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わたしと運勢の管理人  作者: 椎名忍・四谷伊織
妖狐襲来
21/32

妖狐襲来・結

重い瞼をゆっくり開く。


「…………。」


ぼやけた視界が徐々に鮮明になる。


「………ぎゃ!」


開けた視界に最初に見えたのは白い大蛇だった。

起き抜けに見る光景としてはなかなか衝撃的だ。


「可愛くねえ声出しやがって」

聞き慣れた低い声。


そしてその後ろに座る白い少年の姿を捕らえた。


さらに周囲を見渡すと、そこは神社の外であることに気づく。


取り壊しの為の鉄骨も見える。

結界からは出たのだろうか。


遅れてようやく冴えてきた思考が、

「夢から覚めた」という事実を理解し始める。


「………ううっ……」


せっかく広がった視界も霞む。

恐怖からの解放と安堵で涙が溢れていた。


「うあぁぁあ…!ヅヂ君゛っっ!ミ゛ギ君゛っ!」


ボロボロと泣きじゃくる姿に

白蛇は呆れたようにため息を吐いた。



「……っううっ………う……



………うう…気持ぢ悪い゛……」


突如、込み上げる吐き気に口元を押さえると。


「……えっ?酒臭っ……!?」


吐いた息が酒気を帯びていた。

そういえば、なんとなく身体も重い。



「おお、起きたようじゃのう。我が"あるじ"よ」


そんな中、ミキでもツチでもない声が耳に入る。

この声は確か、夢の中でも聞いた。


重い頭を上げると、やはり予想は当たっていた。


艶やかな朱い髪の毛を揺らし、

片手に花柄の風呂敷包みを持った稲荷神が鉄骨の中から出てきていた。


纏った和装と背景がミスマッチだ。


同時に、その姿から先程までの夢の光景が甦る。


息が詰まるほどの朱。

それを掻き消すようなあか


群がる無数の鼠と、泣き叫ぶ声。


「……っうぅ…」


吐き気がさらに増し、足が震え、

自分の身体を支えるのがやっとだった。


「おい衣羽、大丈夫か?」


心優しい大蛇が心配そうにその尾で頬を撫でてくれる。

ひんやりとした肌触りが心地よかった。


「……やっぱり、いっぱい呑んでた…」


「ふむ?我としては"ほんの少し"じゃがのう?

………それに、それだけじゃ無いようじゃ…」


少年と狐の会話が聞こえるが、

私には何のことやらさっぱり理解出来ないし、

そんな余裕も無かった。


それに加え、私の覚えている限りでは敵だった筈なのだが。

まるで普通に話している事にも理解は追い付かなかった。


「仕方ないのう、我が主を運んでやろう」


手に持っていた風呂敷包みを首に巻きながら

狐はこちらに歩み寄る。


しっしっと手を振りながら私を支えている大蛇を払おうする。


もちろん、素直に聞くはずもない。


「なんじゃ?蛇よ、うぬが衣羽を丸呑みでもして運ぶのかのう?」


この言葉に舌打ちしながらも私から渋々離れてしまった。


そして、されるがまま、朱色の髪の毛に埋もれる様に背負われてしまう。



「あっ…あのっ……」


「しっかり捕まっておれ」


まだ不安定な体制のまま立ち上がる。


「わっ、わっ、わっ」


自由の利かない身体が落ちる。


と、思ったが。


モコモコのまるでクッションの中に埋もれた感触に包まれた。


「…ほ、ほえ……?」


混乱しながらもモコモコから顔を上げると。


それはそれは美しい、真っ白な毛並みの獣の上だった。


獣の顔が振り返り、私を見ながら笑った。


「カッカッカッ、なあに、そんなに驚く事でもないのじゃぞ?

我は元来、"妖狐"じゃ。この姿が真の姿じゃ」


良く見れば耳や手足、尻尾の先っぽが朱色に染まっている。


どうやら本当に、あの稲荷神らしい。


「まあ、尻尾そこでも良い。

捕まっておるのじゃぞ」


前方に向き直り、静かに歩き出す。


「さて、ミキよ。汝のやしろに案内するがよい」


フワフワの綿毛に包まれているかのような感覚と、

あたたかい春風に吹かれ、ひどく心地良い。


本能のままの眠気が襲い、また瞼が重くなる。


「ねえ、逆方向こっちだけど」



「…………ふんっ、早く言わんか」


そんなやり取りに、つい微笑んでしまう程に

身体も心もリラックスしてしまっていた。






「……ねえ、稲荷神さん…」


眠気を我慢しながらも、問わねばいけない気がして、

私は口を開く。


色葉いろはでよい」


まるで何を聞かれるか悟っているかのように、優しい声音だった。


「…色葉さん、……私…見てしまって…

………ただの夢の中なんだけど…夢じゃないって言うか…」


思考も上手く回ってはいなかった。


「……そうじゃのう。

それは我の記憶に触れたのじゃろう。

……酷な物を見せたな、それを先に謝っておこう。すまぬ」


「き…おく……?」


「汝に憑依していたからじゃ。

ようは、我と一つになったようなもんじゃ。

視てもおかしくは無い。


……大方、我の過去を視たのじゃろう?

まだ、我が歴とした"主祭神"だった頃の記憶を」



「じゃあ…あれは……」



「事実じゃ。我の記憶なかで最も強く、

焼き付くように残っておる。


そして、どうしようもない憎しみも腹にある。


全てはあの子鼠の仕業なのじゃ」


色葉は溜めた空気を一気に吐いた。


それに合わせて綿毛も上下する。

話の内容とは裏腹に気持ち良かった。


「………"壬影"って……」


「そうじゃ。汝が想うておる奴と同じ"壬影"じゃ。

父のように慕っておるのはミキから聞いた。


しかし、我は彼奴を赦す訳にはいかぬ。

今すぐにでも八裂きに…八つでは足りぬ程に噛み殺してやりたいのじゃ」


怒りを抑えているのが密着した身体に伝わってくる。


「……………」


回る思考がどんどん低速になるせいか、

何と言葉を出せばいいのかわからなかった。


「まあ…まだ、深く考えなくとも良い。

汝の心に父としての壬影が居る事を誰も責めはせぬ」


「…………うん…」


私の脳はゆっくりと暗くなる。

瞼はもう開けられない。


「……今は安心して眠るのじゃ。

何も考えてなくて良いのじゃ……」


もうこれ以上の記憶は無い。


この言葉の後も何か話していたのかもしれないが、

その声はまるで子守唄の様で、

それに加え、フワフワの身体が歩く震動がまるで揺り篭で。


ただただ深い眠りへと誘うだけだった。



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