朱羅の場合
高台の上にある城の城門の前でリュネットは侍女が止めるのも聞かずに立ち続けていた。
金髪を風に揺らし、両手を胸の前で合わせて佇む姿は可憐なリュネットをより儚くしている。
その隣で侍女が心配そうに周囲を見ながら声をかけた。
「姫様、石碑の封印をなさってお疲れでしょう?城の中でお休み下さい」
侍女の必死の懇願姿に門番も説得に加わる。
「勇者様は無事に帰って来られますから、姫様は城の中でお待ち下さい」
そこに老齢の渋い声が響いた。
「リュネット様、こちらにおられましたか。あまり我が儘を言って侍女たちを困らせてはなりませんよ」
リュネットが振り返ると宰相が穏やかな笑顔で歩いてきていた。その姿に侍女と門番が頭を下げる。
「勇者様はお強い方です。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
宰相の言葉にリュネットは眼下に広がる城下町とその横を流れている大河とその先にある森を見た。
「私もご一緒できたらよかったのですが」
リュネットの言葉に侍女が悲鳴のような声をあげる。
「なりません!姫様は魔王を封印するという責務がございます。その前にそのお体を危険にさらすなど!」
宰相も侍女の意見に同意する。
「侍女の言う通りです。リュネット様は自分のお体を守ることを一番にお考え下さい。王都の石碑の封印で魔力を消費しておりますし、お休み下さい」
リュネットはうつむきながら言った。
「ですが、勇者様が王都の周囲の魔物退治に行かれているのに、私だけ安全な場所で休んでいるなんて心が苦しくて」
「リュネット様はお優しいですからな。その優しさのおかげで勇者様は封印に力を貸して下さり、こうして周辺の魔物退治までして下さると言われた。召喚したときはどうなるかと思いましたが」
と、召喚したときのことを思い出して宰相は無意識に身震いをした。
「と、とにかく、リュネット様の優しさで勇者様は変わられたのです。そのリュネット様に何かありましたら、それこそ一大事です。さあ、城の中に入りましょう」
「わかりました」
リュネットが諦めて城門をくぐろうとしたところで街中から歓声が響いてきた。そちらの方を見ると城へと続く大通りに人々が出て、その中心を高速で移動しているものに向かって手を振っていた。
「勇者様!」
リュネットが思わず城門から駆け出そうとしたところを門番が止める。
「危険ですので、このままお待ち下さい。あのスピードならすぐに到着します」
徐々に近づいてくる姿にリュネットは駆け出しそうになる足をどうにか抑えて待つ。
それは門番の言葉どおり数分で城門の前に到着した。
リュネットは、はやる心を隠して優雅に膝を折って声をかけた。
「おかえりなさいませ。お怪我はございませんか?」
リュネットが出迎えた先には、地面から数十センチほど浮いた馬の胴体のような形をした乗り物に乗った青年がいた。怪我どころか服さえ汚れておらず、風にのって銀髪がなびいている。
「怪我はない」
そう言いながら青年は乗り物から降りると宰相に声をかけた。
「退治した魔物を街の外に置いてきた。必要ないなら森の中に捨ててくるが、どうする?」
その言葉に宰相は小躍りしそうなほど喜んだ。
「さすがは勇者様!是非、そのままにしておいて下さい。魔物は魔法道具を作るのに貴重な材料となるのです。すぐに回収に行かせますから」
宰相の言葉を聞いて青年がため息を吐く。その動作に宰相の体がビクリと固まった。
「勇者ではなく名で呼べと言っただろ」
「し、失礼しました。朱羅様」
宰相のあまりの怯えぶりに朱羅は再びため息を吐きながら言った。
「これはどこに置いたらいいんだ?」
朱羅が乗り物を見る。宰相は城から少し離れたところを指差しながら説明した。
「ウマでしたら、この奥に馬舎があります。ですが兵に片付けさせますので、そのままにしておいて下さい」
「自分が使ったものだ、自分で片付ける」
そう言うと朱羅は再び乗り物に乗って走り去った。
「よくわからないお方だ」
宰相は額の汗を拭きながら隣を見る。そこには朱羅の外見に魅入ったまま現実に戻ってこられない侍女と門番の姿があった。
「お前たち、呆けていないで仕事に戻りなさい」
宰相の注意に門番と侍女が慌てて姿勢を正す。
「失礼しました!」
「姫様、城に戻りましょう……姫様?」
侍女に声をかけられても返事がないリュネットに宰相も声をかける。
「どうかされましたか、リュネット様?」
リュネットは返事をせずに馬舎があるほうを見ていた。
「……朱羅様」
その呟きとほんのりピンクに染まった顔で、その場にいた全員がリュネットの心情を察した。




