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女王伝  作者: 桜ノ宮
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第十一章 新しい時代の幕開け その一

 黄金の光は大陸全土薄膜のように覆い、長い時間降り注ぎ続けた。

 決して雪のように積もることない粒子は、空気以外の物に触れると溶け消えてしまう。

 雨天ばかりだった地域には、灰色の雲は退かされ、青空が占めていた。

 干上がっていた地域には、青く澄んだ空はみるみる隠され、恵みの雨が降り注いだ。

 西雅の都のように圧倒的な再生力は発揮されなかったが、それでも神の光は、病みきっていた人々に希望をもたらせた。


「女王だ!」

「女王陛下が誕生されたんだわ」


 黄金の光を浴びながら、人々は涙を流した。

 苦しい時代は終わりを告げたのだ。

 そして多くの者は、奇跡を知る。


「おいっ、歩けなくて寝たきりだったじいさんが走ってるぜ!」

「作物だって育たなかったのに……見て! 花が咲いてるわ」


 奇跡は続く。

 どこかの家で。

 どこのかの地域で。


 女王の力は人々の未来を明るく照らす。

 貧しき者も富んだ者も。

 この奇跡を目にして敬虔な心を持たない者はいないだろう。


 自然と人は伏した。

 女王に対し。

 神に対し。

 ただ純粋な心で人は(こうべ)を垂れた。

 光が止むまでずっと……。





 エルファーナが目覚めたのは、それから二週間後のことであった。

 それは、大変な騒ぎであった。

 深い眠りに、一時は絶望論まで流れたのだから。式典も滞り、宮殿中――いや、大陸のすべての者が安否を気遣っていた。

 エルファーナの看病に当たっていたのは、女官三人に加え、大陸随一の医師集団であった。交替で様子をうかがっていた彼女たちは、その日は朝早くから三人でエルファーナの寝顔を見守っていた。

 不安そうな顔には、やや疲れの色が見えた。

 時間だけが緩やかに流れていく。また今日も目覚めないのかと三人の間に絶望的な雰囲気が漂い始めたそのとき。


「ぅ……ん」


 微かなうめき声に、その場に緊張が走り、エルファーナが目を開けると歓声をあげた。

 リーシアは、ただちに侍女を使いにやってエルファーナの覚醒を知らせた。


「エルファーナ――いえ、今代の女王陛下」


 リーシアたちが畏まってその場に拝する。

 最初こそぼんやりとしていたエルファーナだったが、どこか距離を感じる礼節を保った態度に、大きく目を見開き、潤ませた。


「ど、して……? もう、友達じゃないの……?」


 エルファーナには女王なのだという実感がまるでなかった。


「陛下……」


 女官三人は、悲しそうなエルファーナに戸惑わずにはいられなかった。

 エルファーナは無力な子供ではなく、今や大陸を統治する女王なのだ。

 名を呼び捨てにできないであろう。

 いくら親しい間だったからとはいえ、それはエルファーナが名ばかりの女王候補であったからだ。


僭越(せんえつ)ながら申し上げます。女王陛下のお望みこそが私のすべてです。これからもエルファーナ、とお呼びしてもよろしいですか?」


 真っ先にそう切り返したのは、アルフィラであった。

 イーズとリーシアは咎めるように仲間を見たが、エルファーナの嬉しそうな様子に口をつぐみ、アルフィラに賛同の意を示すのであった。

 それから間を空けず、エルファーナの目覚めを知らされた翠玉の騎士を除く(リ・)(レイ)騎士(ハス)がそろったが、エルファーナと面会は許されなかった。彼らは、エルファーナが元気であることを知ると、胸をなで下ろした。


