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女王伝  作者: 桜ノ宮
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第六章 忌むべき火傷の痕 その一

 エルファーナが第二の宮殿にやって来てから七日が経った。

 リゼはルイーゼに付きっきりであまり顔を合わせなくなってしまった。

 もちろんその分リーシアたちがかいがいしいまでに相手をしてくれるのだが、エルファーナに初めて親切にしてくれたリゼはやはり特別な存在であった。


「ねぇ、リーシア。あのね、リゼに喜んで欲しいの。リゼとっても大変なんでしょ? どうしたら喜んでくれる?」


 なにかしてあげたいと思うものの、孤独に過ごしてきたエルファーナには、相手が喜ぶものが思いつかない。

 イーズとアルフィラは、ほかの仕事で席を外している。

 頼みの綱はリーシアしかいなかった。


「藍玉の騎士様でしたら、エルファーナの笑顔ひとつで十分お喜びになると思いますよ」

「リゼと会えないの……」


 エルファーナのどこか寂しげな顔に、リーシアも失言だったかと天井を仰いだ。

 ルイーゼがリゼを片時も離さないのは有名な話であった。そこに時折、翡翠の騎士や石榴の騎士が加わるという。

 ルイーゼは、その美貌と才知で人々を虜にし、すでに六大臣と十二官は、彼女を女王として仰いでいる。四日前に行われた試験で、ルイーゼの癒しの力が本物であると認められたからだ。

 けれども同時に不穏な空気も流れ始めている。

 実の娘が女王候補だったという(しゅ)(れい)次官がルイーゼを目の仇にしているというのだ。そのせいもあって、ルイーゼの周辺は厳戒態勢が敷かれ、騎士であるリゼは側を離れることができないのだ。


「では、エルファーナ。なにか心を尽くした物でもプレゼントして差し上げたらいかがでしょう。たとえば、花を編んだり、手紙を書いたり、刺繍は……まだお早いかもしれませんわね」


 エルファーナに淑女のたしなみがないのは、一目でわかっていた。ふくよかさとはほど遠い体と、実年齢よりずっと幼く見える容貌は、明らかに栄養が不足だったせいにほかならない。

 それでも覚えの早いエルファーナに一から教えるのは楽しかったし、幼児が好む遊びを教えるととたんに顔を輝かせて早く早くといいたげに腕を引っ張ってくるのは、本当に無邪気で和むものがあった。


「わたし、お花を編むの好き! 中庭にはいっぱい綺麗なお花が咲いているの。それをあげたらリゼは喜ぶ?」

「きっと花の甘い香とエルファーナの気遣いに、疲れも吹き飛ぶはずですわ」


 そうと決まれば行動は早かった。

 一面の花畑が幻想的な趣を感じさせる中庭は、咲き誇った花でいっぱいであった。穏やかな風が通り抜けていけば、すっと離された花弁がひらひらと空を舞い、それはそれは美しい光景であった。

 その花びらを追いかけて手の中に捕らえる遊びも好きなエルファーナではあったが、今日は魅力的な光景にうずうずするのも我慢して、服が汚れるのも気にせずに花の絨毯に座り込んだ。

 リーシアに教えてもらってから何回か花を編んだことのあるエルファーナは、この日はリーシアの手を借りず器用に花の冠を作り上げた。

 リーシアはエルファーナの隣に座り、慈愛に満ちた目で見守っていたが、薄い花弁が銀糸のような美しい髪についたのを見るとそっと伸ばしてとってやった。それに気づいたエルファーナも、リーシアの髪に乗っていた花びらをとった。

 なんだかそうしていると仲の良い姉妹のようで、くすぐったそうに笑ったエルファーナに、リーシアも控えめに笑った。


「楽しそうですねぇ」


 二人の頭上に影が落ちる。


「あ……」


 その人物を目に入れたリーシアは、慌てたようにその場に伏そうとしたが、それを穏やかな声の持ち主がとめた。


「あぁ、お気になさらず。楽しげな声が聞こえたものだからつい足を向けてしまっただけなんで」


 降り注ぐ光と同じ色の髪をゆるく三つ編みにし、若葉色の目の上に銀の眼鏡をかけた人物は、黙っていれば知的に見えそうな顔を綻ばせた。そうするととても雰囲気が柔らかくなって、整っている顔立ちにも関わらず親しみやすさが滲んだ。


「リーシアの知っている人? お友達?」

「こ、こちらの方は……!」


 エルファーナは心底そう思ったから尋ねたのだが、彼がだれかを知っているリーシアにしてみれば顔面蒼白ものの台詞だった。

 珍しく顔色を変えてエルファーナに説明をしようとしたら、話題の主である人物が制止した。


「まあまあ、アタシがだれかなんてどうでもいいことじゃないか。見たところ、そちらのお嬢さんは、噂の姫君かな」


 秘密ですよ、とリーシアを口止めしたその人物は、しゃがむとエルファーナを好意的に見つめた。


「こんなところで出会えるなんて光栄だねぇ。アタシはカナリス。お姫さんのお名前は?」

「わたし……? わたしはエルファーナよ」

「エルファーナ、ね。じゃあ、エルって呼ぼうかな」


 ――エル。

 みんなと違う風に呼ばれるとなんだかその人との距離がぐっと近くなった気がする。カナリスの薄い緑色の双眸は、芽吹きの色だ。エルファーナは彼の瞳の色が一目で大好きになった。


