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引き受け屋と竜と『春』と

「ありがとうございましたぁ~」

と、こんな始まり方で始まる物語なんてあるのだろうか。と、俺は考える。

毎日が暇で、正義(エー)執行社(ジェント)に入って、そのお膝元の引き受け屋になってから、依頼は入ってこない。そんな中で、珍しく依頼が来たと思ったら、ハンバーガーショップの店員補充のための仕事。依頼。

依頼料は、大学生のアルバイト料と同じ金額。一時間九百八十円。毎日五時間の一週間勤務。もらえる金額は三万四千三百円。こんな金額で、今月やり過ごせるのだろうか。と、言うか、こんなことをするのであれば、普通に、近場でバイトを探して、面接を行い、そこで働く。普通は。だがな、俺はそんな甘い考えで生きていたから、今こんな目に遭っているのだ。今まで受けたバイト面接の数は両手じゃ足りないほど。書いた履歴書の数は数百枚を超えているだろう。その内のいくつかは、失敗作品。だから、こんな依頼が来たとき俺は、真っ先に飛びついた……が、何か、惨めだ。心が痛い。

俺は、なんで馬鹿みたいに、来る客来る客に笑顔で対応しなければならないのだ。よく分からん。店長が言うには、

「お客さんに不快な気持ちにさせちゃ行けない。もし、店員の顔が暗かったら、せっかく買った商品もまずくなってしまうだろ?」

と言われた。確かにそうだろう。俺だって、入った店の店員の顔が全員暗かったら、頼んだ商品もまずく感じる。だが、わざわざ、客が全く入っていない時間帯までも、ニコニコする必要はないと思うのだが…。まあ、そんな依頼も今日で最後なんだがな。

そう、頭の中で独り言をつぶやいていると、子連れの男の人が入ってきた。

「げっ…」

俺の知っている人物だった。

その人物は、約7歳ぐらいの赤髪の女の子と手をつなぎ入ってきた。まあ、ここは、店の絶対条件としてこんな台詞を言わなくてはならない。

「いらっしゃいませー」

飲食店やコンビニなどで、店内に入ると必ず言われる台詞だ。子連れの俺の知っている男は、一直線に俺のところに来た。

「やっぱりいた~。久しぶりだね~。陣君。」

「何の用かな?竜。いや、お客様。」

子連れの男の名前は、館山(たてやま)(りゅう)。正義執行社の人物で、俺の異能力の修行をしてくれた、俺にいろいろな戦闘術を教えてくれたいわば、師匠みたいな人物だ。ちなみに、俺の異能力は「火」で竜の異能力は正義執行社の人物さえ知らない。「お偉い様なら知ってるだろ?」と、修行の休憩中に聞いたことがあるが、竜は「僕の能力を知るものなんて世界中探しても一人しかいないよ」と言われた。俺は、そこまで深く突っ込まなかったが、この「一人」という単語は、自分を含めて「一人」なのか、自分の含めないで「一人」なのかが分からない。

「そうだよ~。用があって、今日は来たんだよ~。」

竜のしゃべり方は俺の嫌いなしゃべり方をする。語尾を伸ばすしゃべり方。俺は、それが嫌いだった。

「竜。語尾を延ばすのやめてくれないかな。凄く不快。」

「そう言われてもね~。クセだし直らないと思うよ~。」

駄目そうだった。

「まあ、そんなことは置いといて~、今日は陣君に依頼をしに来ました~。正義執行社直々の依頼だから、依頼料もかなり弾むよ~」

「よし受けよう!」

俺は、「依頼料が弾む」という言葉を聞いて、すぐさま受けた。

「返事が早いね~。今日でこの依頼は終了でしょ~。だから、今日来たんだ~。話はこの仕事が終わってからでいいからさ~。このお店の曲がり角にある『ディドール』で依頼の話をするよ~。どうせ、あと三十分もすれば、仕事終わるんでしょ~。」

「ああ、そうだが、なぜ竜が俺の事情を知っているんだ?」

普通に疑問だ。俺の諸事情を知っているのは俺ぐらいだというのに、なぜコイツが俺の諸事情を隅から隅まで知っているんだ?いや、隅から隅までは言い過ぎか。

「知ってるよ~。陣君のことなら隅から隅まで知ってるよ~。身長は178センチメートル、体重は56キロで痩せ形、視力は両方ともAで、僕よりかなりい。それから…。」

「おい、ちょっとやめろ!なんで、お前がそんなに知っているんだよ。何か、お前恐いよ。」

「引き受けやってのはこういうことまで知っていなくてはいけないんだよ~。まあ、今はきみの仕事中だし、営業妨害をするのもいけないことだし、僕ディドールで待ってるよ~。」