「陛下のご体調も考慮し、戴冠式は五日後と致します」


 リゼはそう告げた。


「承知致しました」


 リーシアは恭しく答えた。

 戴冠式までの間は慌ただしかった。

 ドレスを特注し、三日で作らせた。

 それから式典の流れをエルファーナに教え、答え方などもたたき込まなければならなかった。所作から行儀作法まで、教え込むことはあまたあった。

 めまぐるしい流れの中で、リゼたちに会えないことがエルファーナは少し寂しかった。

 女王であると認められたら、戴冠式まで顔を合わせてはいけないらしい。

 そこでエルファーナは、ルイーゼに会いたいとだだをこねた。

 珍しいわがままに、けれど内容が内容だっただけに慎重な対応をとった女官たちであったが、願いが叶わず悲しげな主人をみて、許可してしまった。

 そして、空いた時間に、ルイーゼを呼び寄せたのだ。

 もしもの場合に備えて、リーシアが側に控えていることになった。


「ルイーゼ様……!」


 やつれてはいたが、美しさはちっとも損なわれていない。

 しかし、素直に喜ぶエルファーナとは反対にルイーゼの表情は苦しげだった。


「こんなところへ呼び出して、わたくしに仕返しでもするつもり? さぞや愉快に思っているでしょうね。あなたは女王となり、わたくしは犯罪者よ」


 命が危ぶまれたルイーゼだったが、女王の癒しの力によって元気になった。

 そこまでなら喜ばしい話だが、エルファーナを毒殺しようとしていた犯人が別にいると気づいていたリゼが、調査していたのだ。

 はなからルイーゼを疑っていたリゼは、ルイーゼ付きの女官をひとりひとり調べ、ついに宮殿に出入りしていた商人と接触した女官を割り出したのだ。

 商人は、金貨二十枚と引き替えに毒草を売ったことを拷問の末に自白し、その毒草が渡った相手がルイーゼであるという確証を得た。

 しかも、罪はそれだけではなかった。

 エルファーナに対する不敬と女王候補暗殺未遂の黒幕ということが判明し、任を解かれた元財務大臣のエリッツェ・バーラスを脅迫して横領させていたからだ。

 ルイーゼと関係を持ったことを家族にばらすと脅されていたエリッツェ・バーラスは、国庫に入るはずの収益をルイーゼに流していた。

 けれど、ほころびは生じる。

 部下が怪しんでいることに勘づいたエリッツェは、自己保護のために、ルイーゼを暗殺しようとしたのだ。

 しかし、それは失敗に終わり、二度目の暗殺を仕掛けたところで、暗殺者は暗部隊に捕らえられてしまったのだ。

 だが、抜け目のないエリッツェは、もし捕まったときは朱玲次官の名を口にするよう指示していた。

 かねてより不仲説のあった二人だけに、だれも朱玲次官が主犯格であることを疑わなかった。

 そうしてまんまと罪に問われることを免れたエリッツェ・バーラスであったが、天候の悪化とともに情緒不安定になっていったようだ。

 暴徒の襲撃によって宮殿ももたないことを悟ったエリッツェは、金品強奪を考え、それを決行していたところにエルファーナが現れたのだ。

 エルファーナの証言によって、暗殺未遂の黒幕がエリッツェであることが白日の下にさらされた。領地没収の上に、爵位剥奪の刑に処された彼は、死刑こそ免れたものの一生を牢獄で過ごすこととなる。冷静になった今は毎日懺悔しながら生活をしているらしい。


「ルイーゼ様は、ルイーゼ様よ」


 エルファーナは首を傾げた。

 カッと怒りに頬を紅潮とさせたルイーゼであったが、その邪気のない目を見て毒気を抜かれたように肩を落とした。


「どうして……」


 ルイーゼの藍色の双眸が潤んだ。


「どうして、わたくしを癒したのっ。あのまま……あのまま死んでいれば……っ」


 ルイーゼは死を覚悟していた。あの塔で生気を抜き取られていく心地がしたのだ。小手先の力など通じなかった。

 震えているルイーゼの手をエルファーナがぎゅっと握った。


「あのね、わたし、ルイーゼ様大好きよ。とっても綺麗で、本物のお姫様みたいで……。あのね、今でも女王様はルイーゼ様だと思うの。だからね、わたしはルイーゼ様が生きててくれて嬉しいの。わたしね、ルイーゼ様がどんな罪を犯したか知らないの。とってもいけないことだっていうのは知ってるのよ。でもね、神様に毎日謝るのよ。そしたら神様が許してくださるのよ。神様が許してくれたら、楽しいこといっぱいあるわ。辛いことに負けないくらい楽しいことがいっぱいあるの。だから、死にたいっていっちゃ駄目。神様が、ルイーゼ様に生きなさいっていってくれたんだもん」


