表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女王伝  作者: 桜ノ宮
15/41

   その四

 美しいものが好きなルイーゼは、見目のよいリゼを気に入っていた。キスしたときの初な反応を思い出し、ぺろりと唇を舐めた。


「よぉ、ご機嫌だな、女王候補さんよ」


 狭く、清潔とはいいがたい部屋に入ったルイーゼは、そこに相方の姿を見つけて薄く笑った。


「そうよ。わたくしは女王候補。かしずいたらいかが?」

「はっ、おめぇのような奴が女王候補とは世も末だな!」


 男は嘲笑した。

 皮肉そうな笑みを片頬に浮かべる男からは、朗々と語っていた快活さはない。どこか陰気な双眸が、輝くばかりに美しいルイーゼに注がれる。

 男の名はバッス・ガーディ。

 箔凰地方を中心に流れ歩く者であった。

 金を稼ぐためならばいかさまでもなんでもする悪人だ。見た目はいいせいか、貴婦人たちはコロッとだまされる。劇団員の一員でもあった彼にかかれば、どんな嘘くさい芝居も真に迫って聞こえるだろう。

 ルイーゼが彼に出会ったのは、一年前のことであった。

 山奥にある施設で育ったルイーゼが一人前と認められた日、施設の頂点に君臨する(どう)(しゅ)が見識を深めるためとしてバッスを連れてきたのだ。

 ルイーゼが施設を出て大陸をまわるには、腕が立ち、裏の世界にも顔の利くバッスは適任であった。

 なにより彼は、施設のことを知っていた。

 そのことがルイーゼに力を発揮させやすい場を作り出した。彼の巧みな話術と知恵があれば、お金には困らなかったし、旅も順調であった。


「導守に伝えて。わたくしは、女王となる、と」


 笑顔を消したルイーゼはバッスに命じた。


「ああ。わかってるさ。導守も喜ぶだろうよ」

「これで、わたくしもあなたも自由……」


 ほっそりとした指先が、バッスの頬を滑っていく。官能的な動きに、その手を荒々しく取ったバッスが、ルイーゼを硬いベッドの上に組み敷いた。


「ちげぇな。籠の中の鳥は一生囚われたままさ」


 バッスが苦々しく吐き捨てた。


「お嬢ちゃん、おめぇは知らねぇだろうが、オレも施設で育ったのさ」


 初めて知った事実に、ルイーゼの藍色の瞳が大きく見開かれる。


「施設で育ったオレらに自由なんかねぇ。あるのは監視と絶望と死だけさ」

「いいかい、女王候補さん。これからが正念場さ。この先は一人でうまくやるんだ。失敗すればあちこちに潜んでる刺客がおめぇの命を奪うだろうよ」


 暗く暗く濁った双眸の奥には、微かにルイーゼを案じる色があった。

 けれどルイーゼは高らかに笑い飛ばした。


「失敗? このわたくしが? わたくしは女王候補と認められたのよ! (リ・)(レイ)騎士(ハス)にね。藍玉の騎士といえば、八聖騎士の中で(さい)たる人物よ。彼さえ抑えておけばほかの騎士など口を挟めないに違いないわ。わたくしに堕ちない男はこの世にいて?」


 蠱惑的に微笑んだルイーゼ。

 潤んだ藍色の目で見つめられて動揺しない男はいないだろう。汚い敷布の上に、白い肌と黒い髪が広がっていた。妖しいまでの美しさを持つ少女に、見慣れていたバッスも目を奪われた。


「淫売めっ」


 口汚く罵ったバッスは、けれど欲望は隠せなかった。情欲で濡れた目がルイーゼの悩ましい肢体に走る。


「わたくしが欲しい?」


 バッスの首に腕を巻き付け、ふっと耳元に息を吹きかけた。

 それが合図だったかのように、バッスがルイーゼの口を塞いだ。舌を絡めつつ、性急にルイーゼの服を脱がす。

 まるで若者のような飢えた姿に、ルイーゼは笑いがこみ上げそうになった。男を手玉に取るのはルイーゼにとって空気を吸うより簡単なことであった。誘うような流し目でもくれれば、男は簡単にいいなりになるのだ。

 ルイーゼは、自分の体を貪るバッスを冷めた眼差しで見つめながら、これからのことを思い浮かべて心を高揚させた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