第九章 暴動と災害 その一
ルイーゼが倒れたという情報が宮殿を駆けめぐったのは、ルイーゼが試験を受けてから数時間後のことであった。
陰鬱な空気が宮中に漂う。
ルイーゼは女王ではなかったのだ。
宮仕えのすべての者たちは、嵐のような天気を恐ろしげに見つめ、落ち着かぬ様子で仕事をしていた。
青翔堂に会した騎士たちもまた落胆の色が濃かった。
「第一の門が先ほど暴徒たちによって打ち破られたそうです」
集まった騎士は三人。
紅玉の騎士は、率先してか弱い乙女たちの手助けをしている最中だ。
女とみれば無条件に甘く、下半身にだらしのない騎士だが、剣を握らせれば正規の騎士でも敵わないほどの腕前だ。本格的な交戦となる前に、宮殿に戻さなければならないだろう。
今はここにはいないが、琥珀の騎士レイロンと翠玉の騎士ヴァリスも戦闘能力は高い。力を使わずとも、訓練されていない暴徒相手にそうやすやすと負けはしないだろう。
「ああ、六大臣や十二官どもが慌ててたな」
オルヴェが暗く応じる。
望みは絶たれたのだ。オルヴェはだれよりもルイーゼが女王であると信じていた。
力をうまく解放することができなかったルイーゼは、力を使い果たして意識を失ってしまった。医師の診断では、三日持つかとどうか……と言っていた。
最終試験を受けたのは彼女で四人目だっただけに、騎士たちの顔色は晴れなかった。
「どうするんだい。このままじゃここも危ないよ。すでに死人だって出てるんだろ」
「門を守っていた兵士五人と暴徒が数人です。第二の門の突破もそう遠くないでしょう。このまま第三の門を開けられ、西雅へと来られたら、一般市民との間で多数の死者が出るでしょう。兵隊を差し向けましたが、ここを手薄にするわけにもいきませんしね」
「地震と雷雨による被害も甚大だよ。地面が陥没し、あの雨のせいでほとんどの家が水浸しさ。水はけがよくない仕組みなんだねぇ。西雅の都は。まったく、設計士の首を絞めてやりたくなるよ」
オルヴェとカナリスは、最終試験に立ち会わず、被害状況を調べていたのだ。
思ったよりも酷い有様に、いつもは笑みを浮かべているカナリスも難しい顔で唸っていた。
「人手が足りませんね……」
ほかの地方に援助隊を派遣したせいもあり、宮中に使える兵士など残っていなかった。
使用人では、かえって足手まといだろう。けが人などは、彼らの手を借りればよいが、戦いともなるとそうはいかない。
「エルはどうするんだい? お姫様も駄目で、三人目の候補者も見つからずじまいじゃ、頼ってみるのも一興なんじゃない?」
カナリスが、あえて話題にしなかった人物に触れた。
リゼは考えるように眉を寄せ黙り込んだが、ややあって首を振った。
「最初の試験でさえ及第点も与えられないというのに、わざわざ受けさせるのですか? 時間の無駄というものです。今急がなければならないのは、現状をどう打破するか、です。ほかに候補もいない以上、私たちは全力で宮殿を守るしかないでしょう」
「女王がいなければ、アタシたちの力も半減なんだよ。何十万という暴徒相手に勝てると思ってるのかい? ただでさえ、黄玉の坊やと瑠璃の兄さんがいないっていうのに」
到着していいはずのハルスは、災害によって足止めを食っているようだった。
それは、瑠璃の騎士も同じで、ヴァリスと同じ空間移動の術を有し、本来なら真っ先に宮殿にたどり着いてもよいはずなのだが、知り合いの領主の手助けをしていて戻れそうになかった。
今頃、河川の氾濫を必死に食い止めているだろう。
もし決壊すれば、死者は数万にのぼるだけに、予断は許されなかった。
天災による死者は、日ごとに増えていった。ある地方では雨も降らず、干ばつとなり、食糧難によって数千の餓死者が出、またある地方では水没によって村が水の底に沈み、半数以上の命が失われた。
この十八年間で失った人の命は、過去最高であろう。
強固な造りの街などは被害も少ないが、山脈や河川沿いの村など、領主の目も届きにくい寂れたところが主なる被害に見舞われた。
「この身果てるまで私は戦います。次の女王が誕生した際に、宮殿がぼろぼろでは面目がたちませんからね」
リゼの冗談に、カナリスも表情を和らげた。
「……まあ、久しぶりに暴れるのもいいかも」
「そうだな、ぐだぐだ悩んでても始まらんしな」
ヴァリスも顔を上げて応じた。
「俺は警備に回る。宮殿に立ち入ることはこの俺が許さんっ」
まだルイーゼのことがきがかりそうな様子ではあったが、そこは八聖騎士の一人。力強く宣言した。