初仕事2
「よっし、やるか!!」
朝陽が差し込む応接室で気合を入れる。
制服として支給されたエプロンの紐をきつく縛る。
不恰好な蛇が描かれた、何とも言い表せないようなデザイン。どうしてこれが蛇とわかったかというのも、ローマ字表記で"HEBI"と描かれていたからであって。
(どこで手に入れるんだろう…)
せっかく入れた気合もこのHEBIの表情によって抜けてしまいそうだ。
だが、そんな事も言ってられない。夢のマイルームのためだ。
助手としての初仕事はお掃除。自分の部屋となる所と、その隣の収納部屋。
……だが。
事実、それだけでは済まなかった。
応接室とキッチン以外、ほとんどが綺麗とは言いがたかったのだ。
靴箱には無理矢理重ねられた靴でぎゅうぎゅうに。
トイレは便座は辛うじて使用はできるものの、使用してないペーパーロールや匂いのしなくなった芳香剤が散乱していた。
お風呂に関しては浴槽は何の汚れなのかわからないほど黒ずみ、空のボトルが底をヌメヌメさせながら置きっぱなし。普段シャワーしか使わないにしても酷すぎる。
とにかく、このオフィスの中身はとんでもなかった。
気合いを入れざるを得ないのだ。
「まずは…っ水回りから…!!」
エプロンの下に着たミキに借りているTシャツの腕を捲った。
((おう、衣羽よ!胸が無いからミキのが着れるんだな!うはは!!))
昨晩、ツチに言われた言葉を思い出し心が痛む。
「ぐ、ぐう…ヘビめ…心を抉りやがって…」
ブツブツ言いつつ勢いよくお風呂のドアを開けた。
「まずはここから…!!!」
当の雇い主は応接室で朝の番組を見ている。
「ミキ君!お風呂場、片付けちゃったら髪の毛の色変わっちゃうとかないよね!?」
「うん、掃除してないだけだから安心して」
何に安心しろと言うのだろう。
こうして世紀の大掃除は始まったのだった。
「おう、衣羽よ、よくやるなあ」
水回りを一通り終えた頃、聞こえてきたのは低い声。
「ツチくん…!」
いつの間にか肩にかかる様に巻きつく白蛇。そろそろ慣れて恐れる事はなくなった。
「ねえツチくん、なんでこんなに物が散乱してるの?」
ガラクタ達が集まる部屋の前で立ち尽くす。
統一性のない物達。この部屋や物置きだけに飽きたらず、風呂場やトイレの片付け中も隅から出てきた。
今、腕に抱えているのは靴箱から出てきたお札が貼られた日本人形である。
「…ああ、あれは全部ラッキーアイテムだ」
「………は?」
「ミキは大の占術好きだ」
「せ…じゅ…え?」
「要は占いだ。特に朝の星座占いは欠かさず観てるぞ」
「ほら」と、ツチが示した先には、それはもう可愛らしいツインテールにした少年の姿。
「……っ!?」
「今日のラーキーアイテムは"ツインテール"だったんだ」
呆れたようにツチはため息をついた。
「え、で、でも、確か、ミキ君とかって、運の影響受けないんだよね?あんまり意味が……」
「うるさいなあ、あの占いコーナーは僕にとって絶対の存在なんだ。信じる者は救われるって言うだろ」
応接室から顔を覗かせたミキは少し拗ねているようだった。
「ま、そう言うことだ。がんばれよ、衣羽」
ツチは肩を叩く様に白い体をうねらせて消えてしまった。
呆気に取られながらツインテールの少年を眺める。まだ拗ねているようだ。
もしかしたら消える間際にツチが何か言ったのかもしれない。少年は立ちあがりキッチンより奥の扉を開けその中に入っていく。
その先にお部屋がある事を知る。
これは後に分かったのだが、そこはミキの部屋だそうで。
止まっていた手にハッとし、掃除という仕事を再開するのであった。