亥の決意
ぼくは弱い。そんな現実が突き付けられたようです。
お師匠さまや色葉さまのお力になれなかった。衣羽さまをきちんとお守りすることも出来なかった…。
((誰もメイにそこまで求めてない。お前はお前なりによくやったんじゃないか?))
ガイは、そう言って慰めてくれます。でも、ぼくは…もっと強くならないといけないのです。
「……メイ」
帰り道、一人後方で歩いていたら、お師匠さまが声を掛けてくれました。
「すまない、メイ。僕の援護が遅れたせいで、壬影を止められなかった」
「そっそんな!あの時お師匠さまは衣羽さまを守っていたじゃないですか!……ぼくが…もっと強ければ…」
いくら攻撃を繰り出しても、すべて軽々とあしらわれてしまった。
ぼくは、管理人の中でも異例の存在。本来なら15歳の器に力が宿るのですが、先代が命を奪われたことで空いた"亥"の席に15になる器が居なかった為に、まだ12歳だったぼくがその席に座ることになりました。
当然、力を持つのには未熟で、未だに全ての力をコントロールすることが出来ません。
いつもお師匠さまには迷惑を掛けてばかりで…。
「それにしても、ミキ!汝の失態は何じゃ!たかが一突きで"ぐろっきー"とは!」
言い方こそストレートな物言いですが、怒っている様子ではないお稲荷さまが振り向きました。
「ち、違うんです!お稲荷さま!これはっ…!ぼくが悪くて…!」
「む!?何を言うておる!メイはよう動いてくれたではないか!」
「お、お師匠さまは…体術が…できないんです…っ!!」
「……はあ?」
そうです。お師匠さまはもともと体術ができません。
真っ白な髪と真っ白な肌が証明しているように、彼は先天性白皮症。つまり"アルビノ"です。
アルビノであることが直接的な原因ではないのですが、その為に偏見の目から逃れるように幼い頃からほとんど外に出してもらえなかったそうで。虚弱体質でもあったせいで、まともな"身体作り"ができないままに成長してしまったらしいのです。
管理人の力は何かを傷つけることも出来てしまうような術は使えません。
その為に、修行の段階で身を守る為にも体術を身につけさせられるのですが、ミキは体得できなかったのです。
ただ、代わりに群を抜いて力のコントロールがうまく、術の応用や自身で生み出した術で素晴らしい管理人へとなれたのです!
「も、もういいから。メイ」
いつの間にか熱く語ってしまっていたぼくにお師匠さまの冷たい視線が送られてしまいました。
「ひ弱な身体だと思ってはおったが…」
頼りない、と言わんばかりにため息をついたお稲荷さま。
でも違う。ぼくは知っています。
「あの時、お師匠さまは衣羽さまへの結界と、ぼくに力の装甲を施してくださっていたのです!」
次は隣から聞こえたため息。「もういいから」という言葉を無視したぼくの発言に呆れられてしまいました。慣れっこです。ぼくはお師匠さまの凄さをわかってもらいたいのです!
「なんじゃと!?我には何も無かったぞ!」
そんな事実にお稲荷さまが今度は本当に怒ってしまいました。
「……色葉には必要無いかなって思ったんだ」
「む~~!この白蛇小僧…っ!」
まるで煽るかのように返したお師匠さまに、毛を逆立てるお稲荷さま。
「ちょ、ちょっと!色葉さん!落ち着いて!」
今にも飛び掛りそうな彼女を衣羽さまが抑えてくれました。
ふと、小さな笑い声が隣から聞こえ視線を移せば、お師匠さまが楽しそうにしています。
あまり感情を表に出さない方なので、少し驚きです。
「まあ、そういうことだから。誰もメイを責めてないから」
優しい笑顔がぼくに向けられます。
「…はいっ!」
ぼくは大きく頷きました。
「てことで、鳴りを潜めていた壬影が動き出した。理由はわからないけど、"神"が狙われてる」
ぼくの家へ到着してすぐに話し合いは始まりました。
「彼奴は伏見に伝わる術を奪う為に、神社の宮司を手に掛けておる…。同じような方法で他にも特殊な術を奪っておるのじゃろう。
実際、神殺しの術があるとその昔聞いたことがある…。信じがたい話じゃが、壬影がその力を持っていると見て間違いないじゃろうな」
ずっと"敵"として教えられていた、壬影。今日初めてぼくは目の当たりにしました。
飄々《ひょうひょう》としていても無駄のない動き。全く歯が立ちませんでした。ぼくの本来の活動時間になったのなら…少しは戦力になるでしょうか。
突然、衣羽さまが、強い意志を宿した瞳で立ち上がります。
「私に…、私に出来ることがあるなら…、協力する…!覚悟決めたの…!壬影さんと……戦う…っ!」
そんな彼女の台詞に、嬉しそうに笑ったのはお稲荷さまでした。
「よう言った!衣羽!汝の覚悟は本当じゃな?」
「う、うん!まだ…まだ壬影さんを"敵"だって完全に思った訳じゃないけど…でも、止めないと…!壬影さんを止める為に私は戦う!」
「………うむ!上出来じゃ!」
「………でも…」
ここで、衣羽さまの勢いは減速し、自信なさげな表情に変わります。
申し訳なさそうな笑みを浮かべながら。
「私、どうやって戦えばいいかわからないや…はは…」
と、言いました。少しの間の後、大きな声を上げて笑ったのはやはりお稲荷さまでした。
「当たり前じゃろう!カッカッカッ!面白い奴じゃの汝は!心配せんでも、我がいるじゃろう!」
「…えっ?色葉さん…?」
「うむ!なんの力も持たぬ衣羽では戦えなくて当然じゃが、もう今は違う。衣羽は我の"依り代"ではないか!」
なんとなく、衣羽さまから感じる不思議な"気"はそういうことだったのかと、ぼくもようやく納得しました。
空っぽな衣羽さまの内側から小さく感じていた力は、お稲荷さまのものだったのですね。
「よりしろ……」
「そうじゃ。今、我の力は衣羽を通しているわけじゃが、汝の中へ入ってしまえば、直接力が使えるんじゃよ」
「………???」
「ま、難しい事は考えなくても良い!我と汝が合体すれば強くなるという訳じゃ!」
まるで戦隊ものの理論で無理矢理、完結させたお稲荷。イマイチ納得できていない様子ですが、「強くなる」という言葉に頷きました。
「それなら僕も楽かな。守る方に力を使わなくて済むしね。援護に集中できる」
お師匠さまがお茶を飲みながら言います。
「そ、それなら、ぼく達でも壬影に勝てますね…!!」
「勝てるかどうかは…」と、困った顔をされてしまいましたが、ぼくもようやく自信が湧いてきました。
始まってしまった、子の管理人による、"神狩り"。
均衡を保ってきた管理人に混乱が巻き起こるでしょう。
でも、今日起きたことにぼくは嘆いている場合じゃない。
今よりもっと強くなって、壬影を止めなければなりません。
「ぼくも!もっと力を付けます!強くなって、術のコントロールも上手くなって、皆さまのお力になれるよう頑張ります!!」
そう決意表明をすれば、衣羽さまは拍手を、お稲荷さまは笑顔を、お師匠さまはため息をぼくにくれました。