引き受け屋と春と災難ー午前ー
春を竜からの依頼で、いや、エージェントの依頼で引き受けて初の夜。
問題は発生した。
春の希望通り俺はスーパーでスパゲティの材料を買って家で作って食べさせた。
「陣兄さんは、料理出来るんだね。」
「ん?ああ、一人暮らしが以外と長いものでな。大抵の料理なら作れる自信があるぜ。」
「ほー。それじゃあ、毎日が楽しみになる。」
と、食べながらそんな話をしていた。
で、問題はここからだ。食べ終わって、春を風呂に入れさせるときに問題が起きた。
「そういやあ、春。」
「何かな?陣兄さん。」
「お前、着替えって持っているのか?」
「分からない。おそらく持っていないと思う。この小っちゃい鞄に入るとも思わないし…。」
そう言って、春はポーシェを目の前に掲げた。小っちゃい鞄と言っているあたり、記憶喪失なのか、ただの馬鹿なのか、親からポーシェという単語を教えてもらっていないのかの、どれかになる。
「春。一応言っておくが『小っちゃい鞄』ではなくてポーシェって言うんだが。」
「そうなの?」
「そうなんです…。てか、着替えがあるわけないよな。ポーシェの中に着替えが入ったら、どこぞの人気アニメになってしまうな。」
「どこぞの人気アニメ?」
「そこは掘り下げなくて良い」
どうしたものか。俺の家に子供用の下着や着替えなんて無いぞ。むしろあった方が恐いよ。
「春。どうする?」
「このままで良いよ?私は?」
春はそういう。俺に気を利かしているつもりなのか、はたまた本当にそれでいいと思っているのか。
「……。そうだな。今日は風呂入ったらこのままで、この春が来ている服のまま寝てもらって、明日新宿の、いや、池袋が良いか。池袋に行って服を買いに行くぞ。それまで我慢できるか?」
「出来る。大丈夫。」
そういい、春は服を脱ぎ、風呂に直行していった。
「少しは、恥じらえよ。俺だって男なんだぞ。まあ、子供の裸で欲情してしまったら、病院行った方が良いのかもしれないだろうけどな。」
そして、事件は無事解決に至った。
次の日の朝。
俺は春にたたき起こされた。
「起きてよ。陣兄さん。朝だよ。」
朝か…。今何時だ?
「春。今何時?」
「午前八時半。」
わーお!子供は早起きだってよく聞くけど、まさかこんな早いだなんて思ってもいなかったよ。
「悪い。もう少し寝かせて。あと一時間。俺は毎朝、依頼がない日は九時半に起きるって決めているから。」
子供相手に俺は言い訳をする。実質、朝起きる時間帯が生活基準になるってのはよく聞く話だ。俺の中では。
「甘ったれるな!クソやろー!」
「おい!お前今なんて言った!」
かわいらしい、赤毛の女の子の口から一瞬だが、汚らしい言葉が吐き捨てられたような気がする。
「何も言ってないよ?」
「…。」
嘘だ。絶対言った。女の声だった。絶対に春が言った。
「あー。目が覚めちったよ。今から寝直しても、ぐっすりと眠れる気がしねー。起きるとしますか。春の服を買いに行かなくてはならないしな。」
そう言い、俺は布団からぬくぬくと起き出す。
「暑い。」
第一感想。まだ六月だというのにこの暑さ。異常だ。
「朝ご飯は何ですか?」
「俺は朝はパン食派なんだが、春の記憶の中では、朝は何派だった?」
「何派とは?」
「知らないのか?普通、日本人は『朝はパンでしょ』と言う奴と『朝はご飯でしょ』と言う奴がいるんだが。春は、どっち派なんだ?」
俺は春に丁寧かつ短縮に説明する。理解できるか出来ないかは春次第。
「私はパンが良いな。」
「俺と気が合うね!」
「別に、朝から炭水化物いっぱい取りたくないだけ。」
なるほど。ポーシェという言葉は知らない割に、炭水化物と言う言葉は知っているんだな。何か、いろんな事がこんがらがってきた。春の親は、一体春に何を教えて、何を教えていないのだろうか。
「ところで、陣兄さん。買い物には何時に行くの?」
「そうだな。朝飯でも食ったら行くか?」
「それが良いと思います。」
春は、俺の質問に敬語で答えた。
そして、俺らは朝飯を食って、後片付けをして、池袋に買い物に行った。
そして、駅に向かう途中、やはり俺は銀行に向かった。だって、お金がないんだもの。子供の衣服って、大体どれくらいするのだろうか。一万で足りるか?ブランドものだったら、余裕で一万は超えるのかな。よく分からない。念には念を押して、俺は三万卸すことに決めた。
「結構卸したね。」
「当たり前だろ。子供の服なんてどれくらいするか分からない。それにいくら今が六月だからといって、暑くなったり寒くなったりする。半袖と、薄手の長袖を買った方が安全策だしな。」
