その三
「愛しい子」
空間すべてを震わす美声に、エルファーナは自分が呼ばれていると悟った。
ゆっくりと目を開けると、目の前に黄金をまとった人がいた。
いや、人ではない。
エルファーナには、人間離れした美しい人に見覚えがあった。
口がわななく。
「……っ」
滑らかな白い肌と純白の衣に、黄金で作られた髪と甘さを含ませた金色の双眸がよく映えていた。
彼の周りで小さな光りが弾けていく。
宝石を粉々にして、頭上から降り注いでいるかのようであった。
神々しい美貌を前にしては、身じろぎもできなかった。
胸が震え、興奮がじんわりと広がった。
ほろほろと涙が次から次に溢れてくる。
「神、さま……」
「また泣くのだね。そなたは私を見るたびに涙を流す」
彼はそう言って、エルファーナの雫を指先に乗せた。
「まだ私に仕えたいかい?」
エルファーナは夢中で頷いた。
彼は自分のすべてであった。
彼の下で、彼のことだけを考える日々。なんて甘美な毎日だろう。
「悩み、苦しんだ答えを捨てても?」
エルファーナは固まった。
神様のことしか考えられなかったのに、膨大な記憶が次々と溢れてくる。
「わたし……」
「そなたには、ほかになすべきことがある。違うかな?」
彼はエルファーナの右手を手に取った。包帯のない甲は、醜く引きつれていた。
神はそれに嫌悪を表すどころか愛おしげに口づけを落とした。
刹那、優しく口づけを落とされたところから、温かい力が全身に流れ込んでくる。春の日差しが体を滑っているかのようだった。
うっとりとその身を任せていたエルファーナがハッとわれに返ったとき、火傷の痕は消えていた。代わりに、深紅の複雑な模様が刻まれていた。
「愛しい子、ようやくここまで来たのだね。私はどんなにこの瞬間を待ち望んだことか」
「どう、して……?」
エルファーナは混乱していた。
神はゆっくりと微笑んだ。
見惚れるほど麗しい笑みに、エルファーナは自分がなにを言おうとしたのか忘れた。
「お行きなさい。愛しい子。そなたはただ全くの愛を手に入れなさい。だれかを愛し、愛されるのです。それこそが私の望み。そしてそなたに与えた運命」
神はぼんやりとしているアルファーなの額に口づけした。
「さあ、進みなさい。そなたの信ずる道を」