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わたしと運勢の管理人  作者: 椎名忍・四谷伊織
異変の始まり
12/32

異変の始まり2

 「この家、やたらと物が少ないように感じるんだよね」

 その言葉につられて自分も辺りを見渡す。


 言われてみれば、そうかもしれない。

 柱やテーブル、椅子などの高級そうな装飾に気をとられ、よく見れば妙に部屋全体ががらんとしている気がした。


 旦那さんが無駄を嫌うと語っていたものだから、無意識にこの風景に納得していたのかもしれない。


 ミキの言葉に小林さんが俯く。そんな彼を気遣うように三木谷さんが話し出した。

 「売却……致しましたの。会社の傾きを少しでも和らげるために」

 気休めにしかなりませんでしたが。と苦笑した。


 「なるほど…」

 と顎に手を当てて何か思案したミキは、再度三木谷さんに問うた。

 「一番大切な物って、残っていたりしますか?」


 その問いに一瞬下を向き、思い出したように「あ」と言った。


 「あります。初めて主人から貰った姿見が……」

 「姿見……鏡か!」

 途端、ミキの顔色が変わったのが横目でわかった。ぎょっとして彼を見やると、自信に満ちた表情をしていた。


 「鏡なら、尚更都合がいい。あれはよくご神体として用いられる事もあるし。それに大切にされていたものには魂が宿るともいう。

まして貴女が大切に使っていたとなれば、"運"を貴女に移せるかもしれない」


 「で、では、それがあれば……」

 三木谷さんはようやく見えた希望に目を輝かせた。


 「でも、あんまり期待しないでね。僕にはこれまで起きてしまった不幸を元に戻すとはできないし、幸運をもたらす事はできないよ。

あくまで片寄った天秤を平行にするだけだから」


 「でも、今よりは良くなるんですよね…?」


 「まあ、そうかな。均等になった運をどう使うかは本人次第だけど…ま、洋子さんなら大丈夫だね。」


 少年を見ると「こんな表情もするんだな。」と思う程優しい笑顔だった。


 時刻は10時55分。


 ミキは小さく「間に合った」と、呟いた。


 もっとも、彼の力のピークは午前9時から11時の2時間だと知ったのは事が終わった後なのだが。



 その姿見は彼女の自室にあった。人柄を表すように、整理整頓された綺麗な部屋。


 あのオフィスが脳裏をよぎる。天と地の差だ。

 チラリと彼を見ると珍しく真剣な顔で一点を見つめていた。

見つめる先はもちろん目的のもの。


 真っ赤なベルベットが掛けられており、埃一つ付いてないそれは頻繁に手入れがされ、大切にされていると一目で分かる。


 三木谷さんがベルベットを引く。まるで物語に出てくるかのような美しい鏡が姿を現した。


 銀で縁取られた楕円形に花や鳥の金細工が施されている。


 「すごい…綺麗…」

 つい漏れた言葉に三木谷さんは照れたように笑う。


 「私には少し可愛すぎるって言ったんですけどね。主人は滅多に贈り物をしない人なので…嬉しかったんです」


 懐かしそうに温かい瞳で鏡を見つめる。


 そんな横でミキが近寄る。直接触れない程に手を添える。


 「こりゃあ…すごいや…」

 目を閉じ、感嘆を漏らした。


 「こんな大切な物…いいんですか?」

 力を移せば使えなくなってしまうと、この部屋に向かう途中に彼は説明していた。


 「衣羽さん、お聞きしてもいいですか?」


 「えっ…」


 突然の質問に戸惑いつつも言葉の続きを待つ。


 「……彼は本物なんですよね?」


 まあ、至極当然の疑問かもしれない。しかし自分もこの眼で彼の力は見た。

 昨日出逢ったばかりではあるが少年の力は本物だ。


 「私もまだミキ君な知らない所の方が多いですが…

  ……ちゃんと、"本物"ですよ」


 この言葉に彼女は微笑み頷いた。


 そしてその頷きが合図かのようにミキは振り返る。手にはすでにあのスケッチブックを握っていた。


 「さあ、始めようか」




 サラサラとペンが走るようにいつものマークを紙に書き上げるとそのページを破り取る。スケッチブック本体が飛んできた。


 「おわっ…!!」


慌ててキャッチするが、こちらには目もくれず。持っていろと言うことだろうか。


 破り取った用紙を適当な四ツ折りにすると二本の指で挟み、唱えを始める。


 「隅中ぐうちゅうこく巳土みつちの力召し、火は土を生じる相生あいじょうの如く我に与えよ」


 挟んだ紙は橙色の炎に包まれ、ミキの体が淡く光り出すとその光はまるで大蛇が体に巻き付く様に形取った。


 指先の炎を反対の手の平に移す。昨日見た光よりもっと濃い橙色だ。


 そしてその手の平を鏡へとあてがう。


 「万物に宿りし力よ、あるじの為に生を成せ。我、槌之杜つちのとを介し主に帰還せよ。」


 橙色が鏡全体を覆う様に広がる。金細工の花や鳥が色付いていくようで神秘的な光景だった。


 光が全てを包んだ時ミキを映していた鏡の表面が波打つ。

 波が静かになった時、写し出したのは見覚えのある、とある女性。


 「…これは………私……?」

 映っているのは三木谷さんだった。詳しくいえば若かりし頃の彼女。


 今と変わらない優しい笑顔でこちらを見ている。


 「さあ、洋子さん、鏡の前へ」

 橙色を移した後の手が三木谷さんを手招きする。


 恐る恐る足を進め、若き自分の前に立つ。


 「はあ、し、信じられない光景だわ……」


 「"貴女"と手を合わせて…」

 ミキの声に先に反応したのは鏡の中の彼女。こちらに向かって手を添えた。


 戸惑いながらもこちら側の彼女も手を合わせる。


 すると、橙色が重ねた手に集まり始め、色付いていた花や鳥が元の姿に戻っていく。

 せっかく吹き込まれた命が無くなってしまう感覚に少し寂しさを覚えた。


 「貴女は…」

 ふいに、三木谷が呟く。

 「貴女は……わたしの…」

 その先を言う前に、鏡の中の彼女は唇に人さし指を当て、何も言わなくて良いと言わんばかりのポーズを取った。

 そして静かに目を閉じると、ぱくぱくと口を動かした。

 「え……?」

 声は聞こえず何と言ったのか私にはわからないが、彼女は淡い光となりながら、重ねた手に吸い込まれる様に消えていく。


 それと同時に、三木谷さんの手にあった光も消え、まるで何事も無かったかのように場が静まり返った。



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