そう竜は言い残して、女の子を連れて店を出た。一体あいつはどんなことまで知っているんだろうか。謎すぎる男だ。

とりあえず、この仕事が終わったら竜の言っていたディドールに行くしかない。そこに行かなくては依頼の話も聞けないから。ディドールというのは、全国に無数の店舗を持っている喫茶店だ。ディドール発祥の地はアメリカだと聞いているが、俺自身、ディドールというのは会社員やちまたの学生が入っていくところだと思っていたが、竜が行くとなるとそういう場所ではないというイメージが新しく俺の頭に植え付いた。

そして、俺は仕事を終え、店長に一週間分の依頼料をもらって、そそくさと店の裏口から出た。そして、一直線にディドールへ向かった。

店に入ると、竜が俺を早くも見つけたらしく、「こっちだよ」と言わんばかりに、手を振っている。正直、なんか恥ずかしい。竜のところに向かうかどうか悩んでしまう。まあ、結局は向かうんだが。

「時間にぴったりだ。凄いね~。」

竜は言う。

「私服姿格好良い~。ユーニで買った青色の半袖のTシャツに紺のジーパン。大人っぽいね~。夏だって言うのに、ジーパンって暑くないの~」

「暑くはない。そもそも、俺は外に着ていけるようなズボンと言ったら、ジーパンしかないんだよ。」

竜の話を軽く流す。

「それより、俺はお前とおしゃべりをしに来たわけじゃない。お前から依頼の話を聞きにここまで来ているんだ。早く話をしてくれないか?」

俺は、本来の目的を竜に言う。何かと竜は、話し始めるとき、世間話をする。そして大半、自分が話したかったことを忘れる。なんて言うのだろう。おじいちゃんおばあちゃんシステムみたいな物だ。

「ああ、そうだったね~。忘れてたよ~。いけないいけない。」

やはり、忘れていた。

「依頼って言うのはね~。この僕が連れている女の子の面倒を見て欲しいってことなんだよ~。」

「は?」

俺は固まった。

「固まるのも無理はないよ~。だって君はまだ子育てなんてしたことないもんね~。まあ、僕もないんだけどね~。この女の子は『春』って名前らしいんだ。自分の口からそう言ってた~。でね、この子どこから来たか分からないの~。下の名前も本当かどうか分からないし、苗字だって話してくれない。完全に心を閉ざしているのかな~。どこから来たのかも分からないの~。」

竜は話す。流暢に話す。竜だけに。どこも掛かっていないんだがな。駄洒落にもなってない。

「一つ良いか?竜。」

「なに?」

「どこから来たのかは分かるかもよ。」

「どういうこと~?」

「まず聞くけど、この子どこで保護されて、どういう過程で竜のところに来たんだ?そして、持ち物はあったのか?」

俺は、竜の話を聞いて疑問に思ったことを言ってみた。竜がそれを答えてくれればすぐにどこから来たのかが分かる。

「春ちゃんはね~、正義執行社の中で保護されたんだよ~。防犯カメラにばっちりと映ってた~。春ちゃんが単独で正義執行社に入ってくるのをね~。そんでもって、事務員の人がそれを見つけて、保護をして、たまたま僕がそこを通りかかって、春ちゃんを僕が保護をしたの~。で、将軍に話したら、『竜が信用している奴にそいつを預かってもらえ、金ならこちらから出す』と言われた~。持ち物は熊の絵が描かれたポーチからキャラ物のハンカチとポケットティッシュが出てきたよ~。そこには名前が分かるような物、なにも入ってなかった~。」

竜は言った。

「竜、お前って俺を信用しているの?」

「してるよ~。なんで?」

普通、身近な人に託すだろ。なんで、将軍と呼ばれる人にそう言われたからって、俺に回してくるのだろう。まあ、今月結構ピンチだったから助かったんだけど。

「まあ、いいや。その子は正義執行社で保護されたってこと、そして、ポーチの中から金銭が出てこなかったことを考えるとなると、この子は正義執行社があるこの東京の新宿のどこからか来た。もしくは子供の歩ける場所のどこからか来たか。そうなるよな。」

「ああ、なるほど!つまり陣君が言いたいのは~、『春ちゃんの親を探したいなら、新宿か、子供の足で新宿に来れる範囲内を探せば良い』という事だよね~。」

「ああ、そうなる。」

俺は竜の推理に相づちを打つ。

ここの推理は俺がかっこよく、ビシッと言いたかったんだが、竜は以外と頭が良い奴なんだよな。俺と知恵比べしたらおそらく竜が勝つだろう。

「そうなると、探す手間がはぶけたね~。楽ちんだよ~。ま、とりあえずこの子を預かっといてもらえるかな?」

「それは構わないが、その春って子にちゃんとした飯を食わせる自信がないぞ?俺、残りの預金も少ないし、一ヶ月持つかどうかってところだぞ。」

「そんな心配はいらないよ~。もうすでに、陣君の通帳に五百万振り込まれているから~。」

「ごっ…」

俺は言葉に出来なかった。いきなり五百万の単語が出てきたら、今まで貧乏だった人間だって言葉に詰まるだろう。

「うん。五百万だよ~。でもさ、もうちょっと陣君お金を大事に使おうよ~。残り預金が2万円ってさ~、一ヶ月本当に持つかどうか分からないよ~」

「うるさい」

確かに、俺は引き受け屋をやっているが、そこら辺の引き受け屋より収入は低いというか、全くもって皆無。学生時代のバイト代で今までまかなってきた物だから、よく間に合ったものだ。

