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第12話 舞の家にて②

2024/6/6 全体改稿

 双方単調なストレート縛り勝負の猛烈な乱打合戦は、始めこそ大きな点の変動や一発が飛び出す楽しさがあるが、慣れてくるととにかく単純でつまらない。何せ駆け引きの類のものが一切合切排除されているのだ。

 自分の体でプレイするなら力だけの真っ向勝負でもいいかも知れないが、テレビゲームでそんなことをしても退屈でしかない。やっぱり野球は自分でやってこそだな!


「なあ舞……。流石にもうやめないか? あまりに不毛だ」


 完全にへばり切ったピッチャーを交代するためタイムをとったものの、もう交代しようにもこちらのチームには控えのピッチャーが残っていなかった。

 1試合で40点以上取られれば誰がやってもそんなものだろう。晒し投げを強要される投手に同情を覚える試合展開だった。

 ここまで30分以上、ノーガードでお互いひたすらストレートばかり打ち合う、野球とは言い難い試合にいい加減に飽きてきた。

 惰性でただ来たボールを打っているだけのゲーム。何をしているのか思考能力が奪われ始めた頃、不意打ち的に左肩に小さな衝撃が来た。肩越しに見れば、至近距離にあったのは舞の小さな頭だった。


「ま、舞っ⁉」


 思わず大きな声を上げてしまうが、それはいきなり前触れもなくくっついて来る舞が全面的に悪いことにしておきたい。俺にとってはドッキリ並みに心臓に悪い。

 つい咄嗟に目を背けてしまっていたが、覗き込んでよく見れば舞が目を閉じているのが見えるし、耳を澄ませば小さく規則的な寝息が聞こえてくる。


「……寝てんのかよ。全く……」


 呟きながら再度画面に目を向ける。

 ゲーム内のスコアは48対52で現時点では舞の4点リードだった。尤も、それはどう見てもバスケットボールか何かのスコアだ。少なくとも野球のスコアには見えない。


「満塁弾一発分か。結構打ったと思ったけど、思った以上に打たれてたか……」


 幾らゲーム補正がかかっているからといって、ストライクゾーンのギリギリ4隅を狙った170キロのストレートを軽々と打ち返す舞にはお手上げだ。もう投げるところがない。俺も相当な本数を打ち返したはずだが、まだ得点は追いついていない。得意のストレートを前にした舞は水を得た魚のようだった。

 実際のところ、勝っても負けても今こうして舞が寝落ちした時点で、俺の不戦勝は決定しているわけだが。


「舞、ホントに寝てるのか?」


 大きく息を吐くこと2回、3回、ようやく落ち着いて状況が把握出来そうだ。それでも、左肩にもたせ掛けられた舞の小さな頭を撫でようとする手は震えた。寝ている女の子にこんな事をしていいのかなとも考えてしまう。

 左肩に感じる規則正しいテンポの小さな寝息と、寝落ちしてなおコントローラーを手放さない小さな手は、日頃の快活さや男顔負けの快速球を投げている舞と同一人物か疑いたくなるくらいだ。


「はぁ、寝てれば静かなのにな……」


 それは別にいつも漲るほど快活で、元気がウリの舞への嫌味ではない。むしろ俺としてはそちらのほうがライク的な意味合いで好きだった。

 ただ現役の運動部を凌ぐほどパワフルだったり、こちらを全く異性として意識していないまま不用意に接近してくるのが、異性に免疫のない俺には辛いところでもあったが。


「全く意識はされてない、か……。ありがたいような、ありがたくないような……」


 実際俺も自分で言っていてもどちらともつかない。

 もし変に意識されたら意思の疎通もとり難いし、バッテリーとして上手くいかなくなるかもしれないし、意識されないまま同性さながらに触れ合われると、それはそれで俺のノミのような心臓が壊されそうだ。


「……我ながら情けねえな」


 間近で彼女の体重や髪の匂いを感じドキドキするこちらの気も知らずに、舞は安穏に寝息を立てている。あまりにも油断に緩みきった寝顔に、もしも俺が狼だったらどうするつもりだったのかと問い詰めたいくらいだ。


「舞……」


 左肩を挟んで至近距離の舞にそっと呼びかけてみるが、やっぱり起きない。ガードが緩い以前の問題として、人を家に呼んでおいてホストが寝るというのは一体どういう了見なのか。

 向き直り、肩を揺すり起こすも、不明瞭な返事が返ってきただけだった。


「舞、起きないと——お、お、おそ、おそっ……」


 言いかけた言葉の先がどうしても出なくて口ごもる。流石に言えない……。


「はぁ……。なんでもない」


 たとえ冗談でも「襲っちゃうぞ☆」なんてぶっ飛んだ発言は出来ない。言ったところで後々悶え苦しむ黒歴史になる未来がありありと思い浮かぶ。

 おそらくそんな事を言い出すのは俺が精神的にぶっ壊れた時だろう。言おうとするだけで、羞恥心から顔が真っ赤になっている今、そんなことを言えるはずがない。

 舞を起こすことは諦めるか。床に転がしておく訳にもいかないので、所謂お姫様抱っこで持ち上げると、スカートの下にむっちりと肉感のある太ももの感触があった。身長は小さいけど、持ち上げると意外と重量あるな。幾ら意識の無いヒトは重く感じるとは言え。


「ベッド行きますよ。お姫様」


 誰に言うでもなく冗談めかして言ってみる。俺に言える冗句はこれが限界だ。

 舞をベッドに寝かせ、テレビを消そうかと視線を移すと、ドアの間からこちらを見ている視線があった。

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