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女王伝  作者: 桜ノ宮
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   その四

 女王候補を迎えた宮殿は、いつになく活気に溢れていた。

 今度こそとはという重苦しい過度の期待が、集まった大臣だけでなく下々の間にも流れていた。

 (せつ)(げん)の女王が神の国へ旅立ってから、数多の女王候補と呼ばれる娘たちが宮殿に腰を据え、様々な試練に挑んだ。

 しかし、女王と認められるには、力が足りず、ある者は自分が女王でないことを悟り、発狂した上に自害し、ある者は野心を抱いた官吏の甘言にのせられて罪を犯し処罰された。

 ここ最近女王候補が見つからなかったせいもあり、何年かぶりの女王候補の誕生は、宮殿中を多いに沸かせた。

 なによりも、ルイーゼ・ハルフォンスが有する力がさらなる歓迎を導いたのだった。過去をひもとけば、癒しの力を宿した女王候補で女王にならなかった者はいないとされている。

 大陸の全土を守る女王と癒しの力が密接な関係にあるからだろう。

 だからこそ、ルイーゼは女王候補であるのに、次代の女王であるかのように接せられていた。

 ルイーゼもそんな雰囲気は敏感に悟っているようで、代々の女王候補が使用している()()宮で女王の風格を漂わせながら試練の時を待っていた。


「女王候補様、本日のお召し物はいかがなさいましょう」


 女王候補付きの女官がしどけない姿で寝台から降りたルイーゼに伺いをたてた。

 ルイーゼにあてがわれた女官は十人を超す。それぞれ役割が決められていて、ルイーゼはただ命じればよいのだ。

 ここではルイーゼは支配される者ではなく、支配する者であった。

 つい前までの生活を思い出したルイーゼは、高笑したくなった。仲間の男と日々の暮らしを得るためになんでもした。金になることならばなんでも。

 そんな自分が今や女王候補だ。

 だれがそんなことを思っただろう。

 神の力?

 いいや、違う。

 これは自分の力だ。

 そして、自分は女王なのだ。

 過去の苦行を思い出し、勝者の笑みが浮かぶ。だれもルイーゼのことを疑う者などいなかった。あの施設での辛い日々が今日この日のための布石だったとするなら、導守だけでなく自分を施設に追いやった両親にも感謝するだろう。

 ルイーゼは自分の顔に映える鮮やかな色遣いのドレスを選ぶと、あとは女官たちのなすがままになった。髪を丁寧に(くしけず)られ、ドレスの着衣が終われば、毒味係が確認したあとの冷めた食事が運ばれてくる。


「リゼはまだ?」


 朝食を摂り終え、柔らかな長いすに背をもたれていたルイーゼは、側に畏まる女官に尋ねた。


「藍玉の君でしたら、まもなくいらっしゃいます」


 ルイーゼはリゼの顔を思い出し、心が浮き立つような感じがした。

 ――彼は、わたくしのモノ。

 いや、彼だけでない。

 (リ・)(レイ)騎士(ハス)すべてが自分のモノなのだ。

 女王に忠誠を誓い、主と仰ぐ彼らは、みな容姿端麗だと聞く。女王のためだけに存在している彼ら。

 数多の女が彼らを熱い眼差しで見つめても、彼らの心を捕らえているのは女王ただ一人なのだ。

 ルイーゼの目的は女王候補と認められ、女王の座につくことだったが、リゼを知り、考えが変わった。リゼは美しい。自分に見劣りしないほどに。

 きっとほかの者たちもそれなりに整っているのだろう。

 そんなに彼らに見つめられ思うがまま命令を下す自分。意のままに操ることができるのだ。

 女王となり、導守を誘惑するのも一興だと思っていたが、その前に八聖騎士を手中に収めるのもいいだろう。

 そのときのことを考えるだけで胸が高鳴った。


「女王候補様、藍玉の君がお見えになりました」

「通しなさい」


 心地よい会話だ。

 自分の言葉は絶対。

 女王候補になった瞬間から、八聖騎士でさえ自分に劣る存在なのだ。


「失礼いたします。ルイーゼ様におかれましては――」


 形式張った口上。

 なんだか隔たりを感じるようで、ルイーゼは苛ついた。


「リゼ、そんな他人行儀は嫌よ」


 黄金をまとう美しい青年に心奪われながら、ルイーゼは甘く言葉を紡いだ。


「ねぇ、リゼ。わたくしをここまで連れてきたのはあなたよ。わたくし、あなたがいないと右もわからないわ。今日は一日側にいてくださるでしょ?」

「……仰せのままに」


 リゼの双眸が感情を隠すかのように下げられた。

 少し間があったのは、きっとあの子供のことを考えていたのだろう。

 孤児の貧相な子供。

 リゼは、女王候補の自分にも優しかったが、彼の意識はいつもあの子供に向いていた。たとえ保護者といえど、八聖騎士であるリゼがよそに関心を向けるのは許せなかった。

 愛されるのはあの子供ではなく、自分だ。

 だいたいリゼで甘やかされてなにもできない醜い少女じゃないか。

 なぜ執拗にリゼが構うのか理解できなかった。


「ああ、それに、ほかの八聖騎士の方々にもお会いしたいわ」

「申し訳ございません。一堂に会するのは、女王の任命式のときのみとなりますので」

「個々でなら問題ないのでしょ? お話がしたいわ。だって、わたくしを守って下さる方々なのでしょ? 今から心を通わせておけば安心だと思うの」


 ルイーゼは自分が次代の女王であるかのように語った。

 ほんの少しだけ眉を潜めたリゼだったが、否定はしなかった。


「では、私から彼らにお話は致しますが、あまり期待はなさらないでください」

「女王候補としての命令でも?」


 ルイーゼの眼差しが細まる。

 リゼはなぜか苦笑した。


「心根が自由な者たちばかりですので」


 その瞬間、ルイーゼはリゼ以外の八聖騎士には認められていないのだと悟った。


「ならば無理強いは駄目ね」


 そう言ってその話を打ち切ったルイーゼは、リゼに司雅宮の案内を頼むのだった。


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