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女王伝  作者: 桜ノ宮
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   その三

 微妙な空気の中、ぷっと吹き出したのは、黄玉の騎士――ハルス・ハゼ・グリッソ・リフェクスサーリアであった。


「ハルス」


 藍玉の騎士リゼが咎めるが、その笑いをきっかけに女王の間は爆笑に包まれた。

 笑われているエルファーナはぱちくりと瞬いた。なぜみんな笑っているのか理解できなかったのだ。


「いえ、あの――」


 一世一代の告白を台無しにされて困惑した様子の次官は、エルファーナの間違いを正そうとしたが、それを咎めるように教主が静かに声をかけた。


「朱玲次官殿。陛下のお心遣いを無下にするおつもりか」

「は――」

「陛下はそなたを失いたくなかったのだろう。わざとああおっしゃったのだ。そのお気持ちを察せず、再度暇を請うのか?」


 明らかに教主はエルファーナを神格化していた。

 エルファーナは本気で暇=休暇ととらえているのだが、先ほどのやりとりですっかりエルファーナに心酔してしまったらしい教主は、次官をしかりつけた。

 困ったのは次官だ。しかし教主にそこまで言われて反論もできないだろう。

 結局、次官には一ヶ月の休暇が与えられることとなった。

 ところどころ戴冠式らしからぬところはあったものの、万事滞りなく進み、八聖騎士の誓いの儀へと移った。

 この日、何年かぶりに八聖騎士が勢揃いをした。

 その美貌があまねく知れ渡っている八聖騎士が一堂に会すると、目映かった。極上の美は、立っているだけでも華やかさを増す。

 その圧倒的な美しさに、女王の間に集った者たちはいちように息を呑んだ。

 けれどそんな他人の視線などお構いなしに、まず最年少の黄玉の騎士ハルスが女王に続く段の下で片膝をついた。


「あ……」


 エルファーナが小さく声を上げた。

 令息のような上品な顔立ちには見覚えがあったのだ。


「黄玉の騎士ハルス。トパーズを宿す者。ただ一人の主のために永遠の忠誠を」


 顔を上げ、にやっと笑ったハルスは、片目を瞑った。


「また会えるって言ったろ? おチビちゃん」


 階段を上がり、エルファーナの目の前で腰を落としたハルスは、左頬にキスをした。

 本来なら手の甲におくるはずのキスが頬に落ちたことで、一瞬ざわめく。

 リゼは、ぴくっと頬を引きつらせた。


「黄玉の坊やも保護者の前でやるねぇ」


 カナリスが面白そうに笑った。

 ハルスは、何食わぬ顔でエルファーナの背後に佇んでいた。


「琥珀の騎士レイロン。石は琥珀」


 レイロンは膝を折ろうとしなかった。ただまっすぐにエルファーナを見つめ、言葉少なに名乗った。

 冷気をまとったレイロンは、ハルスを睨みつけ、階段をのぼっていく。


「この鎖がある限り僕はお前のモノだ」


 それはエルファーナがレイロンにあげた腕輪であった。

 レイロンと出会ったのは、朱玲次官と出会ったあの回廊であった。

 つまらなそうに外を眺めているレイロンが朱玲次官と重なってしまい、つい腕輪を差し出していた。彼の楽しげな顔が見たくて……。

 まさか琥珀の騎士だとは思わなかったから、エルファーナはとても驚いていた。 青みがかった灰色の髪がとても綺麗だ。銀よりも冷たい感じがするが、それが彼の冴え冴えとした美貌によく合っていた。

 うっとりと見惚れているとレイロンの美しい顔が近づいてきた。


「レイロン!」

「リゼ、落ち着いて!」

「冷静になれっ」


 唇に触れた感触。

 エルファーナはぼんやりとしていた。

 唇にキスされたのは初めてだったのだ。

 レイロンは柔らかく微笑んでいた。

 レイロンが初めて見せた笑みは、驚くほど綺麗だった。氷塊が溶けたあとの清らかな水のような清廉さが際だっていた。


「負けず嫌いだなぁ」


 ハルスは面白くなさそうに唇を尖らせて、笑み消して横に並ぶレイロンを一瞥した。

 女王の間は蜂を突いたような騒ぎであったが、そんな中、紅玉の騎士クライシスと瑠璃の騎士ハティーが順に誓いの言葉を口にしていく。

 二人とも初めて見る顔であったが、紅玉の騎士は、ワインレッドの双眸が印象的な色男で、瑠璃の騎士は、色香が滲む妖艶な女であった。

 しかし瑠璃の騎士が実は男であることを知ったのは、それからずいぶん経ってからのことであった。


「オレは石榴の騎士オルヴェ。ガーネットの所有者だ。まあ、仲良くやろうぜ」


 からりと笑ったオルヴェは、エルファーナの髪をくしゃりとかき混ぜた。

 初めて会ったにも関わらず、親しみやすかった。

 八聖騎士の中で最も背が高く、体格がいいせいか近づかれると少し怖かったが、笑った顔は目尻が下がって愛嬌があった。なれなれしい態度も憎めないのは、彼の性格がさっぱりしているからであろう。

