異変の始まり1
三木谷さんの案内で15分ほどタクシーに乗り、辿り着いたのは大きなお屋敷。重厚な門の先に手入れの行き届いた草木が綺麗に並んでいる。
門には"三木谷"の表札が出ている。
「大きくて素敵なお家ですね…」
「そうですか?…ありがとうございます」
彼女がインターホンを押し、「開けてください」の一声で、その門がゆっくり開く。先には石畳が玄関まで続いていた。
初めて見るお金持ちの自宅を忙しく見渡す私にミキは呆れたようなため息をついた。なんだか恥ずかしくなってしまった。
玄関の先には"お手伝いさん"とすぐにわかる人物が私達を迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、奥様。そちらが…例の……」
白い髪の毛をツインテールにした少年とHEBIエプロンをつけた私を交互に見る視線は、まさに怪しい者を見ているようだった。
ここに来る途中、三木谷さんが自宅に連絡を入れているのは知っていた。
しかし、まさかこんな子供二人がやって来るだろうとは誰も想像はつかないだろう。
「ええ、こちらの方達がみてくださるわ」
疑いの眼差しを向けながらも三木谷さんの言葉に頷き、家の奥へと消えてった。
「あの人もいつも居る人?」
用意されたスリッパを履きながらミキは問う。
「そうです。使用人の政子さんです」
「ふーん…」
質問したものの、空返事をするだけで、政子さんが消えていった先を真っ直ぐ見つめていた。
使用人かあ……すごい…。
一方、自分はというと無縁すぎる空間に感心するばかりだった。
木で出来た柱には素敵な模様が彫られ、それ以外無駄な物もないシンプルな玄関だった。
そして通された客間もやはり広かった。
高級そうなテーブルや椅子だけ並べられ、大きな窓からは温かい陽射しが燦々《さんさん》と部屋に降り注いでいる。
そこにはまた、初めて見る男性も居た。
「秘書の小林です」
三木谷さんの紹介に小林さんは会釈をした。スーツをきっちり着た、短髪でとても仕事の出来そうな人という印象を持つ。
政子さんがお茶を運んできたところでミキが切り出した。
「洋子さんの普段接する人はこれだけなんだね?」
「え、ええ。身近に置くならきちんと信用できる人がいいので…
政子さんも専属で雇わせて頂いております。もう…10年以上お世話になってます」
三木谷さんが政子さんに視線を配る。本人は少し照れたように笑った。
「小林もです。彼はまだ秘書になって3年程ですが先代の秘書の息子なんです。
先代は会社設立から付き添ってくださった方なんですの。純君はまだこんなに小さい頃から見てるんですのよ」
座りながら胸程の高さに手を上げて懐かしそな顔をする。
「…よ、洋子さん、やめてください!き、勤務中に下の名前で呼ぶのは…」
後ろで顔を赤くして焦りながら三木谷さんに抗議した。
「ふふふ、ごめんなさいね。私達には子供がいないものですから…息子のように思っているんです」
やつれた彼女の初めて見る笑顔だ。
使用人も秘書もまるで家族のように想っている事が雰囲気で伝わってくる。
温かい気持ちになっている横で少年は難しい顔をしていた。
「見た所、洋子さんの回りに運を吸収してしまう体質の人はいないみたいだなあ…一応聞くけど、割れたままの食器や古新聞、新品なのに履かない靴とか、お家に置いてたりしない?」
その質問に少し考えた後、政子さんと小林さんに視線を移したが、二人とも首を横に振った。
「主人がそういった無駄を嫌う人ですので、無いと思いますけど…」
「やっぱりそうだよね。運気が下がるような"悪いモノ"を僕も感じない。無くなった洋子さんの運をこのお家ではどこにも感じないしな…」
「うーん」と、難問を考えるように唸るミキ。ふと、高嶺を思い出した。
「ミキ君、外で高嶺さん見たいな人に会っちゃったとかって可能性はないの?」
素人の意見なのは分かってはいるが。そんな言葉に予想以上に冷たい視線を送られただけだった。
((優しい俺様が説明してやるよ))
唐突にツチの声が頭に響く。
驚きで目を見開いた私を不思議そうに見た三木谷さんの様子を見ると他には聞こえて居ないようだ。
((確かに、あの高 嶺みたいに、運を集める奴は居るが…大体は普段から頻繁に接する人間から吸うんだよ。渡したもの・渡されたもの、あとは会話なんかを介して"運"は左右するんだ))
そうだったんだ。
((ああ、特に夫婦なんかは一番近い存在だからな。お互いに持ちつ持たれつで運共有し合うんだが…さっきミキも言っていたように、この客間にはある運は旦那の方だけみたいだ。
旦那の方は運を分けただけだから自分のが無くなっちまって倒れたってとこだな))
成る程。なんとなくだが、自分の周りが不幸になって行った経緯も理解出来た気がする。
きっと、運の影響を全く受けない体なのに、これまで引き取ってくれた親戚達に施しを受ければ受けるほど運が私に流れるだけ流れて無くなってしまった為だろう。
((ま、そういう事だな))
もしかしてツチには私の思考まで漏れているのだろうか。
((おう、だだ漏れだぞ!))
シャシャシャと笑うツチの声になんだか恥ずかしくなる
そして、私とツチのやり取りは彼には聞こえているのかいないのか、全く気にしてはいない様だ。
「そういえば……」
ふと思い付いたようにミキが口を開いた。