その二
その夜。
静まりかえった広い部屋の中で、エルファーナは眠れない時間を過ごしていた。 リゼに一人で寝るといった手前、リーシアたちに添い寝を頼むことはできなかったのだ。
蝋燭は消さないように頼んだから、まだ温かい光りが室内を照らしていたが、あまりの静けさにだんだん恐怖心が足下からせり上がってきた。
忘れられない孤独感。
あの狭い家で、何日も何日も過ごした。
具合が悪くなって寝込んでもだれも助けてくれない。
楽しげなお喋りを遠目から見つめ、その輪に加わりたいと何度も思った。
しばらくは忘れていた村で過ごしていた日々が思い返され、いてもたってもいられなくなったエルファーナは、羽毛に包まれているかのような寝台から飛び降りた。
薄い寝間着のまま、部屋を出た。
素足であったが、床には階段と同じ赤い絨毯が敷かれていたため冷たくはなかった。
エルファーナは人影を求めてさまよった。
ふらふらと夢遊病者のように歩き回っているうちにますます暗いところへと迷い込んでしまう。階段を下りたのか、それとも上ったのか、今どこを歩いているのかですら定かではなかった。
「……ふぇ……っ」
エルファーナは怖くなって泣き出してしまった。
シンッとした空間に、エルファーナのすすり泣きが反響する。
「――うるさい」
突然側の扉が開いた。
苛立った声に、エルファーナがぴくっと反応する。
怒られるとか知らない人だとかいうことを忘れてエルファーナはその人物に抱きついた。
「わたしに触れるな」
凛とした冷たい声。
けれど孤独感に苛まれていたエルファーナには聞こえなかった。
離れないとばかりにぎゅっとしがみつく。
「寝れ……ないの」
嗚咽を漏らしながらエルファーナがたどたどしく訴える。
「ひとり……怖くて……」
「わたしには関係のないことだ」
その冷たい声の人物は、無情にもエルファーナを引きはがすと廊下に放った。そのまま扉を閉めてしまう。
「……ふ…ぅ……ぇ」
また独りになってしまったことが悲しくて、恐ろしくてエルファーナの瞳から大粒の雫がはらはらと落ちた。
しばらく経つと鳴き声も小さくなって、いつの間にかエルファーナは泣き疲れて眠っていた。
エルファーナが寝入ってしまってからまもなく、侵入を防ぐかのように固く閉まっていた扉が、ゆっくりと開いた。
「――まだいたのか」
部屋の主は、廊下で無防備に眠る物体に気づいて不機嫌そうな顔をした。
しかしながら放置しておくわけにはいかないだろう。
なにより朝方は冷える。薄着の娘を放っておいて風邪でも引かれたら、彼のせいではないとはいえ、少しばかり関わってしまった以上寝覚めが悪い。
かといって少女が何者か知らないし、部屋の場所もわからない。
しかたなく少女を抱き上げた彼は、自室の寝台へと少女の体を横たえるのだった。涙の跡は残っていたが、寝顔はあどけなかった。年の頃は十歳前後だろうか。細い体は華奢というより、肉がそげ落ちているかのようだった。
体を丸め、殻に閉じこもるように眠る見知らぬ少女。
彼は考えた。
この少女は何者だろうと。
この宮殿に子供はいなかったはすだ。
けれど思考もすぐに閉ざされた。
どうでもいいことだ。
少女が何者であっても彼には関係なかった。
自分の寝台を譲った彼は、深淵を宿す漆黒の双眸を眇め、身を翻した。
そのまま書斎へと足を向け、朝方まで読書にふけるのであった。