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女王伝  作者: 桜ノ宮
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   その三

「エルファーナ、藍玉の君がお見えですわ」

 イーズが興奮したように声を張り上げてやってきた。いつもは楚々とした美少女なのだが、慶喜に粗相も荒くなってしまうらしい。

 年長のリーシアが一瞬顔をしかめたが、それでも内容が内容だっただけに小言は胸に納め、邪魔しないようにと壁側に立った。


「エルファーナ」


 リゼのうっとりと聞き入ってしまいそうな美声を耳にした瞬間、エルファーナは駆け寄って抱きつこうとした。

 しかし、ハッと立ち止まり、訝しげな顔をしているリゼの前でスカートの裾を両手で上品につまんだ。そのまま腰を落とし、淑女らしい挨拶をする。


「リゼ、お久しぶりです」


 女官三人は、目を見張って、互いに顔を見合わせた。その顔は喜色が滲んでいて、エルファーナの成長を心から喜んでいるようだった。

 リゼもそうだったらしく、軽く目を見開くと次の瞬間、破顔した。


「見違えましたよ」


 リゼは包帯の巻かれていないほうの手を取ると恭しくキスをした。


「あなたの成長を間近で見守ることができなくてこんなに残念に思ったことはありません」


 リゼは感嘆とエルファーナを見つめた。

 泣き虫で甘えん坊のエルファーナの堂々とした姿に感じ入ったようだった。輪郭もふっくらとして、少し女性らしくなっただろうか。線が細いのは変わらずだが、蕾が綻ぶように可憐になった。

 銀色の美しい髪を上品に結い、背筋を伸ばして微笑んでる姿は、まるで令嬢のようで、リゼはルイーゼに付きっきりだったことを心底後悔した。

 リゼの褒め言葉にエルファーナも限界だったのだろう。我慢できずに抱きついてしまった。

 こういうところはまだまだ子供で、リゼは少しばかり安堵した。


「一昨日は花冠をありがとうございます。とても美しかったですよ。部屋に戻ったら花の甘い香りが漂ってきて、驚きました。リーシアからエルファーナが丹誠込めて作ったのだと聞いて嬉しかったですよ」

「リゼのお疲れ吹っ飛んだ?」

「ええ、疲れはすぐに癒えました」


 少しだけ重くなったエルファーナを抱き上げたリゼは、そのまま長いすに座った。エルファーナを膝の上に乗せ、九日ぶりの二人きりの時間を過ごす。

 リーシアたちはお茶の支度をすると、邪魔者は退散とばかりに出て行った。まったくよくできた女官である。


「そういえばカナリスにも作ってあげたんですって? 私にまで自慢してきましたよ」

「あのね、カナリス一緒に作れなかったから……。作りたいって言ってたのに。だからね、かわいそうだから作ってあげたの。アルフィラとイーズにも作ったのよ。二人ともとっても喜んでくれたの! 一生の宝物にしますって。わたし、だれかに何かをあげたの初めてなの。だから喜んでくれたのとっても嬉しかった。胸がぽかぽかしたのよ」

「私も大切にします。あれならば乾燥させて部屋に飾っておいても問題ないでしょう」

「あのね、あのね、アルフィラとイーズもそう言ってたの」


 リーシアだけでなく、アルフィラとイーズもエルファーナのことを大事にしてることを知ったリゼは、心から安堵した。


「今日はお仕事いいの?」

「ほかの者に任せました。今日は一日私と過ごしていただけますか?」


 ぱぁっと顔を輝かせたエルファーナは、こくこくと顔を真っ赤にして頷いた。


「木登りと隠れ鬼と……あと、あと、」


 エルファーナはリゼとやろうと思ったことを次々に思い浮かべた。けれど、舞い上がってしまってなかなか思い出せない。


「時間はありますから、ゆっくりでいいですよ」


 それからお茶を飲んでゆっくりとときを過ごすと、エルファーナは名案を思いついたとばかりにリゼの手を引っ張った。


「あのね、みんなでお昼をお外で食べるの」

「それはいいですが、料理長が納得するかどうか……」


 第二の宮殿の料理長は、大陸一を自負していてとても扱いにくい人物だ。宮仕えが長いせいか、陰で牛耳っているとまことしやかに囁かれていた。


「訊いてみる!」


 リゼの膝から飛び降りたエルファーナは、元気よく部屋を出て行った。

 残されたリゼは入れ違いに入ってきたリーシアに視線をやった。


「エルファーナ様はどちらに行かれたのですか?」

「料理長のところでしょう。昼食を外で食べたいからと」

「まあ! ふふ、そんな心配そうな顔をなさらないでくださいませ。料理長のことならば、案ずることはありませんわ。あの気むずかしい料理長が、エルファーナ様に対しては軟化した態度をとってらっしゃいますもの。わたくしも初めてその光景を目の当たりにしたときはびっくりしたものですわ」

「信じられませんね。次官ですら泣かされたという噂を耳にしたことがありますよ」

「案外子供好きなのかもしれませんわね。エルファーナ様が調理室に行かれると決まって貴人の方に振る舞うはずのお菓子をこっそりとわけてくださいますのよ。おかげでお茶請けには苦労いたしませんの」


 リーシアは茶器を片付けながらくすくすと笑った。


「本当にあの方がいらっしゃってから第二の宮殿が明るくなったようですわ。あの無邪気さと純粋さに触れていると数々の憂いから解き放たれるようで、心がとても軽くなりますの」

「……私もです」


 同意したリゼは、ところで、と切り出した。


「エルファーナに変わったことはありませんか?」

「変わったこと、でございますか? 思い当たる節はございませんが……」

「そうですか。それならばいいのです。エルファーナは、夜を怖がっていませんか? あの子は気丈に私を頼らなかったみたいですが、この広い宮殿に放り出されてさぞ心細い思いをしたでしょう」

「――わたくしたちがついておりますので、ご心配には及びませんわ」


 リーシアのその言葉に、リゼはエルファーナがまだ一人で寝れていないことを知った。

 エルファーナの過去に受けた虐待は、こんな短期間で治るはずがない。きっとあの明るい笑顔の下には、だれも知ることのない深い闇がすくっているのかもしれない。

 そう考えるとリゼの胸は痛んだ。

 リゼの身勝手な思いでエルファーナを連れてきたというのに、側にいてやることもできず女官たちに任せきりだったのだ。

 女王に仕えるリゼにとって女王候補であるルイーゼを第一考えることは確かだが、エルファーナのことを忘れたことなど片時もなかった。エルファーナの顔を思い出すだけですっと苛立ちも疲れも消えたのだ。

 そこでカナリスの言葉を思い出したリゼは、この先のことを考えて思い悩んだ。


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