6回裏:好機
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「なあ楓、お前学習能力無いのか?」
「うっ——⁉」
自陣のベンチに戻るなり、唐突に駆け込んで来た秋人から暴言と共にプロテクター越しに腹パンをされ、俺は困惑した。しかも表情と声色からしてマジのトーンだ。俺何か秋人を怒らせるような事したか?
「おいおい、いきなりなんだよ?」
「確かにナイスキャッチだったけどさ、練習試合であんな厳しいところにダイビングキャッチする馬鹿があるか。ぶつかった先がフェンスじゃなくて壁だったら肩や首を痛めてたかもしれないぞ」
俺にだって自覚はあるくらい、秋人の言葉は正論だ。あわや敵方のベンチに突っ込む勢いのダイビングキャッチなんて、下手したら俺が怪我するだけで済まなかった可能性もある。
「ごめん……。でも、あれだけはどうしても捕りたかったんだよ」
「まあ、気持ちは分からないでも無いけどね。さっきの3塁への送球の事、気にしてたでしょ? 舞ちゃんはああ言ってくれるけど、楓がそれで簡単に切り替えが利く奴じゃないって事は知ってるから」
「そこまで分かるなら態々腹にグーパンする必要無かったんじゃないのか?」
「これ以上怪我されても困るからね。釘代わりだよ」
「ホント。楓はボクには身体に気を付けろーとか、怪我しないようにーとか言うのに、自分の管理になると雑だよね。さっきの送球といい」
舞にまで言われると本当に立つ瀬がないな。これでも自己管理については一応気にはしていたつもりだったんだがな。たまに。そうごく稀に頭から飛んでしまうだけで。
「そんなことより、舞もナイスピッチだったな良く粘ったよ。後1イニング、頼むぜ」
「ふふん。ボクに任せなさい——にゃっ⁉」
自信満々にそう言いながら舞が右足を踏み出した瞬間、こちら側につんのめるように倒れ込んで来た。咄嗟に抱き留めて支えたが、受け止めた体躯は子猫のように小さく、熱かった。
「おっと、大丈夫か?」
「へ、へーきへーき……。それより、ボク重くなかった……?」
舞がそんなことを言うが、軽いものだ。まあボリュームのあるお尻や下半身の分だけ、身長から見た標準体重よりは重いのかもしれないが、そもそも身長が小さ過ぎる。
「全然軽いって。ちゃんと飯食わなきゃダメだぞ」
それを聞いた舞が体勢を立て直してはにかんで見せる。
「食べてるもん。毎日3食と間食2回だよ?」
「そいつは理想的だけどさ」
学校で一緒に居る時、たまに舞のポケットからプロテインチョコバーが出て来るからそんな気はしていたが、やっぱり気を付けていたんだな。
「でも、本当に、任せてもいいんだな?」
「もちろん、ボクに任せなさいな!」
堂々と平たい胸を精一杯張って舞は言う。でもそれは多分空元気だ。
小さな体で最大限ボールに推進力を与える広く、深く沈み込むステップ幅。おそらく彼女が力で透と渡り合おうと身に着けたその投球フォームは、彼女の小柄な体躯から極限のパフォーマンスを生み出す反面、踏み出す右脚を始めとした下半身全体の消耗も大きい。
疲労から体幹の捻転運動のキレや下半身の体重移動が鈍り出せば、彼女のストレートから球威も伸びも失われ、先の試合の二の舞を演じる事は容易に予想出来る。
「分かった。投球練習せずに給水して、しっかり休んどけよ。それと替えがあったらアンダーシャツ替えとけ」
「分かった。その代わり攻撃はよろしくね。……ボクに勝利をプレゼントしてね?」
ああ——って言ってやりたいけど、その辺は秋人とこよみ次第だな
☆★
6回表は何とか舞が踏ん張って、最小の1失点で切り抜けたものの、ゲームは1対1の同点。加えて言えば【橘BBG】の方が点取りにおいて不利な状況は変わらずだ。
俺達が勝つためには後1点、何としても必要なのだ。
「頼むぞ、秋人、こよみ!」
6回裏、こちらの打順は3番の秋人から。今日ここまでヒットこそ出ていないが、おっさんのスライダーをまともに捉えているのは秋人だけだ。延長が無ければクリーンナップまで回るのはこれが最後。何としても一矢報いでくれ。
