その二
「ルイーゼ様から……?」
ルイーゼ付きの女官からお菓子を手渡されたとき、エルファーナは目を輝かせて受け取った。
「はい、我が主は大変お喜びなられております。新たな女王候補の誕生に。ぜひ、司雅宮のほうにもお越しくださいとのことです」
「ほんと? わたし、ずっと行きたかったの」
エルファーナは恥ずかしげに頬を染めた。
「でも、ルイーゼ様は女王候補様だから行けなかったの……。お見舞いもしたかったけど、リゼにね、治るまでいっちゃ迷惑だっていわれたの」
エルファーナは大事そうに籠を抱きしめると、珍しいお菓子を興味深げに見つめた。
「あ、ちょっと待ってて」
エルファーナは、部屋の中から花束を持ってきた。
「今朝摘んだばかりなのよ。ルイーゼ様に差し上げて」
「承知いたしました」
女官は柔らかい笑みを浮かべて去っていった。
「イーズ、ルイーゼ様からもらったの。美味しそうでしょ?」
「ようございましたね」
イーズはふわりと微笑みながらも、ほんの少し警戒心のこもった目で籠を見つめた。
「食べていい?」
「お茶には少し早いですが……」
「食べたいの」
食の細いエルファーナにしては珍しい言葉だ。
イーズは仕方ありませんねと笑うと、茶器の用意をしに一度部屋を下がった。
残されたエルファーナは、籠から漂ってくる匂いに、誘われてついつい手を伸ばしてしまった。
パンケーキのようにも見えたが、赤や黄色と着色されていて見た目にも鮮やかだ。甘い匂いに、丸い塊を一つ手に取った。そのまま口に入れる。
「美味しい……!」
頬が落ちそうであった。
二つ、三つと食べたところでお腹いっぱいになってしまった。
「エルファーナ、行儀が悪いですわ」
エルファーナがつまみ食いをしたのがばれてしまった。
どうしてわかったのだろうと首を傾げていると、イーズがくすくすと笑いながら円卓の茶器を置き、ハンカチでエルファーナの口元をぬぐった。
「イーズもどうぞ」
「いただきます」
イーズは一つ手に取ると優雅に口に運んだ。
「――っ」
一口かじったイーズは、とたん口元を抑えた。
「イーズ?」
「少し…、わたくしには甘みが強かったようですわ」
ゆっくりと嚥下したイーズは、なんでもないように笑って、残りの欠片をハンカチに包んだ。
それからエルファーナを心配そうに見つめ、
「どこか、痛むところはございませんか?」
「平気よ」
「そう、ですか……。こちらのお菓子はおいくつほど召し上がりました?」
「三つよ。もうお腹いっぱいなの。とっても美味しかったから、リーシアとアルフィラにも食べさせてあげたいわ」
「二人とも喜びますわ。では、こちらは下げますわね」
イーズは笑顔で籠を遠ざけた。
「さ、一休憩の後は、お勉強の時間ですわ。今日は、綴りの練習をいたしましょう」
つかの間の休息を楽しむと、イーズは羊皮紙と羽ペンをエルファーナに差し出した。
そのまま、籠を持つと部屋を後にした。
エルファーナの前では穏やかだったイーズは、扉を閉めると顔つきを険しくさせた。
「だれか、侍医を」
側を通った侍女に命じたイーズは、別の侍女にリーシアとアルフィラを至急呼ぶように告げた。
気を張っていたイーズは、次の瞬間その場に崩れ落ちた。こみ上げてくる吐き気と戦いながら、リーシアたちの到着を待った。
「イーズ! どうしたの?」
リーシアが駆け寄ってくる。
イーズは青白い顔で、籠を指さした。
「ハルフォンス様からいただいたものです。毒が……ぐっ」
口元を抑えたイーズは嘔吐いた。幸いにも、胃にあまり食べ物をつめていなかったおかげか胃液しかでなかったが。
「! エルファーナ様は――」
イーズの背をさすっていたリーシアは毒という言葉に敏感に反応した。
「……はぁ…、召し上がったようですが、変わったところはございません。……っく、侍医を呼んだので、一応、検診を……っ」
「よくやったわ。お前はもう休みなさい。そこのお前――こちらの女官をその部屋へ運んでちょうだい」
主付きの女官には、主の部屋の横に部屋が与えられている。
三人で使用している部屋を指し示したリーシアは、体格のよい侍従に命じた。
何ごとかと目を丸くした彼は、イーズの異変を見て取ると慌てて駆け寄り、リーシアの指示に従った。
「リーシア……?」
「ああ、アルフィラ! ちょうどよかったわ」
よほど急いだらしい。
額に汗をかくアルフィラの耳に口を寄せたリーシアは囁いた。
「エルファーナ様が毒を盛られたそうよ」
「な――っ」
「いいえ、案ずることはないわ。毒入りのものを召し上がったそうだけれど、今のところ異常はないらしいわ。イーズが侍医を呼んだそうだから、エルファーナ様を診てもらって。そのあとに自室で休んでいるイーズも頼むわ。イーズはどうやら毒入りのものを食べてしまったようなのよ……。わたくしはこれから成分を調べてもらいに研究室のほうへ行きますから、あなたはエルファーナ様に付き添っていて」
「犯人の目星は?」
「もう一人の女王候補様からのいただきものだそうよ」
アルフィラが顔を強ばらせた。
「そんな……まさか!」
「だからといって彼女の仕業とは限らないわ。――困ったことになったわね」
ルイーゼ暗殺未遂があったのは、つい最近のことなのだ。
宮殿中がぴりぴりとした雰囲気が漂っているのに、また毒殺未遂があったと知れ渡ると大騒ぎになることだろう。