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第15話 昼休みのグラウンドで②

2024/6/6 再編成のために追加

「えぇ……」


 この場で1人不満が残るのは俺だ。これは明らかに面倒ごとの前触れだ。


「あの、こよみさん? 本気で勝負する気ですか……?」


 今は防具着けてないんだけどな……。面もなしにキャッチャーを務めるなんて慣れていなければ自殺行為に等しいが——


「当然じゃないですか。楓先輩なら心配要らないですよね?」

「いや、あの……」

「心配ないっすよね?」


 少しは心配してください。特に顔の傷のことはさっき聞いたばっかりだよね?

 否応もごねる暇さえなくこよみがバッターボックスに入る。マウンド上の舞も足場を穿り返している辺り、服装以外は本気を出す気か。


「かえでー、早く構えてよー」


 マウンド上では舞が俺を呼んでいる。もう1試合は経験したことだ。こうなったら決断するしかない。


「もういいよ! 付き合ってやる!」


 今更逃げようにも手遅れだ。むしろ覚悟を決めてどっしりと構えなおす。

 開き直った俺に、こよみがニヤリと笑ってみせた。


「楓先輩、心配しなくてもいいですよ?」

「あ?」


 主にその心配のほとんどの原因が何を言っているんだ?


「楓先輩には当たりませんよ——私がかっ飛ばしますからね!」


 舞は既に投球モーションに入っている。その舞の振り被りに合わせ、こよみの足が上がる。

 力強い体幹が生み出す片足立ち。その姿勢には一切の揺らぎがなく、全く視線の高さはブレない。強く、しなやかな全身から生み出す一振りが、インハイに飛び込んで来た舞のストレートを弾き返した。


「んなっ⁉」


 舞がマウンド上で面白い声を上げたが、多分打たれたのが俺だったら俺も似たような奇声を上げただろう。

 金属バットの澄んだ打音と共に、打球は高々と打ち上がった。レフトの守備の定位置辺りを遥かに越え、ギリギリファールゾーンでフェンスに直撃した。推定100~105mと言ったところか? 


「……まじかよ」


 先日試合をした球場ならあわや柵越えのホームランという打球に、俺の背を冷たい汗が伝った。


「あっちゃー、曲がっちゃいましたね」

「いや、十分ナイスバッティングだろ。俺あんなに飛ばしたことないぞ……」


 俺はいいとこワンバウンドでフェンスまで届けば十分飛んだ方だ。

 橘南高校の現役の野球部でも、透さえ居なかったら4番を張れるんじゃないかと思わせるだけの圧倒的な長打力だ。本当に後輩で、女の子なのか疑わしくなるな。


「女の子と大差ない楓先輩にそんなこと褒められてもなぁ!」

「流石にそれは無い。俺だって標準的な女の子に比べたら倍はパワーあるからな? こよみちゃんのパワーがちょっと人間の女の子離れしてるだけであって」

「はっはっは。何を言ってるんですか」


 豪放にこよみがそう言って笑うが、全くこのゴリラは何を言っているのか?

 いや、むしろただのゴリラの枠に収まるような傑物なのだろうか? そんなことを考えていたらこよみに思いっきり睨まれた。


「あの、楓先輩。何で私のことを『ゴリラを見るような目』で見てるんですか⁉」

「むしろただゴリじゃないなと思ったとこだった。というか何でゴリラまでは分かったんだ? もしかして心読まれた?」

「カマ掛けただけだったのに、チクショー! 只者どころか只ゴリってなんだよ⁉」


 俺には良く分からないが、こよみからしたら藪を突いてゴリラが——じゃない、蛇が出したようなものなのだろう。

 バットのヘッドでホームベースに外人選手さながらの一撃をくれるこよみは、残念ながら野球少女というよりは場末のスケバンかメスのゴリラだった。

 それから数分間、ゴリラ呼ばわりにお冠になったこよみをなだめて、おやつ代わりに俺の弁当のデザートだったバナナを渡して、ようやく機嫌を直してもらった。というかバナナで機嫌を直すって、やっぱりゴリラじゃないか。


「しかし舞先輩はよくあんな格好で投げますね」


 剥いたバナナの最後の一口を口に放り込んでこよみは言う。バナナを頬張るこよみはやっぱりゴ——いや、なんでもない。

 それにしても質問の真意が良く分からない。


「何か変な投げ方してるか?」

「いや、服装です。何で制服のままピッチングしてるんですか?」

「昼休みに一々着替えるのは面倒じゃないか? 体育館の更衣室は開いてないから、着替えるならトイレになるし」


 部室棟は学校の開門から開けられているので使えるが、生憎舞も俺も学校での立場上は帰宅部だ。他所様の部の部室を勝手に借りて着替えるわけにもいかない。

 大体それを言うならスカートでバット振り回しているこよみはどうなんだろうか? 時代錯誤のスケバンスタイルか?


