王が誤算した場合
サブタイトルを「人はそれを地雷と呼ぶ」にするか迷いました。
勇者一行の視線が集まっていることなど気が付いていない宰相が、王に声をかけようとしていた。
だが、それよりも早く王が王座より立ち上がり会場を見渡した。
突然の行動にその場にいる全員の視線が王に集まり静寂が会場を包む。
王は全員が注目していることを確認すると威厳のある声で発表をした。
「ここにいる諸君に報告したいことがある。この度、召喚した勇者についてだ」
会場にいる人たちの視線が一箇所に集まる。その集まった視線に蘭雪が小さく舌打ちをした。
だが、王は蘭雪の態度を気にすることなく悠然と言葉を続ける。
「突然の召喚にも関わらず快く魔王の封印を承諾した勇者に私の大切なものを授与したいと思う」
蘭雪が小声で愚痴る。
「まったく快くではないのだが」
そんな呟きなど聞こえていない王は言葉に力を込めて言った。
「カルシの街の勇者と、バルダの街の勇者にはこの国一番の穀倉地帯であるメール地方と、鉱山があるユル地方を領地として授与する」
その決断に驚きの声があがる。王は周囲の反応を見て満足そうに話を続けた。
「そして、ノゼの街の勇者には我が息子である第二皇子のセルジュを。王都の勇者には我が娘である第三皇女のリュネットをそれぞれ授ける」
言葉が終了すると同時にどよめきが起こる。
特に勇者一行を中心に危うい空気が流れ出していた。不機嫌と殺気の入り混じった気配にオレールまでもが後ずさる。
そんな中、紫依だけが平然と一歩前に出て王に向かって声を出した。
「お初にお目にかかります。ノゼの街の勇者と呼ばれています紫依と申します。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
人形のように可愛らしい姿ながらも、よく通る清らかな声で穏やかに訊ねてきた紫依に王の顔も思わず緩む。
「あぁ、いいだろう」
「私と朱羅に授けると言った方々は人ですよね?人を授けられても困るのですが」
紫依の質問に会場にいた人々が首を傾げるが、王は納得したように頷いた。
紫依もリュネットと同様で純粋に育ったため、言葉の内容をそのままの意味で受け取ったと理解したのだ。
王はそんな紫依に好印象を持ちながら丁寧に説明を始めた。
「授けるというのは伴侶にするということだ。もちろん土地も財産も生活に不自由がないようつける」
その内容に紫依がますます首を傾げる。
「伴侶とは結婚をする、ということですよね?結婚とはお互いを知り、恋愛関係を通過して夫婦になるではないのですか?政略結婚などの場合もありますが、ここではその必要ないと思います」
紫依の純粋な意見に王が幼子に諭すように話す。
「それは魔王を封印してからゆっくりと育めばよい。親バカだと思われるかもしれないがセルジュは外見も気質もよい。悪い話ではないと思うぞ。リュネットは朱羅殿を慕っておるし、朱羅殿もまんざらではないようだからな」
その言葉に朱羅の片眉がピクリと動く。
そこにセルジュが歩き出した。その行動に人々が一歩下がり、紫依への一本道が出来あがる。
セルジュは紫依の前まで来ると片膝をついて右手を差し出した。
「先ほどは勇者様と知らず失礼いたしました。ですが、これだけは信じていただきたい。私はあなたが勇者であろうとなかろうと関係ありません。あなたの姿を一目見たときより心を奪われました。どうかこの手をとっていただけないでしょうか?」
第二皇子の突然の公開プロポーズに周囲の女性から羨望の眼差しが集まる。
だが紫依は人形のように表情を固まらせたまま頭を下げた。
「すみません。私はその感情がわからないので、お応えすることができません。失礼いたします」
そう言うと紫依は踵を返して早足で会場から出て行った。
「紫依様!」
紫依の突然の行動にオレールが慌てて追いかける。その様子を見ながらオーブは静かに気配と姿を消した。
