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女王伝  作者: 桜ノ宮
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終章~銀(ぎん)月(げつ)の女王~ その一


 王冠を戴いた女王は、銀月の女王と呼ばれることとなった。


 金に真珠をあしらった豪奢なドレスに、天鵞絨の真っ赤な外衣を羽織ったエルファーナは、輝くばかりで、女王を一目見ようと押し寄せた波はしんっと静まった。


 第一の宮殿のバルコニーに立つエルファーナは、居並んだ騎士たちの中ではますます小さく見えた。

 台を使って精一杯集まった群衆に姿を見せようとするが、歴代の中でも最年少で即位したエルファーナは、まだまだ小さくて、華奢で、風に吹かれれば吹き飛ばれてしまいそうなもろさがあった。

 しかし、銀の美しい髪の上に乗った王冠と背筋を伸ばして泰然としている様は、女王を大きく見せていた。


「悪夢は去りました」


 エルファーナがゆっくりと口を開いた。

 凛とした可愛らしい声は、そんなに大きくなかったが、空気を震わせて遠くまで響き渡った。


「この十八年間、すべての民にとって辛い時代でした。わたし自身にとっても過酷な年月でした。飢えに苦しみ寒さに凍え、孤独に打ちひしがれました。暗闇の中で、わたしはただ神様に祈っていました。幸せになりたいと。そして、神様はその願いを聞き届けてくださいました。暗闇の先には光があったのです。目映い光はわたしを覆い尽くし、大陸全土に広がりました」


 エルファーナは静かに語った。

 この日のためにリーシアたちと考えた台詞だ。必死に暗記した成果が今公の場で披露されていた。


「けれど、光はすべてを癒したわけではありません。すべての者に幸せをもたらしたわけではありません。わたしひとりでは限界があります。わたしの力はあなたたちの物です。けれどわたしは神様のように万物を見渡す力などありません。わたしひとりの力はとても小さく、か細いものです。だからこそわたしはここに集まったすべての者に語りかけます。わたしのために力を貸してください。今日この日ばかりは、すべての民が等しく幸せを享受できるように力を貸してください」


 戸惑う群衆に向かって、エルファーナは願いを口にした。


「神様はおっしゃいました。全くの愛を与えよと。わたしが民を愛するのは簡単です。けれどそれで人は幸せになるのでしょうか。どこかに飢えている者がいるのに……どこかで寒さで震えている者がいるのに……。だからみなさんの手を借りたいのです。今日だけは、幸せを享受できない者たちに愛を――幸せを与えてください。小さくてもいいのです。神様の下ではだれもが平等であり、貧富の差などないということを教えてあげてください。日頃態度が悪いのならば、今日ばかりは他人に優しくしてあげてください。お腹が空いている者をみたならパンを分け与えてください。寒さに震える者がいたなら衣服を与えてください。孤独を寂しく思っている者がいたならば話しかけてあげてください。そうすれば、多くの者が一時でも光を手にすることができるでしょう」


 女王の言葉に、群衆はもちろん呆気にとられていた。

 未だかつてそのような宣言をした者はいなかったからだ。

 なぜ見知らぬ他人などに物を分け与えなければならないのだろう。多くの者が女王の深い思いに賛同できずにいた。

 しかし、どこからかぱらぱらと拍手が起こる。


「女王様、私、孤児院に寄付するわ」

「あたしはパンを作って浮浪者たちにふるまうよ。あぁ、腕がなるねぇ」


 声は少数であったが、その声には熱があった。

 まるで祭りでもあるかのような楽しげな声に、不満を漏らしていた者たちもだんだんその気になっていく。

 民の心は移ろいやすい。

 女王を讃える声が広がり、渦となってどこまでも続いた。

 どうなることかと見守っていた八聖騎士は、ホッと安堵を滲ませた。

 エルファーナも嬉しげに眼下を見下ろした。

 民の歓声が合図だったかのように、宮殿に仕えるすべての者たちが、開け放たれた扉からぞくぞくと出てきた。第二の宮殿に用意してあった何十という馬車と伝令兵が、扉を通り、整列した。

 その物々しい雰囲気に、興奮状態だった群衆の熱が少し引いた。


「女王陛下万歳!」


 彼らは次々に叫ぶと、人々が開けた道を走り出した。

 伝令兵は、この女王の言葉を伝えるために走り、馬車は物資を運ぶためであった。食糧が不足している地域に、宮殿に納められていた大量の食糧を提供することにしたのだ。

 すでに遠くの領主たちには、空間移動が使える翠玉の騎士ヴァリスと瑠璃の騎士ハティーが伝えていた。官吏たちもすでに宮殿をあとにしていた。

 五大臣をはじめ、十二官たちは、エルファーナに対して後ろめたく思っているのか、率先して慈善活動に励んでいる。

 中には、親のない子供たちのために学校を造るとまでいっている大臣もいる。教師には、御使いが有力視されていて、教主も全面的に後援してくれている。学校建設までそう遠くないだろう。

 何百という侍女や侍従たちも籠を手にし、歩き出した。

 彼らはこれから西雅の都に押し寄せた暴徒たちを世話しにいくのだ。

 門を打ち破っただけでも謀反として刑に処すべきだと声が上がったが、エルファーナが許さなかったのだ。

 幸いにも、エルファーナの癒しの力によって死傷者は命を吹き返し、結果、けが人すらいなくなった現状をふまえ、恩赦を与えたのだ。女王即位に伴い、恩赦は各地で行われているという。

 暴徒たちは住んでいた村や町を災害によって失った者たちばかりであった。

 けれど彼ら全員を住まわす居はなく、門の外で野宿している状態である。

 早急に手を打たなければならないが、案として候補に挙がっているのは、第二の西雅の都を近くに建てることである。

 門の外は広々とした広大な土地が広っているから、そう難しくはないだろうが、費用がない。建設には膨大なお金が必要なのだ。


「自給自足でなら、なんとかなるんじゃないかねぇ」


 そう言ったのはカナリスであった。

 幸い、森が側にあるし、家を建てる木材はどうにかなるだろう。人手足りなかったが暴徒たちが無償で手伝うと名乗りを上げていた。彼らも彼らなりに反省しているようだった。

 建築士たちの元、彼らは今日も都造りに精を出している。

 暴徒の何人かは兵士に志願し、女王陛下の側にお仕えする日を夢見ている。


「女王陛下万歳っ」

「女王陛下万歳っ!」


 宮殿の使者がなにをしに行くのか知った市民たちから次々と女王を讃える声が上がる。


「神様、迷える者たちをどうかお導きください」


 エルファーナは神に祈りを捧げた。

 

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