特殊な体質3
いつの間にか陽は傾いていた。
来るときは人影がほとんど無かったこの道も、ちらほら歩く人が見える。
会社帰りのスーツ姿のおじさん、自転車の後ろに子供をのせた主婦。
静けさは変わらないものの、まるで違う道を歩いているようだった。
「高嶺さん、良い人ですね」
私の声に前を歩く白い背中が振り返る。
「でしょ。僕がこの地区に来たばっかりの時からの付き合いなんだ」
「そうなんだ……」
「高嶺さんの所にあったソファは僕のオフィスの物と同じだよ」
静かに話し始めた声はこちらを向かず帰路を見つめたままだった。
「だから座り心地が似てたんだ……」
「初めて高嶺さんを助けた時の報酬なんだよ」
「……助けた?」
「そう。高嶺さんの右足、僕が来なかったらあれだけじゃ済まなかったと思うよ」
少しだけこちらに向けた顔はなんとなく誇らしげな表情をしている気がする。
「高嶺さんの言ってた"天罰"ですか?」
「うん。あと足もう一本と…腕も無くなってたかもね」
想像しただけでゾッとした。
「でっ、でも…高嶺さんは運を引き寄せてしまう体質なんでしょ?体質じゃどうしようもないと思うんだけど……」
「そうだね。問題はそれをどう使うかなんだよ。"調子に乗ってた"って言ってたでしょ?
あんな職業だしね、悪いことに使ってたんだよ、せっかくの"運"を。
ま、お天道様は見てるってやつだね~」
ふふん。と、鼻歌を歌うように語りながらオフィスに続く裏路地へと入る。
身震いしつつビルの合間から空を見上げてみたが、そこにはただ、赤みがかった夕焼けが覗いていた。
「ま、それも昔の話だよ。そうだな~、10年くらい前かな。丸くなったってやつだね」
懐かしむように話しながら、いつの間にか着いていたオフィスの扉の鍵を開けた。
そこでふと、疑問点が浮上する。
「あれ?ちょっと待って、ミキ君。私より年下…だよね?10年前って、私ですら7歳だよ?」
当の本人はすでに室内に入っており、開いたままの扉は私を待っていた。いきなりの大きな声に明らかに迷惑そうな顔で振り返った少年。
「うるさいなあ。いいから早く入ってくれる?」
言われた通り扉をくぐりつつ小さな身体のミキをまじまじと見る。
人は見かけによらずと言うが、目の前に立つ彼は自分より年上とは到底思えない。
(せめて私と同じ年だとしても…やっぱり7歳だし…そもそも力をもらえるのが15歳って言ってたし…)
混乱する中、さらに眉間の皺を深めた少年は言い放つ。
「僕、君よりもう少し長く生きてるから」
すぐには理解の出来ない台詞だった。
「まだ話す事はあるし、ついでに説明してあげるよ。とりあえず靴脱いだら?」
そう言ってあの突き当りの部屋へ入ってく少年。
いそいそと靴を脱ぎ後を追った。
夕焼けの赤い陽が差した部屋は、焚き立ての甘い香りが広がり、自分の家に帰ってきたかのような安心感をもたらした。