その四
美しいものが好きなルイーゼは、見目のよいリゼを気に入っていた。キスしたときの初な反応を思い出し、ぺろりと唇を舐めた。
「よぉ、ご機嫌だな、女王候補さんよ」
狭く、清潔とはいいがたい部屋に入ったルイーゼは、そこに相方の姿を見つけて薄く笑った。
「そうよ。わたくしは女王候補。かしずいたらいかが?」
「はっ、おめぇのような奴が女王候補とは世も末だな!」
男は嘲笑した。
皮肉そうな笑みを片頬に浮かべる男からは、朗々と語っていた快活さはない。どこか陰気な双眸が、輝くばかりに美しいルイーゼに注がれる。
男の名はバッス・ガーディ。
箔凰地方を中心に流れ歩く者であった。
金を稼ぐためならばいかさまでもなんでもする悪人だ。見た目はいいせいか、貴婦人たちはコロッとだまされる。劇団員の一員でもあった彼にかかれば、どんな嘘くさい芝居も真に迫って聞こえるだろう。
ルイーゼが彼に出会ったのは、一年前のことであった。
山奥にある施設で育ったルイーゼが一人前と認められた日、施設の頂点に君臨する導守が見識を深めるためとしてバッスを連れてきたのだ。
ルイーゼが施設を出て大陸をまわるには、腕が立ち、裏の世界にも顔の利くバッスは適任であった。
なにより彼は、施設のことを知っていた。
そのことがルイーゼに力を発揮させやすい場を作り出した。彼の巧みな話術と知恵があれば、お金には困らなかったし、旅も順調であった。
「導守に伝えて。わたくしは、女王となる、と」
笑顔を消したルイーゼはバッスに命じた。
「ああ。わかってるさ。導守も喜ぶだろうよ」
「これで、わたくしもあなたも自由……」
ほっそりとした指先が、バッスの頬を滑っていく。官能的な動きに、その手を荒々しく取ったバッスが、ルイーゼを硬いベッドの上に組み敷いた。
「ちげぇな。籠の中の鳥は一生囚われたままさ」
バッスが苦々しく吐き捨てた。
「お嬢ちゃん、おめぇは知らねぇだろうが、オレも施設で育ったのさ」
初めて知った事実に、ルイーゼの藍色の瞳が大きく見開かれる。
「施設で育ったオレらに自由なんかねぇ。あるのは監視と絶望と死だけさ」
「いいかい、女王候補さん。これからが正念場さ。この先は一人でうまくやるんだ。失敗すればあちこちに潜んでる刺客がおめぇの命を奪うだろうよ」
暗く暗く濁った双眸の奥には、微かにルイーゼを案じる色があった。
けれどルイーゼは高らかに笑い飛ばした。
「失敗? このわたくしが? わたくしは女王候補と認められたのよ! 八聖騎士にね。藍玉の騎士といえば、八聖騎士の中で最たる人物よ。彼さえ抑えておけばほかの騎士など口を挟めないに違いないわ。わたくしに堕ちない男はこの世にいて?」
蠱惑的に微笑んだルイーゼ。
潤んだ藍色の目で見つめられて動揺しない男はいないだろう。汚い敷布の上に、白い肌と黒い髪が広がっていた。妖しいまでの美しさを持つ少女に、見慣れていたバッスも目を奪われた。
「淫売めっ」
口汚く罵ったバッスは、けれど欲望は隠せなかった。情欲で濡れた目がルイーゼの悩ましい肢体に走る。
「わたくしが欲しい?」
バッスの首に腕を巻き付け、ふっと耳元に息を吹きかけた。
それが合図だったかのように、バッスがルイーゼの口を塞いだ。舌を絡めつつ、性急にルイーゼの服を脱がす。
まるで若者のような飢えた姿に、ルイーゼは笑いがこみ上げそうになった。男を手玉に取るのはルイーゼにとって空気を吸うより簡単なことであった。誘うような流し目でもくれれば、男は簡単にいいなりになるのだ。
ルイーゼは、自分の体を貪るバッスを冷めた眼差しで見つめながら、これからのことを思い浮かべて心を高揚させた。