真っ赤なサンタ
クリスマスも近い12月下旬。
街中は色とりどりのイルミネーションが飾り立てられ、クリスマスソングが流れている。
サンタクロース姿も見られた。
クリスマスにはまだ少し日程がある。
クリスマス前にやってきた、慌てん坊のサンタクロースだろうか?
いや、バイトで着せられているのだろう。
そうした雰囲気のせいもあって人々の顔もどこか明るい。
しかし、そのような楽しそうな雰囲気とは裏腹に先ほど、近くの公園で惨殺死体が発見された。
私はこのヤマ(事件)を担当することになったベテラン刑事。
このような大きな事件にかかわることになって驚きを隠せない。
被害者は大人2人。
男女が頭部を鈍器で殴られ殺されていた。
さらに遺体は、動物に食い荒らされたかのように全身ズタズタになっていた。
残忍極まる事件だ。
許せん。
事件の目撃者はいなかった。
いや、1人だけ、いたにはいたのだが、証言の内容に信憑性が乏しい。
“昨夜、大型の動物を連れた、赤い服の中年の男がウロウロしていた”
酔っ払いが証言している。
しかし、今時そのような目立つ存在がいるわけない。
考えられるとしたら……動物園の飼育員と脱走した動物か?
昨夜、そのような情報は入ってきていない。
おそらくデマだろう。
となると、手掛かりとなる情報がまるでない。
遺体には身分書もなければ、携帯電話等も持ち合わせていなかった。
着ていた衣服が高級ブランドだったことから、金持ちだろうかとは推測できる。
行方不明の情報はうちの管轄には入ってきていないことから、遠い地方から連れ去られたのだろう。
今はとにかく、被害者の身元の特定と、目撃情報をあらうしかない。
私達は現場周辺の店の監視カメラや聞き込みを行った。
最初の数件は全く手掛かりがなかった。
内心、うんざりし始めたところに思わぬ情報が飛び込んでくる。
ある店の監視カメラに赤い服を着た人物と動物?のような物体が映っている映像を入手できたのだ。
もしかしたら、あの目撃情報は本当だったのかもしれない。
私の中でわずかにこの事件の捜査にやる気が出てきた。
そこで私は赤い服の男と動物を捜索することにした。
しかし手がかりは限られている。
捜査は難航するかに思えた。
事件現場の周辺に位置する店を回る。
しかし、そう簡単に映像は見つからない。
私はため息とともにストレスをはきだす。
ため息をすると幸せが逃げるというが、あれは嘘だ。
ため息はくしゃみ同様、必要であるからするのであって、ただ幸せを逃がすだけの無意味な行動であるはずがない。
気を取り直し、次の店へと向かう。
きらびやかなイルミネーションが光るおもちゃを扱う店に入った。
クリスマス前の時期のせいか、店内は人であふれかえっていた。
私は人ごみをかき分けながら、店員に話を聞こうと奥へ進む。
レジにいる店員に話を聞こう口を開いたとき、思わぬ邪魔が入った。
サンタクロース姿の中年のオヤジ。
体からは何とも言えない動物臭がした。
それと鉄のような臭い……そう、血の臭い。
するとそのサンタクロースは所々、茶色や赤黒く染まった白い袋の中から札束を取り出し、
レジの店員の前にほおりなげた。
驚いたのは店員と私達。
このサンタクロースは何者なのだろうか?
私はつい事件のことなど忘れ、興味本位に目の前のサンタクロースに話しかけた。
「あの、すいません。私は警察の者です」
「ナンデスカ?」
そのサンタクロースは振り返り、私たちの質問に答える。
話しかけて初めて分かったが、このサンタクロースは外国人のようだ。
青い目に自前の白いひげ。
「いえ、用というわけでも……」
私は外国人が相手だと分かり、少ししり込みしてしまった。
日本の警察が外国人に話しかけるときは、よほどのことでは話しかけない。
「……ただ、そんなにこの店で多くの買い物をして、何されるのかな?と思いまして……Why buy so many?」
「日本語ならわかりますから、気づかい無用です。何故と言われましても、それは私がサンタクロースだからですよ」
意外にも日本語が流暢だ。
英語が苦手な私、これは助かる。
「あなたはご自身が本物のサンタクロースだというんですか?」
「そうです。ちまたでは偽物がほとんどですが、私は本物です」
この仕事をやっていると、このような神経をやられた人間をよく目にする。
こういう輩は、適当に話を合わせ、否定しないことがコツだ。
「ところで、ずいぶんとお金をお持ちのようですが、サンタクロース以外にもお仕事をされているんですか?」
「私の仕事はこれ1つだよ。私はこの時期のためだけに一年を過ごしているといっても過言ではない。身も心もこの時期に捧げているのだ。それと、この金はあるお金持ちが寄付してくれたものだよ。私たちの活動はこの世界の援助無くしては継続していくことはできないからね」
「……誇りを持ってらっしゃるんですね」
言葉とは裏腹に疑いの気持ちが湧き上がる。
この男、一年の大半は何して過ごしているのだろう?
