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わたしと運勢の管理人  作者: 椎名忍・四谷伊織
亥の管理人
28/32

恐怖。

 「久しぶりだね、衣羽。元気にしてた?」


 優しく語りかけてくれる声は、私が知っているいつもの壬影さん。たくさん聞きたいことはあるが、今はただ再会できた事の喜びで心が一杯だった。


 「…み…みかげさん……壬影さん…」

 大好きなその名を口にすることしかできない。


 だが。

 私の視界を遮るように、目の前に現れた白い少年。


 "邪魔しないで"と、心の奥が叫ぶ。

 しかし、振り返った少年の赤い瞳孔が私をハッとさせる。その瞳に少しの恐怖を感じたが、開いた彼の口からはたった一言だけだった。


 「………ごめんね」


 謝罪だった。それは、私の気持ちを理解した上で、それでもなを壬影さんを"悪"と見なすことへの。


 そうだ、私のすることは思い出に浸ることじゃない。


 ((そうだ。お前のすることは、見極め、決断する事だ))


 低いツチの声が頭の中に響く。

 その言葉に、私は白い少年とその瞳の奥にいる白蛇に小さく頷いた。


 「久しいのう、子鼠よ…」


 先頭に立つ稲荷神が、彼に言葉を投げた。

 私の首に掛かる翡翠を握りしめれば、熱を帯びていた。彼女の怒りがそこからひしひしと伝わる。


 「ああ…、君は…伏見の狐だね。そんな格好だから分からなかったなあ。僕はあの装束も素敵だったと思うなあ」


 自分に向けられた怒りを感じている筈だが、動揺せず、むしろ受け流しながら、あくまで軽い口調の彼。

 私から色葉へ移された視線が、ミキへ、メイへとそれぞれ動いた。そして一周して、また色葉に戻る。


 「……ふうん。せっかく私が磨きあげた"器"、汚したのは色葉キミか。そして……」


 次に向いた先は亥の管理人。


 「そこの"ボク"はいのししか。ふうん、そう…か…」


 含みを持たせながらその小さな身体に視線を突き刺す。メイは一瞬怯んだが、負けじと声を張った。


 「あ…貴方が…!ボクの、先代を…こ、殺したのでしょう…!」


 私にもハッキリと聞こえたその台詞。あれ、確かメイの"先代"は…。


 「……ミ、ミキ君の……師匠…?」

 今朝、彼から聞いたばかりの話。「死んじゃったけど」としか聞かなかったが。まさか…。

 白い後姿を見つめるが、気づいているのかいないのか、少年は振り返らなかった。


 「衣羽。その事実に嘘偽りはないのじゃよ…」


 前を向いたまま色葉が告げた。

 その先にいる壬影は何も言わない。


 ああ、本当の話なのか…。


 色葉の夢で見た、あの凄惨な場でも出てきた壬影さん。そして、たった今知った話。


 「…壬影さん…真実ほんとうの貴方は…何者なの…?」


 絞り出した問いに、彼は変わらない声音で応えた。


 「全て、真実だよ」


 躊躇いも、戸惑いも無い。当然といったような口調で。

 そして、その言葉を皮切りに、刹那、私以外の全員が動いた。


 真っ先に飛び出したのはめい

 私の目にはまるで瞬間移動した様に見えたが、実際はその小さな身体と不釣り合いな程に跳躍し、敵との間合いを一気につめていた。

 宙に浮いたままの体を大きく捻り、遠心力を駆使した蹴りを繰り出す。


 だが、その攻撃を顔色一つ変えず片手で防いだ壬影は、そのまま腕を軽く払うようにメイを振り落とす。

 体勢を崩した亥だが、綺麗に受け身を取りつつ地面に転がる。それは、訓練された動きだった。


 「ぜろ、狐火…っ!」


 間髪入れずに稲荷神の声が響く。

 燃え盛る炎を両手に燃やし、それが彼女の合図で飛ぶ。


 「……ずいぶん、ぬるい術だね…」


 呟いた壬影は、身体を僅かに動かしただけで、いとも簡単に避けてしまう。

 後方には社。炎は勢いそのままにぶつかるが、広がる事はなく消えた。


 「へえ、弱くなってしまったんだね」


 「ふんっ。誰のせいだと思うておる」


 怒りが露な色葉とは対称的に、笑顔のままな壬影。


 「君だろう?せっかく衣羽にプレゼントしたピアス、壊したでしょ」


 「うぬの臭いがしたからのう、当然じゃ」


 着いていない事に慣れてきてしまった自分の耳たぶに触れる。

 彼の考えている事は全く読めない。ピアスをもらった時に比べて、なんだかすごく遠い存在になってしまったような気がする。


 二人の会話は束の間で、すぐに色葉やメイの攻撃が繰り出される。壬影は反撃する様子はないが、ことごとく、かわしたり防いでしまう。


 「ミキ…くん…」


 私を隠すように目の前に立つ白い少年に意識を移した瞬間だった。


 嗅覚が懐かしい匂いを捕らえる。視界の端に映っていた筈の壬影が、少年をはさんだすぐ先に現れたのだ。


 「……あっ…!」


 だが、そこからはまるでスローモーションのように再生される。

 彼の長い脚が上がり、左右へ振られれば、その先で鈍い音が立つ。


 「…っは……っ!!」


 体内の空気を無理矢理出されたようなミキの声。

 鈍い音とは強烈な蹴りが脇へと食い込んだ音だった。少年は防ぐことも出来ず、まともに喰らったのだ。


 「みっ…ミキ君っ…!!!」


 少年が衝撃で横へと倒れこめば、私の視界には壬影だけが写る。


 「へびは相変わらず体術はめっきりダメだね。手加減してあげたのにね」


 冗談でも言うかのような調子で、倒れこんだ彼に目もくれずに言葉を捨てた。


 「………っ」


 私は声を出すこともままならず、手足は震え、上手く立つことすら出来ずにその場へ座り込んでしまう。


 今、みかげに感じている感情を、ようやくはっきりと理解した。


 これは、"恐怖"だ。

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