オーブの場合
荒野のど真ん中に石造りの小さな祠があり、その中には水晶で造られた石碑が見える。
その祠の前に淡い金髪の少年とカミーユが立っていた。
二人から少し後ろに下がった場所に神官長や神官たち、以下街の人たちが野次馬状態で集まっている。
「オーブ様、無理はなさらないで下さい。お一人の魔力で異世界間移動をされているのですから、今日はお休みになられたほうがいいと思います」
神官長の呼びかけに金髪の少年が怒鳴る。
「だ、か、ら、様付するな!寒気がするだろうが!」
「無駄ですよ、オーブ。神官にとって勇者様は神同然なんですから」
カミーユの諭すような言葉にオーブと呼ばれた少年がため息を吐く。
「ま、カミーユだけでも呼び捨てしてくれるから良かった。お前まで様付けするなら、とっとと元の世界に帰っていたよ」
冗談に聞こえない言葉にカミーユが苦笑いをする。
「それは困ります。僕たちの生活がかかっているので。ですが、本当に大丈夫ですか?」
「あぁ。ここを封印するのに使うぐらいの力ならある。どうせなら、ここを封印してすぐに出発してもいいぐらいなんだけどな」
カミーユが肩をすくめて困った表情になる。
「旅の準備もありますし、出発は明日でお願いします。では、はじめましょうか。二人で同じ量の魔力を同時に石碑にぶつけるだけですので」
「ふーん。じゃあ、オレがお前の力の量に合わせるから、とりあえず全力出してみて」
異世界間移動でかなりの魔力を消費しているはずなのに、それでもカミーユの全力より多い魔力が残っているのか、それともカミーユの魔力量を軽んじているのか。
どちらなのかカミーユには分からなかったが、あまりいい気分ではない。
だが、カミーユはそのことを表情に出すことなく両手を前に出した。そのまま全身の魔力を集中させ、手のひらの上に白く輝く魔力の玉を作り出した。小さいがこれ一つで小高い山をふき飛ばせるぐらいの威力がある。
その魔力の玉を見てオーブが軽く口笛を吹いた。
「へぇ、結構、力があるね。じゃあ、オレもするか」
オーブも両手を前に出して集中をはじめる。
そこでカミーユは奇妙な感覚がした。地面は動いていないのに足元がオーブにむかって引っ張られているような気がするのだ。大地のすべてをオーブが吸い上げているような感じだ。
カミーユの意識まで吸い込まれかけたところでオーブが訊ねた。
「こんなもんか?」
オーブの声でカミーユの意識が戻る。カミーユがオーブの両手を見ると、そこにはカミーユの魔力とまったく同じ量の魔力の玉があった。
カミーユはオーブの魔力量とコントロールの良さに驚きながらも、出来て当然のように頷いた。
「はい。では、それを掛け声に合わせて石碑に投げて下さい」
「わかった」
カミーユとオーブがボールを投げるように構える。
「行きますよ。せーの!」
二つの魔力の玉が同時に石碑にぶつかる。そのまま石碑に吸収された魔力の玉は次の瞬間、打ち上げ花火のように上空に飛んで弾けた。そして半透明の膜となって街全体を覆い尽くした。
その光景に今まで黙って見ていた野次馬達から歓声があがる。あまりの騒ぎぶりにオーブは声を少し大きくしてカミーユに話しかけた。
「これで成功か?」
オーブの質問にカミーユは全身の魔力が抜けて重くなった体を誤魔化すように平然と答える。
「そうです」
疲労困憊のカミーユに対してオーブは何事もなかったかのように話を進めていく。
「明日、出発って言っていたが何処に行くんだ?いきなり魔王の城ってことはないだろ?」
「まずは西にあるバルダの街に行きます。そこにはノゼの街の勇者様も来る予定になっていますので、合流をしてから王都へ行きます」
オーブがふと首を傾げて訊ねた。
「ノゼの街の勇者って、どんな人?」
「先ほど入った情報によりますと、黒髪で人形のように可愛らしい少女だそうです。まぁ、オーブほどではないでしょうが」
カミーユの言葉にオーブが明らかに不機嫌な表情をする。
「お前なぁ、それは嫌味か?」
「あなたが男という時点で世の中の全ての女性を敵にまわしているんですから。女性達の気持ちを代弁したまでです」
「オレだって好きでこの顔に生まれたわけじゃないんだけどな。それにお前も男だろ。代弁する必要ないと思うんだけど」
迷いなく性別を当てられたことにカミーユは珍しく素直に驚きを表現した。美形とまでは言われないが、中性的な顔立ちのため、初めて会う人は性別が判断できないことが多いのだ。
カミーユは髪と同じ色をした茶色の瞳を丸くして、腰まである茶色の髪を背中に振り払った。
「よく男だと分かりましたね。仕事上、性別を曖昧にして過ごすようにしているのですが」
「オレも仕事上、女で通すことがあるからな。見分ける目は持っているつもりだ。で、あと二つの街に召喚した勇者の情報は?」
「まだ入っていません」
「だろうな。二人共、最悪のタイミングだったから対応に苦戦しているか、封印どころじゃないってところか」
「お言葉ですが、同居している方とは限りませんよ。多数ある異世界の中から魔力が強い人を召喚しているのですから。同じ世界から召喚されることさえ珍しいことです」
カミーユの説明を気にすることなくオーブは軽く笑った。
「へぇ、そうなのか。ま、会えばわかるさ。じゃ、旅の準備をしよう。何が必要なんだ?」
そう言いながらオーブはカミーユを促して歩き出した。