「カナリスも一緒にお花の輪を作る?」

「エルファーナ様……!」


 リーシアがたしなめるように声を上げた。

 思いも寄らないお誘いの言葉に虚を突かれた様子のカナリスは、一拍おいてからエルファーナの前に座った。


「おや、それは楽しそうだねぇ。作り方知らないから教えてくれるかい?」

「あのね、あんまりお花が大きくなくて、茎がしっかりしてるのを選ぶの。細すぎても固すぎても駄目なのよ。それをね、お花の部分がよく見えるようにこう編んでいくの」


 エルファーナは教える立場が楽しいらしく、嬉々として見本を見せた。


「上手だねぇ。ずいぶん作っているようだけど、部屋に飾るの?」

「ううん、リゼとヴァリスにあげるの」


 ヴァリスというのは、翠玉の騎士の名であった。

 あの夜、てっきり至殿に迷い込んでしまったのかと思ったが、実は至殿とは反対にある塔に入り込んでいたのだ。

 第二宮殿と繋がっているその塔は、大陸中の書物が保管されているようで、用がある者以外はあまり近寄らなかった。

 読書好きのヴァリスはそこの一画に勝手に寝所を作ってしまったのだ。そのため彼の生活空間は至殿ではなく、塔のほうであった。

 それをだれかしらに聞き出したリーシアに連れられヴァリスのもとに訪れたエルファーナは、迷惑そうな態度も気にせず、すっかり懐いてしまったのだ。


「へぇ、あの偏屈な翠玉の騎士とも知り合いか」


 ヴァリスの名に少しばかり驚いた様子のカナリスは、エルファーナに興味を持ったらしかった。


「お姫さんとリゼの関係をぜひとも知りたいねぇ。様々な憶測が飛び交っているけれど、事実はどうだろう」

「おくそく?」


 編んでいる手を止めてエルファーナはカナリスを見上げた。


「そう。エルがリゼの隠し子だとか、リゼの弱みを握っているだとか、あとはリゼにつけ込んで宮殿にまんまと侵入した雌狐とかね。まあ、悪評がほとんどだけれど、事実はどうなんだいってずっと思ってたんだよ。まさか、こんなに小さい無邪気な子供だと思わなかったんだけれどねぇ。リゼはエルのことを話したがらないですし」

「リゼと会ったの?」


 カナリスの言葉が半分も理解できなかったエルファーナだが、最後の台詞だけははっきりと聞こえた。


「リゼは元気?」

「会わせてあげましょうか?」

「ううん…あのね、とってもとっても会いたいけど、わたし、リゼのお仕事の邪魔しちゃうもの。あのね、リゼと出会ってからずっと甘えてたから我慢するの。いっぱいいっぱい迷惑かけたから、ここじゃ、リゼに迷惑かけたくないもん。だからリゼが会いに来てくれるまでわたし待つのよ。リゼが大変じゃなくなったらいっぱい遊んでもらうの。だからね、それまで我慢するの」

「エルファーナ様……」


 黙って聞いていたリーシアが瞳を潤ませた。

 先ほどまでリゼに会えないことを寂しがっていたのに。小さな成長に、リーシアは感極まってしまった。


「……エルはいい子だねぇ。けれどたまにはわがままを言わないと相手に伝わらないよ?」

「だってわたし幸せだもの。ここにはリーシアやアルフィラにイーズでしょ、それにヴァリスやルイーゼ様もいるもの。調理場に行くとね、みんなに内緒よって言って珍しいお菓子をくれるのよ。天気がいいとリーシアたちとお外でお茶を飲むの。馬だって触ったのよ。御使い様のお姿も毎日見れるし。こんなに幸せなのに、リゼまで欲しがってしまったらとってもぜいたく者だと思うの。あったかいお部屋があって、毎日美味しいものが食べれて、わたしきっとだれよりも幸せ者だわ。それに今日はカナリスとお友達になれたもの。ちょっとずつね、お友達が増えていくの。すごいでしょ? みんな優しいのよ。だからリゼがお仕事で忙しくてもわたし我慢できるのよ」


 興奮したように蜜色の双眸をきらきらと輝かせて語ったエルファーナは、本当に自分は大陸一番の幸福者じゃないかと思ってしまった。

 神様に毎日お礼のお祈りをしても足りないのだ。


「――エル、用事を思い出してしまったから花の輪はまた今度教えてくれるかい?」


 エルファーナは大きく頷いた。

 カナリスは、ありがとうとエルファーナの頭を撫でてその場をあとにした。


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