「とりあえず、親が見つかるまではこの子を預かれば良いんだな?」

「そんなかんじ。負担をかけてしまうかもしれないけどよろしくね~」

そう言って、俺らは席から立ち上がった。

そして竜との別れ際、

「一応言っとくと、その子の異能力は音らしいよ~。検査で分かったってさ~。まあ、僕には関係ないんだろうけどね~。」

そう言って、竜は一人正義執行社がある道へと歩き始めた。

竜と話してもうすっかりあたりは夕暮れだった。

「とりあえず、晩飯の支度をする前に郵便局で一万卸すかな。一万ありゃ朝昼晩ぐらい持つだろうしな。おい、春。」

俺は預かったこの名前を呼ぶ。……。返事はない。

「おーい。春?」

「それって、私を呼んでいるの?引き受け屋のお兄さん?」

「はっ?」

おかしい。確かに俺は竜から『春』と言う名前を聞いた。

「君の名前は、『春』だろ?」

俺は再度聞き直す。

「分からない。私なにも分からない。家がどこかも分からない。名前も分からない。」

記憶喪失者だ。結構めんどくさいな。竜達正義執行社はこのこと知っているのだろうか?いや、知らないはずだ。竜が重大なことを言わないで依頼を俺に任せた事なんて今まで無かったから。

「ただ、」

「ただ?」

「私は、誰かに『正義執行社に行きなさい』と言われた覚えがあるだけ…。あとはなにも覚えていないのです。ごめんなさい。」

謝られた。記憶喪失というのは、何か衝撃の強い事が起きたら発動するんだっけな。意図的に記憶喪失って出来るのか?いや、演技だったら出来るか。でも、それも時間の問題かもしれないしな。この子はおそらく記憶喪失で間違えない。まあ、俺が勝手に判断してはまずいか。明日、竜に電話で聞こう。

「まあ、いいや。謝る事なんて無い。とりあえず、君の名前は『春』だ。理解したか?」

「うん。理解しました。お兄さんの名前はなんて言うの?」

「俺の名前は、風切陣。」

お互いに自己紹介を終えた。自己紹介って言うのかどうかは分からないが。

「お腹減った…」

春がそういった。

「なに食いたい?」

俺は春に問う。

「スパゲッティーが出来れば食べたいです。」

案外思考はお子様だな。

「分かった。スパゲッティーを作るか!」

子供の意見にはしっかりと耳を傾ける。それが立派な大人の対応、かっこいい大人の対応、理想の親の対応だ。と、ネットの記事で読んだことがある。

俺は一体なにを目指したかったんだろう…?

「ありがとうございます。ものすごく楽しみです。」

「なぁ、春。」

「何ですか?」

「お前のその敬語なんか嫌だ。もうちょっと打ち解けてくれないかな?俺らしばらくは一緒にいるわけなんだし。」

俺は歩きながら春に言う。敬語って言うのは何か苦手だ。こそばゆいって言うのかな?そんな感じがする。聞き慣れていない、というのもあるのかもしれないけども。

「敬語じゃなくて良いの?」

「そう!それ!俺はそれが一番良い。」

俺は激しく同意をする。

「なんて言うのかな?春の記憶には親とかの記憶とかあるのか?」

記憶喪失って言うのは本当はどこまで覚えているのだろうか。試してみる。

実験だ。

「ううん。覚えていない。私が覚えているのは自分の歳。私は8歳と言うことだけ覚えている。」

「なるほどね。」

つまり、全部が全部そうとは限らないが、記憶喪失をしてしまった人は自分の歳を覚えているようだ。

「春。今日からお前と一緒に過ごすのだから、これだけは覚えといてくれ。」

「なに?」

「俺とお前は家族ってことさ」

「家族?」

「そう、家族さ。だから、わがままを言っても良い、俺だってすべてがすべて、春のわがままを聞くわけではないのだが、それでも大半の事は笑って了承してやるからさ。良いかな?」

俺は、春に問う。俺には家族がいない。俺はただ独り身だった。7歳の頃からずっと。だから、家族というものがどういうものか、薄ぼんやりだが分かる。覚えている。

「分かった。」

「よし!それじゃ、晩飯の買い出しの前に郵便局に行って金を卸すか。それから、スーパーに行ってスパゲッティーの材料を買いに行く。良いな。春。」

「分かった。」

そうして俺たちは足を運ぶのであった。

初めて出来た家族を失いたくはない。もう二度と、あんなことが無いように。俺は自分の能力で、春を守ってみせる。と、言うフラグを立てて置くと、このあと春が重大な事件に巻き込まれたりするんだよな。

最近の世の中は物騒だが、そんな春に危機が及ぶような事件は起きないだろう。


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