時間は外れかけた僕を引き戻すんじゃなく、引っ張られて飛び越したら見えなくなった。
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きらきらしたモノが好き、というわけじゃあない。
目立っている人が好き、ということでもない。
みんなきらきらしてる、そんな集団が好きだった。
- 白い木枠窓と深緑。旅行カバン。
駅のエスカレーターを降り切符を探す。人混みから外れて少し遠回りで歩く。
高校もバス通学で電車なんかそうめったに利用しない俺にとっては慣れない電車は地獄でしかなかった。車内に人はさほど多くはないがバスと規模が違う。完全に密閉された電車内は二酸化炭素が充満してる気がして息苦しくて。
逃げ出したくて仕方がないが、座席を立つときっと倒れる。周りから怪しまれないようにカーテンで右手を隠し、深爪な小指で窓を引っ掻いていた。
電車内ほどというわけじゃあないが、あまり人が多くなくても電車も人がざわざわと動き回る駅のホールも苦手だ。壁際に沿うようにゆっくり歩く。
握りしめていた切符を見ようとすると、目に映ったのは切符を持つ右手じゃなくコンクリートの地面。軽く首を振り、切符を見る。すぅ、とゆっくり小さく息を吐く。顔に手を触れる。あ、これきっと今顔色悪い。
あぁ、気分悪い。酸素じゃなくて自分の息がほしい。今この駅でて新しい空気なんて吸ったら喉にたやすく入ってきて体が驚いて気持ち悪さと吐き気と戦いながら倒れるだろうな。
倒れたらやっかいだ。イヤフォンを耳につけボリュームを最大にあげて身体を奮い起こす。
よろよろと壁に手をついて歩きたいが、そんなことしたら怪しまれる。ただでさえ電車を降りた時に数十メートル先にいた駅員が心配そうにこっちを見て大丈夫ですかと寄ってきた時は恐ろしかった。
一歩一歩ゆっくりとそれなりの時間をかけなんとか改札にたどり着き切符を機械に通す。
改札をぬけてイヤフォンを外す。周りはもう薄暗い。
駅のホームを出て大時計を見る。時刻は20時ぴったりを指していた。
大時計のある噴水を囲むベンチに腰掛ける人々は真夏なのもあって半袖が多い。きっと今半袖でちょうどいい涼しさなんだろうが、俺は羽織っていたカーディガンを脱ぐ気にはなれなかった。
薄暗い周り、それでもベンチに座り会話したり服をきっちりと着こなした人々。それは人々の大半が家に帰宅する時間に今から遊びに行ったりと活動するように見えたのが少し気味が悪くて。
差別するつもりは毛頭ない、きっとただ慣れない事をぶっ通しでし続けて疲れすぎただけ。大時計の街灯に孤独や恐ろしさや寂しさを奮い起こして冷や汗が止まらなかった。
早足で自転車置き場に向かう。たまに吹く生温い風が少し気持ち悪い。
自転車置き場のある商店街を通る。商店街の照明で一気に明るくなると共にすれ違う人の雰囲気に気付く。ぞろぞろとすれ違う人々はほとんどの比率で浴衣姿、ぎっしりと並ぶ夜店。そうだ夏祭りだ。
いつもはどっちかというと苦手な人の多さも絶えず聞こえる人の話し声もわいわいとした騒がしさも、今はそれに安心した気持ちになった。
「あ、これ…」
人の流れから外れ、電信柱に近づく。
「社会人劇団の最新公演ー…」
最近よく高校近くでも見かけるポスター。
いつも何気なく後ろ髪を引かれていた。ポスターの貼られた電柱の前で足が止まる。
ポスターに手を伸ばし、指先で触れる。
一度この社会人劇団の公演を見に行った事がある。舞台を駆け回る一人一人がとても輝いてみえて、それはドラマの俳優の演技よりも比べものにならないくらい魅力的だった。
仕事を持ちながらの趣味の世界、団結力も強いのだろう。本職が俳優とは違って練習なんてする時間は仕事の後や休みくらいだろう。脚本もプロデュースも演出も、全て自分達で。だからこそ仲間のチームワークが大事なんだろうなぁ、と素人の自分でもひしひしと感じた。
きっと誰ひとり欠けても増えてもダメで。集まったのが必然的なような気がした。けど彼らに選ばれし者なんて陳腐な言葉は似合わない。言葉になんか、できない。
「いいな」
着飾ってない感じも、フレンドリーさも、全部。
うらやましい、なんて簡単に口にしていい言葉じゃないけれど。そのことに努力もしてない人間が、簡単にうらやましいなんて言うのは自分の心の中でつぶやくのさえためらってしまう。
「きらきら、してて」
輝いていて、うらやましい。
「その胸元(十字架)もきらきらしてて素敵だ」
「わっ!?」
すぐ真横から響く声に思わず声を上げる。
ひと気の無かった隣に一人分の人の気配。
「シンプルなの、君の白い肌に似合うよね」
俺の胸元の十字架のネックレスに手が伸び、指先が触れシャランと揺れて音を立てる。
驚きと戸惑いにばっと声と手の主であろう横を見ると、距離わずか数センチに顔をこちらに向けた青年が立っていた。
じっと俺を見る青年。ビクッと肩が揺れた俺を見て「あっ、ごめん」とネックレスから手を離す。
つい気になったんだ、と男の人にしては少し高い声が俺に向けられる。やっぱりさっきの言葉は俺に向けられてたんだ。
じっ、とお互い数秒見つめあってたのに気付いて恥ずかしくなり思わず目をそらす。顔ごとそらすも視線が感じる。
襟足に毛先のかかるきれいな茶色の髪は青年の大人びた端麗な顔にとても似合う。アーモンド型の切れ長で大きな目した長めのまつ毛と似合っていて格好いい。
顔を見たのは一瞬だけだが、十分イケメンというのが分かる。
それにくらべて俺なんか、なんて考えはわかないけど。魅力的な人と比べるという時点でおこがましい。
この劇団みたいに、とふとポスターを眺めてみる。
「お兄さんお兄さん」
はっ、とかかる声に気付き顔をあげる。しまった、一瞬ぼーっとしてた。もしかして俺の態度に青年を怒らせてないだろうか。
恐る恐る顔をあげると、すっ、と目の前に差し出された手。
「よかったら、一緒にお茶でもどう?」