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女王伝  作者: 桜ノ宮
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   その四

 老人が更に茶器について説明しようとしたそのとき、ちょっと怒ったような声が割り込んできた。


「お祖父さま、あたしを紹介してくれないの? せっかくお茶の用意をしたのに」


 それは給仕をしてくれた少女だった。

 彼女はお茶の用意を終えると目を輝かして祖父から声がかかるのを待っていたのだが、ちっとも呼んでくれないのをみると自ら存在を示したのだった。


「おぉ、すまないな。旅のお方、こちらはわしの孫娘のヒーリアだ。今年で十六になる」


 少し怒った素振りも祖父にとっては可愛いらしく、目尻を下げた村長は、非礼を咎めることなく孫娘を紹介した。

 ヒーリアと呼ばれた少女は、青年と視線が合うと恥ずかしげに頬を染め、スカートの裾をつまみ、挨拶をした。


「初めましてヒーリア嬢。私は、スライト・ファクトーナ。スライトと呼んで下さい」


 本当の名より省略した形で自己紹介をしたスライト・ファクトーナ・ベルベスク・リゼ・イーシスト――愛称リゼは、優雅にお辞儀をした。

 その洗練されたなめらかな動きは、たおやかな吟遊詩人というよりは、貴公子のような品があった。

 村の青年たちでは束になっても適わない上質な男を前に、ヒーリアの目は釘付けであった。そして、魅入ってしまったのを恥じるかのように、つんと顎をあげると、


「あ、あとで村を案内するわ。ね、お祖父さま、いいでしょ? いいとおっしゃって?」


 老人に懇願した。

 老人は朗らかに頷くと、孫娘を下がらせた。


「すまないな、騒がしくて」

「いえ、可愛らしいお嬢様ですね」


 頬を染めて恥じらっている姿は本当に愛らしかった。髪型も華やかに結い上げていて、洒落ている。さぞかし男たちにもてることだろう。

 しばらく他愛もない話をしていると、老人がふいに声を落とした。


「ところで、旅のお方。この村に留まる限り、この村の掟に従っていただきたい」

「もちろんです。私に覚えられる限りのことは」

「はは、なぁに、それほど難しいことではない。この村には、忌み子がおりましてな。その子には近づかないでいただきたい」

「忌み子、ですか。それは穏やかではない言葉ですね」

「実は、母親の命を喰らって生まれ出た魔物の子なのです。それゆえに、聖職者も近づかなくなってしまいました」


 近づかなくなった? 

 御者の話とずいぶん違う。その疑問を表面に出さなかったものの、どちらが真実かリゼにははかりかねた。しかし、魔物の子というのは、信じがたい。もし魔物の子が本当に存在するのならば、暁の領の耳に入っているはず。だが、周防司官の存在を思い出し、彼ならば隠すのもお手のものだろうと思い至る。


「旅のお方は、信仰心は強いですかな?」


 老人の顔は笑顔であったが、細まった目の奥には探るような色があった。


「さあ、どうでしょう。私のように各地を転々としていますと、どうしても祈りもおろそかになってしまい……」


 村長の欲しがる言葉をあえて口にすると、村長は目に見えて喜んだ。


「そうですか! ならよかった。いや、なに、先ほどもお話ししたとおり、聖職者はその忌み子のせいでめったにこんのです。その子のせいで、どれほどの被害を被ったことか……いや、これは旅のお方に話すことではなかったですな。とにかく、忌み子には近づかないでいただきたい。あなたのためを思って忠告しているのだ。よそものが忌み子に近づけば不幸になるというのは、もはやここでは常識ですからな」




 昼餉を村長の家でいただいたリゼは、ヒーリアに誘われるまま村を散策した。

 近隣の村と取引をしているらしいこの村は、農村ではなく、商業によって成り立っているらしかった。彼らの作るものは、主に生地や陶器や装飾品の類だが、目の肥えたリゼでも及第点を与えてよいと思うほど見事であった。