すると私の胸ポケットにある携帯が鳴り響く。
「大変です!先ほどの画像を詳しく解析したところ、容疑者はサンタクロースの姿をした男とトナカイのような動物だと判明しました……」
私は携帯を耳に当て報告を受けながら、目の前の男をまじまじと観察する。
サンタクロースの白い袋についている赤黒いのは血痕ではなかろうか?
それにこの獣臭と血のような臭い。
もしかして……
携帯で通話を終え、改めサンタクロースに話を聞く。
「あの~ちなみに昨夜は何をされました?」
「昨夜は私のペットをこの辺りで散歩させていたよ」
「……ペットっていうのは?」
「もちろん、トナカイに決まっているでしょう」
サンタクロースは私を小ばかにするような目つきで見下してきた。
「ちょっと、署までご同行願いませんか?」
「何故だ。私は忙しいのです」
日本の警察をなめているな。
よし、ここはびしっと言ってやろう。
「あなたにはある容疑がかかっています。昨晩あなたは罪を犯しましたね?」
私はカマをかけることにした。
昨夜の殺人事件に関係していなくても、なにかこのサンタクロースはやっていると私の直感が働いたのだ。
わずかばかりの沈黙。
しかし、このサンタクロース
「……うむ。ばれてしまってはしょうがない。白状しよう。君の言う通り私は昨日2人の男女を連れ去り、その家の者に身代金をよこさなければ、こいつらを殺すと脅した」
何ということだ。
ただの殺人ではなく、誘拐殺人だったとは。
これは重罪だ。
それにしても、いやにあっさり認めたな。
少し気にかかったが、今はそれどころではない。
「で、お金は手に入ったのですか?」
「いいや、誘拐しても冗談だと受け止められて相手にされなかったよ。それで奴らは役に立たなかったから、殴り殺したんだ。返り血がすごくてな、白色だった服が赤く染まってしまったよ」
「遺体を荒らしたのは何故です?」
「あれは私の仕業じゃなくて、ペットのトナカイたちさ。よほどお腹がすいていたのか、我先にと死体を食い散らかしていたよ。よく言うだろ。サンタクロースのトナカイの鼻は赤いって……」
サンタクロースのトナカイは草食動物ではなかったのか!?
意外な事実に当惑しながらも、事情を聴き進める。
「なんということだ……あなたはそこまでお金が欲しかったのか?」
「そりゃそうさ、お金がなければ子供たちにプレゼントを買ってあげられないからね。特にこの国の最近の子供たちは高価なゲームや精巧に出来たロボットが欲しがっている。玩具の銃なんかじゃ満足しないのだよ。より刺激的なものが欲しいのだろうな。私たちは純粋にその子供たちの欲求に応えたいだけなのだ」
「理由はどうであれ、あなたはやってはいけないことをした。署までご同行願おう」
私は凶悪事件の容疑者を逮捕できた喜びを抑えきれずに小躍りしながら署へ戻った。
手柄が立てられたのだ。
出世間違いなしだ。
クリスマスにサンタクロースからいい“プレゼント”をもらうことができた。
署に到着すると目の前には驚きの光景が広がっていた。
署内にサンタクロースであふれかえっていたのだ。
警官の人数よりも多い。
同僚たちもまた、容疑者のサンタクロースを連行してきていたのだ。
さらに驚くことに、私が連れてきたサンタクロースは先に署に連れてこられているサンタクロースと抱擁を交わしていた。
知り合いなのだろうか?
「やあ、君もここに連れてこられたのか?じゃあ、人も集まったことだし、そろそろ始めようか……」
何やら不思議な会話を目の前で行われているのが聞こえた。
サンタクロースの目が怪しく光る。
すると大勢いたサンタクロースのうちの一人がいきなり咆哮をあげた。
それを合図にサンタクロースは隠し持っていた棍棒で警官たちを袋だたきにした。
神業ともいえる、あっという間の出来事だった。
私も連れてきたサンタクロースに叩かれ床に伸びてしまった。
意識を失う寸前。体中をまさぐられるのを感じた。
しばらくして意識を取り戻すと、署内にはサンタクロースの姿は消えていた。
それと共に、手錠と拳銃も消えていることに気がついた。
もしかして、いっぺんに拳銃と手錠を奪う計画だったのか?
身代金が取れないからと言って人質を殺してしまうサンタクロースだ。
拳銃や手錠を正しく使うとは考えにくい。
ふと、サンタクロースの言葉が頭で再生される。
“この国の子供は玩具の銃なんかじゃ満足しないのだよ。より刺激的なものが欲しいのだろうな……”
その年のニュースで連日連夜、報道がなされた。
“今年のクリスマスまであと数日、どうか皆さんサンタ姿の人物を見てもプレゼントを貰わないでください”
それでもクリスマスの日に子供たちによる発砲事件が起こってしまったことは言うまでもない……。