 虚を突かれた様子だったルイーゼは、しかしすぐに首を振った。


「いいえ、いいえ……っ。わたくしは死ぬのよ。導守がわたくしを生かしてはおかないわ」


 不穏な言葉に、空気のように存在感を消していたリーシアがぴくりと反応した。だが、口を挟むことなく黙って見守っていた。


「どうしゅ……?」


 不思議そうな顔をするエルファーナをじっと見つめたルイーゼは、そっと睫を伏せた。


「どうしてあなたはそんなに清らかなの。どうして歪まないの? あのときだって……っ、どうしてわたくしに優しくできるの? わたくしはあなたを傷つけたのに……。嗤っていたのよ、心の中でいつも。あなたを侮って、蔑んで……なのに、なぜわたくしに声をかけられるの? ねたましくないの? 恨まないの?」

「あのね、わたしちっとも清らかじゃないのよ。御使い様のように、あんなに綺麗じゃないの。だって、盗みだってしたことあるし……、神様がね、ちょっとだけ嫌いになっちゃったこともあるの」


 秘密を打ち明けるように小声でそう言ったエルファーナは、にっこりと笑った。


「でもね、すぐ謝ったのよ。許してくれたかわからないけど、いっぱい謝ったの。あのね。ルイーゼ様。ルイーゼ様を嫌いになれないわ。ほんとはね、リゼをとられちゃったときとか寂しくて悲しい気持ちになったけど、ルイーゼ様のほうを優先しなきゃいけないことちゃんとわかってたのよ。あのときだって、ルイーゼ様ちょっと怖かったけど……でも、ルイーゼ様泣きそうだったでしょ? ううん、違う。泣きそうにみえたの……。だからね、怖かったけど怖くなかったの」

「わたくしが……?」


 目を見張ったルイーゼは、しばらくの間呆然としていたが、ふいにくすくすと笑い出した。


「おかしな子! そんなことを言った者は初めてよ」


 男に色目を使うルイーゼは、同性からは煙たく扱われ、友達などいなかったのだ。仲間であったバッスでさえ、ルイーゼの魅力には抗えなかったようで、何度も乱暴に彼女の体を抱いた。

 ルイーゼ自身、男たちをその身で堕落させることへの快感を覚えていたから、男に抱かれることへの抵抗はなかったが、みなルイーゼの体目当てで性格など二の次であった。

 だれも本当のルイーゼをみて愛してくれた者などいないのだ。

 男ならば蜜を吸う蝶のように群がり、女ならばルイーゼの美貌と高慢さに嫌悪感を示し、離れていった。

 なのに、エルファーナは違う。

 ルイーゼの隠されていた本心を見抜いたのだ。

 それは、ルイーゼ自身気づかなかった本心であった。施設での生活が頑なな心を作り出してしまったが、心の底ではルイーゼも愛されることを望んでいたのだ。


「わたくしの秘密、教えてあげるわ」


 ふいに真顔になったルイーゼは、言った。しなやかな指先が額に触れる。


「このアザは刺青よ」


 息を呑んだのは、黙って聞いていたリーシアであった。

 ちらっとリーシアを一瞥したルイーゼは、口の端を軽く持ち上げる。


「この大陸のどこかで、ある研究が行われているの。奴隷市場から子供を買ったり、貧しい親から子を買ったりしてね、子供をたくさん集めて、実験の道具にするのよ。わたくしの癒しの力――塔に吸い取られてもう消えてしまったけれど、あれはね、神の力ではないわ。魔術によって得た悪魔の力よ」

「そんな……嘘ですわ……っ」


 口を開いたのは、よく理解していないエルファーナではなく、リーシアであった。


「本当のことよ。神の力なんてね、人為的に作り出せるのよ。もちろん、それを手に入れることができるのはほんの一握りの人間だけれど。八聖騎士に知らせたければ知らせなさい」

「なぜ、そのような重要なことを……」

「さあ、どうしてかしら……」


 ルイーゼは、死ぬまで黙っていようと思っていた秘密を喋ってしまい、自分でも心の変化についていけてないようだった。

 そうね、と彼女が続ける。


「導守に従うのが嫌になったのかもしれないわ。気をつけなさい、女王の忠実な護衛さん。施設の人間はね、大陸中に散らばっているのよ。この宮殿にも潜んでいるかもしれない。狙われるのは、女王になれなかったわたくしと――――新しい女王よ」


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