 高度な技術はないものの、陶器などは飾り気のない素朴さがえも言はれぬ趣を添えていて、近隣の村が取引をしたい気持ちを理解したのだった。

 村の人たちはみな腕がよいらしく、冬将軍が過ぎ去るまでは家にこもって品を作るという。

 枯れた土地のせいか、豊かなのは背後にそびえる森だけで、作物はあまり育たないらしい。ゆえに、ほとんどが物々交換らしいが、冬ごもりの蓄えはたっぷりあるようで、小さな村にしては珍しく豪華な生活をしていた。


「ふふ、あたしとってもいい気分だわ。みんな羨ましそうにあたしを見てくるんだもの」


 遠慮なくリゼの腕に両手を絡ませすり寄ってくる。

 優越感に浸っているヒーリアの顔は上気していて、夢見心地のように双眸が潤んでいた。

 女たちの嫉妬の視線が心地よいのだろう。


「ねぇ、家に帰ったらあたしのために謡ってよ。あたしがスライトの一番のお客よ。ほかの人たちと一緒じゃイヤ」


 可愛らしくねだるけれど、明らかにほかの者を牽制していた。


「冬将軍が去るまでここにいるでしょう?」

「さあ…、私は風が吹くまま自由に旅をする者ですから」

「あら、いてくれないと困るわ。今の季節は花も咲いてないんだから……」


 ヒーリアの顔が悔しげに歪んだ。

 花という言葉に、御者が言っていた台詞を思い出す。


「花、ですか?」


 リゼが興味を持ったことが嬉しかったのか、ヒーリアの頬が上気する。


「そうよ。ほかの村まで馬車を走らせたら花は手に入るかもしれないけど、よっぽどのことがない限り春の女神が訪れるまで待つのよ。ねぇ、花が咲くまでここにいてよ。あたしどうしても花を贈りたいの」

「どうしてそんなに私に……?」

「決まってるわ。ベルッセに咲く花は稀少なのよ。吟遊詩人ならきれいなモノに惹かれるでしょ? きっと大陸全土を探したって、あんなに珍しい色の花はないわ。花弁が透き通っていて……まるで宝石みたいにきれいなの。どう? 興味持った?」

「ええ、少し」

「じゃあ、残ってよ。そんなに長い間じゃないわ。花を渡したら引き留めない。ただ、約束して。あたし以外の人から花をもらわないって。女たちがこぞって花を差し出すかもしれないけど、受け取っていいのはあたしだけよ。だって一番に約束したんだもの」


 ヒーリアは笑顔であった。邪心など抱いていないかのような無邪気な笑みを浮かべていたが、事前に話を聞いていたリゼは、その裏にあるしたたかな計算を見抜いていた。

 そのとき、怒鳴り声がリゼの耳を突いた。


「ぉ、ねが……すこし……食べ、ものを……」

「言っただろっ、仕事をしてからだって!」

「で、も、なん…にちも…食べて……くて、ちから、が……」

「しつこい子だねっ。とっととよそへお行き。仕事もしない人間に与えるほどうちは裕福じゃないんだよ!」

「食べ…たら、はたらく……、おねが……っ」


 大通りを挟んだ家の前で体格のよい女と小柄な少女が争っていた。

 ほかの村人たちは、一瞬だけ冷ややかな目を向けるが、すぐに何事もなかったような顔で通り過ぎていく。

 その無関心さに眉を潜めたリゼは、ならば自分が仲裁に……と、駆け出そうとしたところをヒーリアにとめられた。


「駄目よ。お祖父さまから言われなかった? あいつが忌み子なの。まったくこんなとこで恥ずかしい真似しちゃって。バッカみたい。早く消えて欲しいわ」


 ヒーリアが可憐な顔を歪めて蔑む。


「いつまで戸口に突っ立ってるつもりだいっ。邪魔だよ」


 けんもほろろに追い払われた少女は、ふらつきながら隣家の戸を叩くが、家人はだれも出てこなかった。窓に映る影を見ると中に人はいるというのに。

 少女はおぼつかない足で何軒か叩いていたが、みな相手にしてくれないのを知ると肩を落として通りを歩いていった。

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