第二皇子の公開プロポーズが公開失恋となり会場がざわめく。
そんな中、朱羅の超不機嫌な声が響いた。
「まんざらではない、とはどういうことだ?」
決して大きな声ではなかったが地を這うように会場全体に浸透した。言葉の圧力だけで誰も動けなくなる。
硬直したまま口さえも動かせない王を朱羅が翡翠の瞳で貫く。
「どういうことだ?」
王は気圧されて崩れかける体をどうにか維持して声を絞りだした。
「しょ、召喚された時、リュネットの言葉で話を聞いてくれたではないか。魔王の封印に協力をして、王都の石碑の封印をしてくれたではないか。それだけではなく王都の周囲にいる魔物も騎士を休ませるために一人で退治をするなど、リュネットの言葉でいろいろと我々を助けてくれたではないか」
王の言葉を黙って聞いていた朱羅は淡々と説明を始めた。
「召喚されたときは寝ぼけていたからな。話を聞いたのは丁度目が覚めてきたところだったからだ。魔王の封印は紫依がその場にいたら、それを望むと思ったからだ。魔物退治は紫依が王都に来やすくするためだ。一人で行ったのは他に人がいると足手まといになるからだ」
当然のように出てくる紫依の名前に王は思わず訊ねていた。
「ノゼの街の勇者とは恋仲なのか?」
「いや、友人の妹だ」
その回答に王だけでなく、その場にいる全員の口が半開きとなった。
「友人の妹というだけで、そこまでするのか?友人に大きな借りでもあるのか?」
王の問いに朱羅が少し考える。
「借り……紫依をここまで無事に育てたことは借りになるか」
確信が見えない会話に宰相が入る。
「朱羅様はノゼの街の勇者様をお慕いしているのですか?」
宰相の質問に朱羅が少し首を傾げた。
「紫依は友人の妹だ。何故、そうなる?」
その返事に誰も何も言えない。
朱羅は不思議そうに蘭雪を見た。
「会話が成り立たないのだが」
「仕方がないだろ。誰も理解できないのだから」
そう言うと蘭雪は鋭い視線で王を睨みながら言った。
「紫依は私たちにとって家のようなものだ。彼女がいる場所が私たちの帰る場所。だから彼女を害するものは全て排除する。そして彼女が望むことは叶える。ただし彼女が傷つかないことに限りだ。彼女が傷つくのであれば、たとえどんなに彼女が望もうとも私たちは全力で止める」
朱羅が言葉を続ける。
「今回のことも、紫依ならこの世界の安定のために魔王の封印をすることを望むと思い、協力したまでだ。もし紫依の身に危険があるなら俺たちは即座に引き上げる」
断言した朱羅に蘭雪が大きく頷く。
「その通り。そちら都合でこれ以上、彼女を惑わしたり傷つけたりするのであれば、私たちは自分の世界に還る」
蘭雪の宣言に王は思わず身を乗り出して反論した。
「どうやって還るのだ?そんな魔法は存在しないのだぞ」
「自力で還れる。現にオーブは召喚されてから一度、自力で還っているからな」
「まさか……」
絶句する王に蘭雪は一方的に話を切った。
「魔王を封印して欲しいなら、これ以上私たちに構うな。出発は明日、こちらで勝手にさせてもらう」
それだけ言うと朱羅と蘭雪は悠然と会場から出て行った。
二人の姿が消えて数人が気絶するように倒れる。
王も崩れるように王座に座り込んだ。
「なんという強い意思と魔力だ……」
うなだれている王の側にいつの間にかカミーユが片膝をついて仕えている。
カミーユは頭を下げたまま進言した。
「これ以上、勇者様方には関わらないほうが賢明かと思われます。勇者様方は魔王の封印が終わりましたら自分たちの世界に還るため、他国に亡命する危険はありませんので計画も終了するほうが、よろしいかと。あと、城内に侵入者の報告がありました」
滅多にない城への侵入者の報告に王は疲れたように指示を出した。
「勇者たちのことは後で考える。侵入者を確保しろ。なるべく生かしたままな」
「御意」
カミーユが静かに姿を消すと王は頭を押さえて退席した。