俺は、格好付けて春に説明する。
「そうだね。ましてやあんな風通しのよいアパートだったら私がいつ、風邪引くか分からないものね。」
「ぼろアパートで悪かったな。」
そう、俺は今ボロボロのアパートに住んでいる。家賃月に二万。その中に光熱費、水道代が含まれている。この格安物件は、竜が探してくれた。
「ところで、春はどんな洋服が欲しいんだ?」
春の好みを聞くために、春にどんな服が欲しいか聞いた。
「世の中の人って、『可愛いは正義』というでしょ?」
「言わねーよ。てか、そんなこと聞いたことないわ!」
「そう?私はかなり聞くけど…。まあ、いいや。とりあえず、可愛い服が欲しい。」
「なるほどね。可愛い服か。」
女性がよく言う「可愛い」という限度が俺には理解が出来ない。下手すれば、ブルドックに対しても、「可愛い」と言う。いや、今では「ブサ可愛い」というやつか?まあ、何でも良い。とにかく、俺にしたら、可愛いの限度が分からない。そこは、春が「これがいい」と言った服を買うことにしよう。
そう考えている家うちに、駅に着いた。
「春。お前今何歳かわかるか?」
「さあ?」
分からないらしい。記憶喪失だから仕方ないか。でも、記憶喪失の人間って、こうも知らない人に対して話すのかな?俺はそこに疑問を持ち始めていた。
「分かんないなら仕方ねぇ。切符を買うか。」
そして、切符を買い、春に持たせて、改札をくぐり、電車に乗り、池袋に着いた。
道中の話はさすがに長くなりそうなのでカットさせて貰う。誰得かは知らないが。
そして、俺と春は池袋のショッピングモールの三階にある、子供服売り場に来ていた。
「春。好きなの五着まで選んで良い。ズボンは三着までだ。」
「分かった。」
「俺は、あそこの椅子で座って待っているから。」
そう言って、子供服売り場から、約百メートルぐらいの方向を指さした
「分かった。」
「じゃあ、探してこい。決まったら、呼びに来いよ」
そう言って、春を野放しにした。
野放しにしたのには理由がある。単刀直入に言うと、入るのが恥ずかしかったからだ。
俺は、椅子に腰をかけた。テーブルを挟んで反対側にもう一つ椅子がある形のやつだ。
それから五分後、声をかけられた。
「すみません。ご一緒させて貰っても良いですか?」
顔を上げると、俺と同い年の女性が立っていた。身長はざっと見た感じ、百六十近くあり、髪型はロング。肩まで髪が掛かっていて、痩せ形の女性だった。
「どうぞ。」
俺は、返事をした。こういうパターン、俺はあんまり好きじゃない。
女性が座ってからしばらくして、
「私。ナンパに合いやすいんです。」
急に語り始めた。知らねーよ。あなたがナンパに合いやすいなんて。ナンパされて海で難破してろ。俺は、無視を決め込んだ。もしかしたら、俺に話しかけているのではないかもしれないからな。
「あのー。聞いてます?」
あっ。駄目だこりゃ。俺に話かけてる。とりあえず、ここはすっとぼけた方がいいな。
「あっ。すみません。俺に話かけてました?」
こう言えば、大抵の人間は、「何でも無いです。すみません。」と言って、去って行くか、あるいは、無言を決める。
「急に話しかけてごめんなさい。」
はい。来ました。これで相手は無言になる。はずだった。
「暇でして。お話の相手になってくれませんか?」
(あなたが暇でも、俺は暇じゃないんですよ!)と言ってやりたがったが、喧嘩になるのも嫌だし、人目に付くのも嫌なので、俺は快く「いいが」と言った。
そこから、春が帰ってくるまでざっと一時間。彼女の話の餌食になってしまった。
名前は、水上玲奈。漢字までご丁寧に教えてくれた。血液型は、O型。俺と同じ。好きな食べ物は甘い物なら何でも良くて、嫌いな食べ物は苦い物、酸っぱい物、辛い物。ここは俺と正反対。誕生日は五月十五日で、歳は十九歳で、俺と同い年。てか、俺はまだ誕生日が来ていないから一歳違いってやつだ。そんなたわいもない話でここまで盛り上がっていたのか?と聞かれると、そこまで盛り上がっていない。むしろ、相手が一方的に話していて、俺は生気も無い相づちでかわしていただけ。そして、春が戻ってきた際、「可愛い。陣君の妹さん?」と聞かれた。どう切り返すか迷ったが、春がしっかりしていて助かった。「親戚のお兄さんです。」と返してくれた。
その後、俺は春がこれが欲しいと言う服とズボン、合計七点を買った。本当なら、八点のはずだが、お金の都合上、こうなってしまった。なんか、もう今日は災難だと俺は思っている。
見知らぬ女性には話しかけられるし、お金は足りなくなるしでね…。
そして、俺の災難はさらに続いた。