「でも、膝上丈のスカートのままあんな激しい運動したら危なくないですか? スカートの中見えちゃいません?」

「スパッツ穿いてるから平気だってさ」


 それは以前、俺から舞に聞いたことだし、俺もちらりと見てしまった。

 一応そのときに「スカートで投げるのは止めろ」と言ったが、とうの舞には全く浸透しなかったらしいので俺も繰り返すのは諦めた。細々と言い続けるのも、こちらが過度に意識しているようで恥ずかしかったしな。


「えっと……。何で楓先輩が舞先輩のスカートの中の事情まで知ってるんですか⁉ もしかして楓先輩、舞先輩のスカートを……? 私も気を付けないと……」

「俺もお前と同じことを思って、前に舞に言ったんだよ! 後お前のパンツなんて欠片も興味ねえから!」


 こよみから下世話な視線を感じて思いっきり強く否定する。というか何でスパッツのことを知っているだけでそこまで話が飛躍する!

 正直、鬱陶しい。そもそも何でこよみはこんなに俺にちょっかいを掛けてくるんだ?


「サインーだせー!」


 こよみとしょうもない問答をしていたらマウンド上から催促が来た。なんだかさっきから女の子たちに翻弄されっぱなしだな。いや、もうずっとか。

 サインの交換を済ませたところで、舞が大きく振り被る。その動作はさっきまでの一連の動きと同じでありながら、放つ威圧感は別物だった。

 どうやらさっきの大飛球のファールが相当癪に障ったらしいな。


「こっちが舞先輩の本気ですか?」

「さっきのも本気だ。こっちは超本気って事だろ。メットないし死球気をつけろよ」


 M号の軟式野球ボールは意外と固いし重い。防具無しで頭に直撃を食らおうものなら無傷で済むとは限らない。

 舞がゆっくりと大きく足を上げる。さっきよりも大きな右足を上げる動作に追従してスカートが持ち上がり、艶かしいほど白くむっちりと肉付きのいい舞の太ももが露になる。

 あれ? 何か違和感が——


「舞先輩、穿いてないですね」

「はぁっ⁉」


 大きく右足が踏み込まれ、ふわりとスカートが広がった。

 小さな全身に込めた力が余すことなく指先に集約されて放たれるボールが迫るが、俺の視線はそれ以上に奪われるモノがあった。こよみの言う『穿いてない』が何を示しているかなど明白だ——子どもっぽい、水色だった。


「ごめん楓低いっ!」

「——⁉」


 声を上げる暇さえなかった。両目が白と水色を等分に捉えるが、そんな意識で取れるほど、舞の失投は甘くなかった。

 イレギュラーバウンドしホームベース直前で大きく跳ね上がったボールは、寸分違わず狙ったように俺の顔面を捉えた。もう耐えられずに後方に倒れ込んだ。

 ああ、空が青い——


「楓先輩の嘘つきー」

「あのさあ、今言うことがそれ……?」

「ええ、楓先輩ですから」


 そこまでちょっかいを徹底するとは、何て奴だ。1周廻って敬意を表するわ。


「しかも鼻血出てますよ? 舞先輩のおこちゃま下着で興奮しちゃいました?」

「跳ねたボールが顔面に当たったんだよ! あーっ痛ってえ……」


 どうやら跳ねたボールが鼻にストライクだったらしい。ボタボタと落ちるほどじゃないから心配は要らないだろうが、かなり痛かった。


「じゃあ楓先輩は負傷退場って事で、ここからはゾーン合意で決めて続きやりましょうか?」

「しょうがないね」

「最初からそうしろや!」


 鼻に詰め物も出来ずに空を仰ぐ俺には、そう言い返す他何も出来なかった。

 結局俺を廃しての二人きりの勝負は、超本気の真っ直ぐで舞がこよみを推定ショートフライに討ち取って終わった。結局、練習中のスローカーブは1球も使わなかった。


「もっと頑張らないと、ね。もっと速いボールを——」

「……それでいいのか?」


 多分もうこれ以上球速は上がらないって話をしたのはつい先日だよな? 

 スカート下の事情といい、もっと頑張るところが別にあることを、舞が本当に理解し、解決に臨んでくれるのは、いつになるのだろうか。

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