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わたしと運勢の管理人  作者: 椎名忍・四谷伊織
亥の管理人
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一筋の光

 早朝。まだ陽が昇り数時間しか経っていない春の風はひんやりとしている。

 少し肌寒い中、明るい山道の上を目指す。

 昨晩仕掛けたものを回収する為に。


 飲ん兵衛で賑やかだったこの道。今朝はとても静かだ。

 現在、彼らは二日酔いという強敵と死闘を繰り広げている。

 そして、メイは普段この時間は寝ている為か、揺すっても叩いても目を覚まさなかった。


 「置いていこう」と、冷たい一言で結局私とミキの二人で山登りをすることになった訳だ。


 「ねえ、ミキ君。どうしてメイ君の師匠になったの?」


 いつも気だるそうな彼が、教える側に立つ姿が想像出来なかった。


 「……管理人として定められていたからだよ」


 「定め?じゃあ、他の管理人さんも教えたの?」


 まだ出会った事のない人達。どんなに人なのだろう。


 「いや。"向かい干支"で教え合うんだ。

 へびの向かいはいのしし。もちろん、他もそうだよ」


 「え、じゃあ…ミキ君の師匠は…亥?」


 「そうだよ。メイの先代がね。ま、死んじゃったけど」


 「あっ…そ、そっか……」


 あまり良くない事を聞いてしまっただろうか。

 後ろを歩く少年をチラリと見るが、気まずい思いをしたのは私だけだったらしい。

 大きく口をあけて欠伸あくびをする姿がそこには居た。


 会話をしているうちに山頂へと辿り着く。

 陽が出ているからだろうか。昨晩よりも短い距離に思える。


 「あ、あった。あれだよね?」


 木の材質丸出しの、小さな鳥居。

 その手前に地面に突き刺さる枝があった。


 隣に並ぶミキが頷いた。


 「ただ持ってくるだけでいいって言ってたけど…」


 珍しく潰れた、狐の言葉を思い出す。

 酒が入った状態でそれなりに力を消費した為に、二日酔いになってしまったと言って居たけど。

 普通に飲み過ぎだと、言葉には出さなかった。


 「専門外だから、僕もよくわからないけど、衣羽が取った方が間違いないんじゃないかな」


 「えっ?……あっ、わわっ!」


 理由を問う前にミキに背中を押される。


 地に描かれた陣に入るのを、なんとなく躊躇ってはいたが、それを無視して足が入ってしまった。


 「うぎゃ!」


 何か起きるのではと、身構えるが。


 静かな山頂に変化は起こらなかった。


 「………。早く取って帰るよ」


 「……。はい」


 枝の根元を掴む。

 もちろん、状況は変わらない。


 よく見れば、枝には無数の淡い光が着いていた。


 (ハエ取り棒みたい………)


 口に出したら色葉に怒られそうな言葉が浮かんだ。


 ゆっくり陣から出れば、足元に風が吹く。

 砂や落ち葉が舞い、役目を終えたかのように描かれた陣は消えてしまった。


 「と、取ってきたよ!」


 光の付着した棒を握りしめ、ミキの前に出す。


 またも、頷いただけで、振り返った彼は下山し始めてしまった。


 「あっ!待ってよ!」


 本当に冷たい人だ。


 「……それ、ハエ取り棒みたいだね」


 いや、そうでもないか。


 

 古民家へ戻れば相変わらずで。

 死屍累々と二日酔い達が倒れていた。

 ただ普通に熟睡するメイまでも屍に見えてきてしまう。


 「い、色葉さん!持ってきたよ!」


 収穫してきた枝を横たわる狐に乗せれば。

 付着していた光の粒が舞い上がり、瞬く間に宿主いろはへと溶け込んでしまった。


 「ぅう…ご苦労じゃったな…」


 それを機に甦ったかのように色葉が重そうに上半身を起こす。

 床に転がった煙管きせるを手繰り寄せ、手馴れた手つきで葉を詰め、指先に灯した火を着ければ部屋に紫煙が立ちこめた。

 普通の煙草とは違い、ほんの少し心地良い香りが広がる。


 「ふぅ~~。生き返ったようじゃ…」


 「で、色葉。原因はわかったの?」


 自分でお茶を淹れるミキが問う。

 煙管を持つ手とは逆にすっかりただの枝になってしまった棒を掴んだ色葉は、目を閉じ考えるように沈黙した。


 「集まった報せを見ると…ふむ。此処より西に比較的被害があるようじゃ。

 おい、メイを起こせ。西に何があるか聞くのじゃ」


 未だに深く眠る児童を見る。

 寝顔は子供そのもので、涎まで垂らしている。

 しかし、何をしても起きないのは先程実証済みで。どう起こそうものか考えていれば、ミキが動き出した。


 その白い顔をメイの耳元に寄せ、呟いた。


 「……萌亥めい。今、起きないと、僕、"怒る"よ」


 まるで呪文を唱えるかのように。

 ゆっくりと言葉を並べると。


 「………………っ!!」


 メイはバチッと眼が開き、すごい勢いで起き上がった。


 「お、お、お、おはようございますっ!!ごめんなさいっ!!」


 「早く顔洗ってきな」


 「はっ!はい!」


 バタバタと洗面所へ駆けていった姿を見ながら、師匠と弟子の関係性に目を丸くするしかできなかった。




 「西側…ですか……?」


 すっかり目の覚めた児童が狐の問いに、答えを巡らせる。


 「西………あっ…!」


 何か閃いたようで、上を泳いでいた黒目が真っ直ぐ前に向く。


 「土地神さま…!!土地神さまが!ここから北西のお社に移りました…!!」


 その答えに満面の笑みを浮かべた色葉。

 ミキも、まるで確信を得たような表情をしている。


 「土地神の元が原因ならば話は早いのう」


 「メイ、土地神の所に案内して」


 「はいっ…!!」


 まるで一筋の光が見えたように、動き出したこの場にすっかり私だけ置いてきぼりにされてしまった。

 

 だが、そんな私と目が合ったミキが言う。「歩きながら説明するよ」と。



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