《1ー1》
蛍光灯の明かりはついているのだが、どことなく薄暗く感じるブースの中で自分が声をあてたアニメを見ていた。
最初に比べるとずいぶんマシになってきたなぁ。
まぁ同じ作品をこの授業の度、繰り返しやらされてたら、イヤでも上手くなるか……
今日は朝からアフレコの授業。
半ドンで昼には終わるが、割とハードだ。
何より朝は身体が起きていない。
楽器である身体が起きていないから、声が出ないのだ。
んなこと言っても、一般の人からしたら寝起きでもフツーにこと出るわって感じなのかもしれない。
俺も最初はそう思ってたし
でも、なんどか演ってると違いがわかってくる。
確かに、身体が起きてないと声が出ないってのが…
ただでさえ朝眠くてダルいのに、身体をアップして、ベストな声が出るように仕上げるのは疲れるのだ。
肉体的にも、精神的にも。
自分の声がスピーカーから聞こえてくる。
お、ちょうどオレと涼子が掛け合うシーンだな。
「頭打ちになってきたな」
隣座ってモニターを見てた渡部が呟く。
言われてみたらそんな気もする。確かに上手くはなってきたのだが、いまひとつ何が超えれてない。声で演技するってのはただマイクの前で喋ってるワケじゃない。たがお芝居がクサすぎると作品から自分だけが浮いてしまう。
クラスの中でも割とできてる方だがまだまだだ。
実際の現場じゃ全く通用しないだろうなと思って、恵一は少し落ち込んだ。
「まだまだこれからだよ」
恵一はニヤリと笑って強がって見せた。
辺りでは自分が声をアテた所で赤面するクラスメートがいる。
もう2、3ヶ月だぜ、もうそろそろ慣れていい頃だろ。
「はい。えー反省点や改善点は見つかりましたか?次回からは違う作品をやりますから、今回のを踏まえて次回に臨んでください」
講師が奥の編集室からスピーカー越しに終わりの挨拶。
悪い先生ってわけじゃないけど…どっかとげがあるんだよなぁ。
「どーする?」
渡部が台本をサイドバッグに入れながら聞いてきた。
「とりあえず外に出ようぜ。ホコリが舞ってツラい」
「あぁ」
自分も筆記具や台本をカバンに入れ、立ち上がる。
ただでさえ狭いブースに丸ごと押し込まれてるから窮屈でしかたない。
「あ、今日帰りに寄っていい?」
座って台本にダメ出しを書き込んでいた涼子が立ち上がった俺を見上げて言った。
……だから、その位置からだとお前の胸が丸見えなんだよ!もっと意識をしろよ!
「なんか予定ある?」
「いや、大丈夫だよ。どうした?」
「忘れ物しちゃって…」
「あぁ……」
彼女の言葉を聞き終わらないうちにブースから出た。
邪険に扱ったわけじゃないけど、もうなんというか「慣れ」みたいなもんだ。
「りょーとなに話してたの?」
スカートの裾を手で直していた愛川と目が合った。
「バイト終わりに寄るってさ」
「今日何時までかなぁ?」
「さぁ、昨日は22時くらいにウチに来たよ」
「えー私達帰ったあとじゃん。ずるーい」
「ずるいってなんだよ…」
「だってレアキャラだよ」
ウチにくるメンバーは大体がバイトしてない奴らばかりだ。
していても週末だけとか夜勤とかだから、だいたいが授業が終わったらウチに集まる。
バイトでみんながいる時間帯にいない奴らはレアキャラ扱いされるのだ。
「泊まればいいじゃん」
「えー寝るとこないじゃん!」
「おいおい、いつもベッドを占領してるあんたが言うかね?」
「えへへ、ごめんごめん」
かわいい。
愛川梨絵、上の上と言っても過言ではないくらいにかわいい。
というか、どっちかというとセクシーな声質をしてるから、可愛いというより大人な感じがするのだが、背がちっこい為、アンバランスなのである。
まぁ、ギャップが合ってそこがかわいいわけだけど。
ちなみに愛称は「ちぃ」
小さいから「ちぃ」。名前関係ない。
「ちぃー。ご飯食べ行こう」
この屈強な男は光輝。
佐々木光輝、梨絵の彼氏だ。
梨絵に一目惚れしたらしい。
ちっ(舌打ち)
なんとも思ってませんけど、何か?
いつもと変わらない2人のやり取りを見ながら、恵一はちょっとだけ嫉妬しつつ息を吐いた。
「じゃあ、帰っていい?」
「え?ごはん一緒に食べに行かないの?」
「眠りが浅くてさー」
「コンビニにする?」
さり気なくアピールしてみたが気付いてはもらえなかった。
お前らがいたら、熟睡できねぇんだけどな…
そう思いつつ涼子がバイト終わりに来ることを思い出す。
一回俺が爆睡してて外に放置してしまった事があるからなぁ…
誰かウチにいてくれるってのは、ありがたい。
「ウチに来るなら行こう。オレ、アフレコで集中切れたわ」
「あ、私セブンがいい!」
「えー近くないよ」
「線路沿いにあるよ?」
「遠回りやん」
「えーセブンがいい!」
オコなちーもかわいい。
可愛いは正義だ。