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女王伝  作者: 桜ノ宮
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   その三

 ハルスはリゼのように長身ではなかったが、身長の低いエルファーナよりはずっと大きい。頭一つ分以上違うだろうか。

 ハルスは、迷子にならないようにとエルファーナの手を握ってくれた。

 そんな小さな気遣いが嬉しくて、リゼに捨てられてしまったかもという不安が吹き飛んだ。


「さ、ここがお望みの教会でっす!」


 真っ白な建物の頭上には、金色の十字架がかかげられていた。

 ここ何日か天気が悪くて連れてきてもらえなかったが、初めてリゼに連れてきてもらった感動は多分一生忘れないだろう。

 厳かで、壮麗な建物を前に、エルファーナは跪いていた。


「我が(しゅ)、我が(あるじ)……感謝……します」


 いつも言葉につまってしまう。

 言いたいことはいっぱいあるのに、圧倒されてしまっていつも同じ言葉しか言えない。


「ほらほら、まだお祈りは早いよ? そういうのは、中に入ってからね」


 けれどエルファーナは首を振って拒んだ。


「いいの。ここで」


 だって、中に入るのは相応しくない。

 神に仕える日を夢に見ているが、なれると信じているわけではない。

 自分は悪魔の子。

 忌み子なのだ。

 自分のせいで聖職者はいなくなり、みんなに災難が降り注ぐのだ。

 リゼは、それはすべて自分を傷つけるための嘘だと言ってくれたが、エルファーナにはそうは思えなかった。

だってエルファーナはちゃんと知っているのだ。悪魔の子である証を身の内に宿していることを。

 けれどそんなことはリゼに決して言えない秘密であった。もし知られてしまったら、きっとリゼも悪魔の子と罵って離れていってしまうだろう。


「変わってる。ま、君がそれでいいならいいけど……、なに、泣くほど嬉しいの?」


 感極まって涙が流れていたらしい。

 ハルスの指摘で初めて気づいたエルファーナは、袖口で慌てて拭った。


「あ……、見てごらん。御使(みつか)いだよ」


 ハルスが指さすほうには、清楚な衣装に身を包んだ聖職者がいた。

 教会にいるのは男性だけだ。

 女は聖女と呼ばれ、人里離れた教会の中で一生を神に捧げながら終えるという。

 御使いと呼ばれる聖職者は、主に布教活動をする人たちのことで、教壇に立って聖書を説く権利を与えられている。一番上の位の教主までは、何階級かあるが、下っ端の従見習いよりはずっと位が高い。

 一つの教会に御使いは一人と決まっていて、この教会の御使いは彼なのだろう。白髪の長い髭に重圧感を覚えるが、優しげな顔立ちは、だれでも心を開いてしまいそうな温かさがある。

 食い入るように御使いを見つめていたエルファーナは、あふれ出た涙を何度も何度も拭った。

 なんて身にまとう空気が清らかな方なのだろう。

 遠目から見ているだけで、自分の汚い部分が浄化される気がして感嘆としたため息をもらした。


「ねぇ、もう行こうよ。こんなとこいてもつまんないし」


 御使いを陶然とした眼差しで見つめ身じろぎもしないエルファーナとは対照的に、教会に興味のないハルスは退屈そうに欠伸をした。

 そこでようやく一人ではないことを思い出したエルファーナは、ずっと付き添ってくれたハルスを見上げた。


「あの、ありがとう……」


 ずっと側にいてくれて。

 ここに連れてきてくれて。

 めいっぱい感謝を込めてお礼を言うと、ハルスは軽く目を見開いたあと、大輪の花のような美しい笑みを浮かべた。


「どういたしまして、おチビちゃん」


 エルファーナは名前を名乗ったのだが、彼はおチビちゃんと呼ぶことをやめないのだ。

 それからエルファーナといっぱいお喋りをしながら大通りを歩いた。

 ハルスは見た目が華やかなせいか、男にも女にも声をかけられていた。けれどハルスは冷淡な態度で誘いを断り、「悪いけど、連れがいるから」そう言ってハルスはエルファーナの肩に手を回す。


「妹……?」

「ぷっ、似合わない」

「女のほうって驚くほどの醜女(しこめ)ね。アレで釣り合ってるって思ってるのかしら」

「まだガキじゃない」

「まるで骨と皮だけみたい」


 ハルスに振られた者たちは、腹いせとばかりに陰口を叩いた。

 彼女たちは、顔の造作(ぞうさく)に惑わされてエルファーナの透明感のある美しさなど気づいてもいないのだろう。

秀麗な顔立ちだからというだけで群がってくる連中に反吐がでそうだったハルスの機嫌も下降していく。それでも暴言を吐かなかったのは、そばにエルファーナがいたからであった。


