バルダの街の勇者の場合
バルダにある神殿では神官たちと魔導師たちが青ざめていた。
神官たちと魔導師たちの前には、この国には滅多にいない黒い髪と黒い瞳を持ち、妖艶な美しさを放つ美の女神のような二十歳ぐらいの女性がいた。しかし、その神々しい外見とは裏腹に無差別に振りまいている殺気が半端ない。
召喚して魔法陣に現れた女性の美しさに、その場にいた全員が見惚れていると、月のない夜のように暗い瞳が容赦なく射抜いたのだ。しかも殺気付きである。全員の意識が一斉に覚めたのは言うまでもない。
女性は形の良い綺麗な唇を動かして怒りながら言った。
「誰の許可を得て人を勝手に召喚したのよ?しかも人が楽しみにしているタイミングで召喚するなんて!おかげで朝一番の『おはようございます』の笑顔が見られなかったじゃないの」
まったく意味が解らない女性の主張に誰も何も言えない。
全員が硬直している中、フェリクスは持ち前の美貌で笑顔を作って女性に近づいた。この笑顔で頬を赤めさせなかった女性はいないという曰くつきのものだ。
フェリクスは自慢の白に近い金髪をなびかせながら優雅に女性に頭を下げた。
「突然のご無礼をお許し下さい」
女性が静かにフェリクスの方を見る。
「どうしても、あなたのお力が必要なのです。話だけでも聞いていただけませんか?」
フェリクスは女性をエスコートしようと手を差し出したが、女性は興味なさそうにその手を弾いた。
「これ以上、私の機嫌を悪くしたくなかったら、私の許可なく発言しないこと。いいわね」
そう言いつけられたフェリクスは今まで受けたことのない女性からの扱いと、自分の美貌が通用しない事実を突きつけられ呆然となった。
女性はそんなフェリクスを無視してポケットから小さい板のようなモノを取り出して耳にあてる。少しの間を置いて女性が板のようなモノに話しかけた。
「もしもし?なんかいきなり召喚なんかされたんだけど、そっちで元いた場所に戻してくれない?」
板のようなモノを通信機と判断した神官たちと魔導師たちが女性の発言に慌てる。だが女性が睨みつけただけで誰も声を出せなくなった。
「……あら、そうなの。なら、しばらくはここにいたほうがいいわね。……了解。何かあったら連絡するわ」
そう言って女性は小さな箱のようなモノをポケットに収めた。
「あんた達、他の人も召喚したのね?」
今まで恐怖で固まっていた神官長が声をあげる。
「何故それを知っているのですか!?」
驚く神官長を見ながら女性はため息を吐いた。
「私以上に最悪のタイミングで召喚するなんて。どこに召喚されたかは知らないけど、そこにいる人たちが無事だといいわね。ま、私には関係ないことだけど」
ほとんど独り言に近い言葉に神官長は恐る恐る訊ねた。
「あの、それはどういう意味でしょうか?」
その質問に女性の黒い瞳が細くなる。
「自分たちで連絡とって確認すればいいでしょ?居、食、住の確保を約束するなら話ぐらい聞いてあげるけど、どうする?」
堂々とした女性の態度と、呆然自失しているフェリクスを見て、神官長の言うべき言葉は一つしかなかった。
ここに超自己中心的な勇者が召喚されたのだった。




