呼び出し
ジャムの入った袋を提げ、オフィスに戻ると
けたたましく電話が鳴っていた。
ミキはいつも1コール程で出る。
しかし、今はもう何コールかは続いている。
「なんじゃ、五月蠅いのう」
自分だけ手ぶらで、後から玄関をくぐった狐が顔をしかめた。
「ミキ君、居ないのかな?」
音に急かされる様に、足早に奥へと進む。
つねに扉の開く応接室の入口にジャムを置いた。
「……あれ?」
てっきり誰も居ないと思っていたその部屋には
見慣れた白い少年がいた。
黒いソファにうつ伏せで沈んでいる。
「ちょっ…ミキ君!どうして出ないの?」
電話はなおも鳴り続ける。
なかなかしつこい。
「み、ミキ君っ…!」
ゆさゆさと揺さぶると少年は小さく唸った。
「………今日の占いが…」
「……は?」
「…"突然の電話には要注意"って言ってた」
「はあ…」
まさかの回答に理解が追い付かない。
だが、鳴り続ける呼び出しに考える間もなく手を伸ばした。
「はいっ!お、オフィスミキですっ!」
助手として初の電話対応だった。
ちらりと視線をソファへ移すと、背もたれから恨めしそうに覗く少年が居た。
「あっ、えっと、少々お待ちくださいっ!」
当然、初めて取った電話にまともに対応出来る筈もなく
相手の要件すら聞かずに保留にしてしまった。
「ほ、ほら、ミキ君!」
受話器を押し付ける様に差し出す。
心底嫌そうに受け取ると、少年は深い溜め息を吐いた。
「僕自身も、嫌な予感がするんだよなあ」
ポツリと呟きつつも保留を解除したのだった。
「ふむ。ミキが予感するのであれば、
良い知らせではないかもしれんのう」
いつの間にか蓋を開けられたジャムを片手に狐が言う。
「おお!まーまれーどとは橘の実か!?
しかしあれはとても喰えるような物でもなかった筈じゃが…
じゃむとは真に奇っ怪じゃ!しかし天晴れじゃ!」
直接指で掬いながら、目をキラキラと輝かせていた。
「あーっ!色葉さんっ!
もおっ!パン焼くまで待てないのっ!?」
バタバタとキッチンへ駆け込み、パンをトースターにセットする。
まるで手のかかる子供を二人も見ているような気分だ。
ふと、似たような思い出が甦る。
(ああ…これは…施設に居たときみたいだ…)
かつて生活をしていた養護施設。
本当に小さく貧しい所だったが、当時はそんな事は気に止めてもいなかった。
幼い子供が4人、二つ上の兄のような存在と、そして壬影さん《おとうさん》。
まるで家族のように過ごしていた。
(みんな、元気かなあ……)
小さな子供達は、新しい両親に引き取られたり、預けていた親の元へ戻ったりと、それぞれ"本物の"家族を見つけ去っていった。
兄はあまり帰ってくる人ではなかった。
でも、たまに帰ると家事を手伝ってくれたり、
みんなにプレゼントを持ってきてくれたりと、とても優しかった。
(結局、なんの仕事してるのか聞けなかったなあ…
……今は何してるのかなあ……)
壬影さんが居なくなり、実質解散となってしまった後も帰ってはこなかった。
きっとあの人なら独りでも生きて行けるだろうけど…。
(施設無くなっちゃった事、知ってるのかなあ…)
「衣羽っ!!我は待ちくたびれたぞ!」
いつの間にか深く思い出の中にいたようで、
しびれを切らした色葉の声にハッとする。
すでにパンは綺麗な焼き色を付けてトースターから顔を出していた。
「あっ………!ご、ごめんなさい、今持ってくね!」
お皿に移そうとパンを掴むが、焼き立ての熱さは逃げてしまっていた。
応接室へ戻ると、このオフィスの主は受話器を持ったまま
今度はソファへ仰向けになっていた。
無言でも伝わるほどに、険悪なオーラを放って。
「あ゛~、ダリぃ…気持ち悪ぃ……」
この声は少年ではない。
まるで彼の姿にアテレコしたかの様なセリフを吐きながら出てきたのは白蛇である。
毎夜、稲荷神の晩酌に付き合わされ、最近の朝はいつもこんな感じだ。
「はい、水だよ」
そして私も慣れてしまい、用意周到にコップを差し出した。
「ねえ、ツチ君。ミキ君どうしたのかな?」
すごい勢いで水を飲む白蛇に、小さな声で聞いて見ることにした。
「あ?……あぁ、アイツが来るんだとよ」
コップに顔を突っ込んだまま声を発する為、ガラスが音で振動する。
「あいつ?」
最後の一滴を舌で掬い取ると、顔を上げてこちらを向いた。
「"亥"の管理人だよ」