秋人が左打席に入り、サインを交わしたおっさんが投球モーションに入る。セットポジションから大きく足を上げ、しっかりと体重を乗せたボールが指先から放たれる。
「ボール!」
秋人への初球は外に逃げながら沈んだ。シンカーだろうか? 4回の第2打席でスライダーを叩かれあわや1塁線を抜かれ掛けただけに、おっさんの攻めも慎重だった。
「星野先輩、内側巧く使っていきましょう」
キャッチャーがおっさんに声を掛ける。俺から見てもおっさんは秋人とこよみの2人に対して明らかに俺や椛とは一段階違う警戒をしている。
秋人がチーム唯一の左打者で、秋人だけは俺たちが散々苦しめられている外に大きく逃げて行くスライダーを苦にしないというのはあるだろうが、攻め方が全然違う。
もう1つ外角ボール球のシンカーを挟み、2ボール0ストライクから、おっさんの投じたインコース低めのスライダーに対して、秋人が踏み込み、思い切り引っ張った。鈍い音と共に、痛烈な打球はライナーでライト側フェンスの上を打ち抜いた——ファールゾーンで。
「ファール!」
あわやホームランという鋭い当たりに、マウンド上のおっさんの表情も驚きとファールになったことの安堵が伺えた。
おそらく勝ちの目があるとしたら、長打力のあるクリーンナップ組の長打に賭けるしかないだろう。余裕綽々の表情のおっさんに加え、控え投手もいるだろう【ちょいワルドラゴンズ】と違い、俺達【橘BBG】は延長戦になれば球威の限界を迎えた舞共々玉砕するのは想像に難くない。
「ボールスリー!」
またも外角低めに沈み込むボールが枠を外して3ボール。今のあわやホームランのファールを鑑みて、徹底して外を攻めて来るらしい。
ボール先行の3ボール1ストライクから投じられたストレートは外角低めに外れていた。
「ボール、フォア!」
「ちぇ……。やっぱり決めるのは僕じゃないか。頼んだよ。こよみちゃん」
そう言いながら秋人がバットをこちらに放り、1塁に向かって走り出す。
ノーアウトで、パンチ力が望める打順で、足の速いランナー。勝利をもぎ取る千載一遇の好機だ。ここは思い切って攻め切るしかない。
「こよみ、頼むぞ!」
「任せるっス!」
ファースト側のランナーコーチに着きながら、俺はこよみと秋人にヒットエンドランのサインを出す。
こよみの後続は椛達美術部の面々が続く以上、ここの一打で秋人を本塁まで帰さなくてはならない。
ノーアウトランナー1塁からの初球。おっさんのクイックモーションにバッチリタイミングを合わせ、秋人がスタートを切る。
バッターボックスのこよみが大きく足を上げ、ボールを迎え撃つ。インハイを抉るようにシンカー気味に落ちたボールを、こよみのバットはしっかり捉えていた。
金属バットの澄んだ快音と共に、三塁方向に痛烈なライナーが飛ぶ。だが低い弾道だったことが災いした。ホットコーナーの名に相応しいその一打は不運にもサード定位置を襲い、乾いたグラブの音と共に掴み取られた。
「ファースト!」
完全捕球し塁審のアウトコールと共に、ボールがファーストに転送される。
帰塁しなくてはいけない秋人はほぼセカンド直前まで至っていた。
「これは無理でしょ⁉」
秋人が全力で帰塁を試みるが、人が投げたボールより速く移動するなんてこと出来るはずもなく、併殺が成立し「アウト!」という塁審の無慈悲なコールだけが俺の耳に残響した。
秋人の完璧なスタートのおかげで、どんな転がり方でも構わない。何ならいっそ空振りしても構わない状況でのヒットエンドランでサード強襲のライナー。当たりこそ良かったが、結果論で言えば最悪中の最悪だった。
併殺の衝撃も冷めやらぬ中、5番の椛が打席に入る。分かってはいたが、椛ではここまで調子を上げたおっさんから点を捥ぎ取るには役者不足だ。最後までスライダーとストレートを前に的を絞り切れず、3つ空振りして俺達の攻撃は終わった。終わってしまった。
これで7回の攻撃は下位打線。どの程度得点するチャンスがあるだろうか……?




