策略
遡ること昨日、俺はシュモンさんに呼ばれた。奴隷農民代表である俺は、シュモンさんと奴隷が直接会話できないためにシュモンさんからよく伝言を頼まれてしまう。
昨日もきっとそうなのだろう、と思っていたら全く違うことだった。
──ヘゼー家の人がやってくるから、もし、怪しい言動をすれば殺してくれ。私には出来ないから、君に任せようと思う。
と、シュモンさんは頼んできた。俺が、元々この村でそれなりに地位が高かったからなのだろう。
そして、今。俺はヘゼー家の二人の荷物運びを手伝ってあげた。
運び終えたのが、お昼過ぎだった。俺は帰るわけにもいかないと思いつつも、口実が思いつかなかった。地位が高かった頃は赤ん坊だったのだ、貴族のことが分かるはずもない。
すると、ヘゼー家の奥様がニコニコ笑いながら、俺にお昼ご飯を作りたいと提案した。お礼のつもりなのだろう。しかし、お料理が作れるとは、凄いことだ。そうとうな箱入り娘だと聞いていたのだが──想像とは違った。
「この村に来る前にね、寄り道して途中で市場を見たの。しばらくはスピカとの二人暮らしだから、ご飯をどうにかしなくちゃって思ってね。これでもお料理は得意なのよ。本で得た知識は豊富に詰まっているわ」
「ありがとうございます」
食間で待っている間、スピカ様が現れた。彼女は食間に来るなり、俺に声をかけてきた。興味津々といった顔だ。
「奴隷なのに、言葉が綺麗で聞き取りやすいですね、あなたは」
「──ちょっと俺は特殊で、少し貴族に近いんです」
「へえ。そうなの。あ、お母様の料理、素直に感想を言ってくださいね」
「どうしてですか」
「最後に辞めたメイド長から付け焼き刃的に教わったものですから。それに、天然で、おっちょこちょいなところがありますので……」
「それはひどいわ、スピカ」
奥様がお洒落な見た目のパスタを持ってきた。スピカ様のは年頃の女の子らしく少なめだが、俺のは大盛りだ。
香りも良くて、美味しそうだ。スピカ様の心配は杞憂だったようだと思い、一口、口に入れる。その瞬間──何とも言えぬ味が口の中を駆け巡った。
「お母様、市場でとてもパスタに入れるべきではないものを買われてましたけれども、まさか、入れましたか? 」
「もちろんよ。酸味を効かせるために、コクの実とかレモン入れたりしたの。あとはそうねえ、シソの葉も入れたわ」
「そりゃあ美味しくないわけですよ……奥様」
「あらあら、そうだったの? おかしいわねえ──うっ」
「味見しなかったんですね……」
娘のスピカ様のパスタを口に入れ、やっと不味さが分かったらしい奥様は、お口直しに、と事前に蒸らしておいた紅茶を持ってきた。
貴族の女性ならば、美味しく入れられるのは当然らしい。やっと落ち着いて話が聞ける。
奥様は三人分の紅茶を入れ、スピカ様の横に座った。そこで俺はずっと疑問に思っていたことを口にした。
「あの、夫人。領主様はいらっしゃらないのですか? 」
「ああ、彼なら、数日したら来るわ」
「お仕事がお忙しいのですね」
「まあ、そうね。私にはちっとも分からないのだけれども、凄い重要なお仕事らしいの。私は何の役にもたたないから、先に来たのよ。それに、メリーの月命日だからお墓参りもしたかったの」
この奥様は、メリーさんの月命日には必ずお墓参りをしにこの村を訪れる。もちろん、メリーさんと親しかったスピカ様も必ず一緒に来る。
しかし、よほど忙しいのか、領主様は命日にしか来られない。
メリーさんが殺害された理由については、シュモンさんは何も教えてくれなかった。彼が殺したのだろう、とは思ったが理由は未だにわからずじまいだったりする。
「彼女にお花のお世話を頼んだばかりに、あんなことが起きてしまったのよね。早く真相を解明してあげたいわ」
「そう、ですか。あの、紅茶、ありがとうございました」
俺は紅茶を飲み干し、足早に去った。
この人達は紛れもない白だ──。
シュモンさんに報告するため、山の入り口に近い西のエリアに向かった。このあたりは身分の高い者が暮らす場所なので、滅多に来れない。
他の場所とは違う、立派な建物。一番山の近くにあるのがシュモンさんの家だ。
「シュモンさん、こんにちは」
「おや、マリウス」
「二人は白でした。普通の、母と娘でした」
「ほう」
マリウスさんはしきりに頷いた後、俺にこう告げた。
「奴隷の一人をその二人の元にやらせ、メイドにしてほしい」
まだ来ていない領主様の方が怪しいと疑っているのだろう。王都のお仕事も、あの奥様には詳しく説明していないが、おそらく村に対する何かだと俺でさえ思っている。
マリウスさんは、相変わらず俺を招き入れることはせず、さっさと閉め出してしまった。
──しかし、メイドということは、女、か。それならば彼女しかいないだろう。
帰ろうとしていたら、レミ医師に遭遇した。
「あなたの雇い主であるドビーが倒れたわ。今診療所にいるから、様子を見てあげて」
すれ違いざまにささやかれた。これは行かなければ、まずい。雇い主があの役立たずだけになるのは、避けたいものだ。
診療所にいたドビーさんは顔が少し青かった。疲れているのだろうか。
ドビーさんが目を開けた。
「目を覚ましましたか」
「マリウス……俺はどうして」
「あの二人は白です。明日からNo.5ことマリアをあの屋敷で働かせたいと思うのですが」
「そうか、それなら構わないけど」
「早く戻りましょう」
「──ああ」
釈然としない顔つきだったが、とりあえずドビーさんを立たせ、途中まで一緒に歩く。俺は途中で小屋に寄る。
「No.5はいるか? 」
「はい、どうされましたか、マリウス様」
「頼みごとがあるんだ」
「はい、分かりました」
他の奴隷も休憩していたので、彼女だけを二部屋ある小屋の内、応接間に連れて行った。
彼女の本名はマリア=イェリーク。名前はさほど珍しいものでもない、ごくありふれたものだ。イェリーク家は洋服屋を営んでおり、この村で作られた毛織物製品を納入している。
マリアはそこの6番目の娘だった。だからこそ、彼女は名前を認知する前に売られた。珍しく相手側が交渉してきた奴隷だった。だからこそ、ヘゼー家に身元を調べられたり、領都に行かざるをえなくなったりしても無事なのだ。誰も、心配をしない。
「お前は明日からマリアとして、ヘゼー家に勤めろ」
「はい、分かりました。マリアというのは新しい名前ですよね、頑張って覚えます」
「そうしろ」
マリアはさっさと立ち上がり、畑に向かった。
5以前の奴隷は非合法的に奪った奴隷だったが、彼らはマリアみたいに淡泊で感情がないというわけではなかった。だからこそ逃げられてしまったのだ。
マリアに関しては多感な時期でありながらも、感情を学ぶ機会を与えなかった。ひたすら働かせた。畑と小屋以外には行かせなかったし、他の奴隷と口をきくのも禁止した。(しかし長期間喋らないことによる支障がでないよう、管理人や俺と喋るのは許可された)
おかげで出来上がったのは、世界の色を知らない機械のような女だ。今ではあの口調が少し怖い。
「マリウス、早く働けよ」
「はい」
ドビーさんが来たので、俺も畑に戻ることにした。