「ハルス……? 具合、悪い?」


 エルファーナが心配そうにハルスの顔を覗き込む。

 その清らかな瞳を目に入れたハルスは、思わずエルファーナを抱きしめていた。


「こういうのを癒されるっていうんだろうな……。ほんと持って帰りたいかも。なんか幼女趣味の連中の気持ちわかったかも……。純粋っていいねぇ」


 あぁ、いっそリゼって奴を殺して……などと物騒なことを口にし始めたハルスは、エルファーナの絹糸のような髪をもてあそんだ。

さらさらとこぼれ落ちていく銀髪は、艶やかで美しい。

目の肥えた貴族ならば、大金を積んででも欲しがるかもしれない。それほどに珍しい色の髪であった。

 人の往来が激しいど真ん中で堂々とエルファーナに抱きついていたハルスは、しばらくすると渋々ながらに体を離した。そしてちょっと複雑そうに、つんとエルファーナの額を人差し指で押した。


「いい? 変な人にいきなり抱きつかれたら叫ばないと駄目だからねっ。そんで暴れるの。わかった? 無防備過ぎて心配だよ」

「あったかいのに……? わたし、くっつくの大好き。リゼにもいっぱいくっつくの」

 にこにこと無邪気に爆弾発言するエルファーナに、ハルスは目眩を感じたようによろめいた。が、踏ん張ると引きつった顔で確認してきた。


「リゼって奴は家族? 親戚? お友達? 知り合い? さあ、どれ? まさか赤の他人とか? 脂ぎったおじさんとかんじゃないよね? それとも今にもくたばりそうなじじい? いや待って。若いの? 変なことされてない? 自分好みに育てちゃお~なんて変態男じゃない?」


 ハルスの言葉が半分も聞き取れない上に理解できなかったエルファーナは、こてんと首を傾げた。


「可愛いなぁ~。癒し系ってやつ? 部屋に飾っておきたいかも」


 へにゃっと目尻を下げたハルス。

 普通ならいやらしく映る好色な顔つきも、上品な美貌のハルスだと下品に見えないから不思議だ。

 エルファーナはわけがわからず、じっとハルスを見つめていたが、ふと視界の端をかすめた色に心を奪われた。


「ちょっ――……、おチビちゃん?」


 焦ったようなハルスの声も耳に入らないエルファーナは、人混みからちらっと見えた金色の光りを目指して走った。


「リ、ゼ……ッ」


 小さなエルファーナが人混みをかき分けながら走るのは困難であった。睨まれたり、罵倒されながらも金の残像を追いかけるかのように手を伸ばして叫んだ。


「リゼッ、リゼッ!」


 エルファーナにはすぐリゼだってわかった。金髪の人はたくさんいるけれど、リゼの髪は、本当に輝くような黄金で、エルファーナはちらっと見ただけでもアレがリゼだってちゃんと確信していた。

 けれど、人の波にのまれて金色はあっという間に見えなくなってしまう。

 周りは背の高い大人ばかりで、立ち止まったエルファーナを邪魔そうに押していく。


「あ……」


 だれかの腕が背にあたり、よろけそうになったそのとき、ふわりと柑橘系の香りが鼻をかすめた。ついで地面に打ち付けられようとしていた体が、力強く抱き留められる。


「エルファーナ」


 低いけれど優しさと慈愛に満ちた声。

 顔を上げたエルファーナはそこに焦がれていた人物を見いだした。


「声が聞こえたんです……あなたの声が……」


 柔らかな声音の中に、後悔と困惑の色が見え隠れしていた。エルファーナを独りにさせてしまったことをようやく思い出したのだろう。


「リゼ、リゼ……ッ」


 迷子になった子供が親を見つけてほっとしたように、エルファーナは何度も彼の名を呼んで抱きついた。

 追いかけてきたハルスは、必死にエルファーナをあやしているリゼを見るとひゅっと口笛を吹いてから、彼女に声をかけることなくそっと姿を消したのだった。


「行か……いで、」


 どこにも行かないで、とエルファーナは叶わぬ願いをつい口にしてしまった。


「エルファーナ……」


 リゼはエルファーナを抱き上げると目線をしっかりと合わせた。エルファーナの孤独を知っているリゼは、己の身勝手さをこのときばかりは恨んだ。真綿にくるむように大切にしたいと思っていた少女をほかならぬ彼が傷つけてしまったのだ。


「私は、あなたの保護者失格ですね……」

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