 少し乱れてしまった髪に対して、女官三人が抗議するようにオルヴェを睨みつけた。


「さて、次はアタシの番だねぇ。翡翠の騎士カナリス。石はもちろん翡翠だよ」


 膝を折ったカナリスは、ふっと微笑んだ。


「エル、よくやったねぇ。あんたは女王だ。アタシの最初にして最後の主人に相応しいよ」


 そう軽口を叩いたカナリスは、エルファーナの目の前に立つと優雅にまとめ上げられた銀の髪を一房手に取り、口づけを落とした。


「アタシが春を運んでくるなら、あんたは幸せをもたらす天使だよ。あんたが女王になってよかったって心底思うよ」

「カナリス……」

「命果てるまであんたに付き従うよ」


 真摯な誓い。

 そこに冷たさはなかった。

 ヴァリスの番となったとき、めったに姿を現さない人物に、大臣たちも緊張した面持ちで畏まっていた。


「翠玉の騎士ヴァリス。エメラルドと共にする者だ」


 そう言って彼が膝をついたとき、集まった有力者だけでなく騎士の間でも驚きの声が上がった。


「銀の女王にこの身を捧げる」


 そう宣言したヴァリスは空間移動の術で一瞬にしてエルファーナの前に立つと、すっとアザがあるほうの手を取った。


「久しぶりだな。大事ないか?」


 その優しい問いかけに、エルファーナの後ろに居並んだ騎士たちは目を丸くした。


「アレってほんとにヴァリス?」

「偽物ってことも考えられるねぇ」


 騎士たちは好き勝手に言い合った。


「うん、とっても体は軽いのよ。わたしね、いっぱい考えたの。わたしのこと、みんなのこと……。わたし、まだまだ知らないこと多くて、こうしてここに座ってても、実感ないの。でも、知りたいって思う。わたし、知らなきゃいけないの。わたし、とっても幸せだから……だからみんなも幸せにしてあげたいの」

「ならば、俺はお前の願いが叶うように尽くそう」


 薄く微笑んだヴァリスはアザのあるところにキスした。

 そうして、最後に残ったのは、リゼであった。

 彼は、すべての視線を感じながら、一心にエルファーナを見つめていた。


「八聖騎士のひとり藍玉の騎士リゼ。アクアマリンの守護者です。変わらぬ忠義と敬愛を貴女に捧げます」


 膝を折ったリゼに、座っていなければならないはずのエルファーナは席を立った。


「リゼ……っ」


 しかし、階段を下りようとしたところで慣れないドレスの裾につまずいてしまった。

 それに手を伸ばした騎士たちよりも先に、落ちてくるエルファーナの体をリゼが抱き留めた。


「リゼ、リゼ……!」


 ただ繰り返しリゼの名を呼ぶ姿は、まるで幼子のようであった。時間的には二週間以上経っていたが、エルファーナの中では五日ぶりのリゼの姿だ。

 頑張って女王らしく振る舞おうとしていたエルファーナも、リゼの顔を見てしまうと駄目だった。


「エルファーナ」


 つい気が緩んで親しげな名で呼んでしまったリゼは、慌てて言い直そうとしたが、エルファーナが制した。


「あのね、わたしがこんなに幸せなのは、リゼのおかげよ。リゼが教えてくれたの。愛されることも愛することも。わたし、みんなが大好き。村で暮らしていたときは、わたし、なんにもなかったけど、今はこんなにわたしを好きでいてくれる人たちがいっぱいいる。リゼ、ありがとう……ありが、とう……」


 エルファーナは化粧が落ちるのも気にせずぽろぽろと涙を流した。 

 伝えたいことはいっぱいある。

 感謝と、大好きという気持ちと、胸にこみ上げてくる想いすべて。

 でも、つまってしまってうまく伝えられない。


「エルファーナ、私は貴女が女王であるはずないと思っていました。貴女が女王であるとわかったとたん忠誠を誓う私を不誠実とお思いでしょう」

「そんなことない! だって、だって……リゼはとっても優しかった。わたしに最初から優しかったもん。女王様が決まったら、一緒に住もうっていってくれたでしょ? とっても嬉しかったよ。リゼとずっと一緒にいられるのが嬉しかったの」

「エルファーナ……」


 リゼは、片手でエルファーナを支えると、もう一方の手で涙を拭ってやった。


「私だけの陛下。一生を共にすると誓ってくださいますか?」


 少し目を見開いたエルファーナは、大きく頷いた。

 甘く目尻を落としたリゼは、エルファーナの額に口づけしたのだった。

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