妖狐襲来~誰そ彼の夢~
(ここは…どこだろう)
ボーッとした意識の中、視界に入る景色は先程まで居た所とは違う様子だった。
まるで夢の中にいるような、そんな感覚。
(……わたし…どうしたんだっけ…)
朦朧とする記憶を辿る。
朱色。
崩れた神社。
朱色の狐。
(そうだ…ミキ君と一緒だった筈…)
見渡すが少年らしき姿はない。
むしろ、あの神社とは比べ物にならない程の強い朱色に包まれている事に気づく。
(鳥……居……?)
その正体は何重にも連なった鳥居だった。
隙間から差す光までも朱色を通し、空間全体が朱く染まっている。
(ミキ君…ツチ君…どこぉ…?)
不安が募る中、ふと嗅覚に馴染みのある甘い匂いが。
奥から流れてくる風に乗っている。
その薫りに誘われるかのように脚が動く。
奥へ、奥へと、鳥居の中を進む。
(この先にミキ君がいるかも…!)
鳥居の出口が見える。
ようやく出た先には、ミキの姿は無い。
その代わりに荘厳な大社が構えていた。
辺りに人影はない。
鳥居を抜けた筈だが、射し込む陽がまだ赤い。
どうやら夕陽だったらしい。
(確か……まだ午前中だった筈なのに…)
時間のズレといい、このボーッとした感覚といい、
やはりこれは夢なのだろうか。
落ち着かない心情から右耳を触る。
いつも身に付けているピアスを触る癖。
しかし、その感触は無い。
あの狐に外されてしまったと、思い出す。
少し落ち込んでいる間に、後ろに気配を感じる。
気づくのが遅れた。
もうすぐ後方に今頭に浮かんでいた者が居た。
(………稲荷神の狐…!!)
自分が抜けてきた道から現れ、鳥居と同じ色の髪の毛を振り乱している。
そのまま、こちらを睨むように近づいてくる。
「ち、ちょと…!!」
咄嗟に防衛の為、両手を前に出す。
だが、その手が狐に触れる事は無かった。
詳しく言えば、すり抜けていた。
「……えっ?」
私の混乱を余所に、そのまま狐は進み全身すり抜けてしまった。
声も届いていないのだろうか。
まるで"私"はこの場にいない存在かのようだった。
さらに訳のわからなくなる中、狐の声が耳に入った。
「…下衆めが……"壬影"……っ!!」
遠ざかる朱い髪。
しかし確かに彼女は「壬影」と言っていた。
自分が慕う者の名に考えるより先に脚は動いていた。
自然と私は稲荷神の後を追っていた。
狐は立派な大社の階段を登った所で止まった。
そして、息つく間も無く扉をあけた。
「………!!!定幸……っ!!!」
叫びに似た声を上げ、中に入っていく。
私は何がなんだかわからぬまま階段を上がる。
「定幸っ…!!さだゆき……っ!!」
段を登り切ると、より鮮明に悲痛な声が響く。
開け放たれた扉の先で何が起きているのかはわからないが鼓動が早くなる。
そして。
その光景を見た事を酷く後悔した。
床に広がった赤。
鉄の匂いが鼻をつく。
「死ぬな…っ!!!さだゆきっ!!!」
取り乱した稲荷神の朱が赤に染まる。
"定幸"と呼ばれている者は、すでに人の形は留めていなかった。
臭いや空気、走る緊張感が五感を刺激する。
込み上げてくる吐き気。
しかし、目が反らせなかった。
追い討ちをかけるように衝撃的な光景までも目に入る。
血濡れた中に群がっているのは、灰色の小動物。
(ねっ……鼠……!?)
「ええい、退け!このっ!忌々しい!!
定幸から離れろ!!!散れ!!散れ………っ!!!」
稲荷神は素手でソレを取り払う。
飛ぶ鼠。あちこちに散り散りになる。
一匹、こちらに飛び身を竦めるが、衝撃はない。
すり抜けたのだ。
「嫌じゃっ!定幸…っ!!!定幸いいいいっ!!!」
狐が涙を流したと同時に、自分の頬にも温かい感触が流れる。
顎を伝い、地に落ちた瞬間。
夢の中から、私の意識は目を覚ました。




