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魔王が復活しそうなので慣例に従って勇者を召喚したらチートすぎた上に個性が強かった  作者:


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知らぬは本人たちばかりの場合

 混沌としながらも流れる静寂。その雰囲気を変えるために生演奏のワルツが流れ始めた。

 そのことに気が付いた男性が女性をダンスに誘い、会場の中心にドレスの花が咲いていく。


 その光景を見て蘭雪が紫依に声をかけた。


「滅多にない機会なんだ。せっかくだから二人で踊ってきたらどうだ?」


「ですが、私は踊りを知りません」


 紫依の言葉を聞いて蘭雪が朱羅を見た。


「リードできるだろ?」


 踊れて当然のような言い方をされたが、朱羅は困惑した様子なく踊っている人たちを見て頷いた。


「俺たちの世界と同じような踊りだから問題ない」


「じゃあ、行ってこい」


 蘭雪が紫依の体を軽く押す。慣れないドレスで体がよろめいた紫依を朱羅が支えるように手を握り、そのままスルリと踊りの輪に入っていった。


「あ、あの。私、この踊りはまったく知らないのですが……」


 戸惑う紫依に朱羅が微笑む。


「俺が来るまで踊っている人を見ていただろ?それと同じ動きをすればいい。あとは俺がリードする」


「……わかりました」


 紫依が軽く瞳を閉じて深呼吸をする。そして次に深紅の瞳が現れた時は、どこかぎこちなかった動きが滑らかになっていた。


 紫依が風のように軽やかに踊り、朱羅がその動きを遮ることなく優雅に誘導していく。

 その光景に騎士たちの外れていた顎が地面に突き刺さった。


 紫依が感心しながら話す。


「朱羅は踊りも出来るのですね」


「社交会に必要なことはリルに叩き込まれたからな。まさか本当に踊る日がくるとは思わなかったが」


「リルさんに感謝しないといけませんね」


「しばらく会っていないからな。今度一緒に会いに行くか?」


「そうですね」


 そう言って微笑み合う姿に周りから感嘆の声が漏れ、二人の周囲には自然と空間が作られていた。


 毎日せっせと闘技場通いをしていたアドリエンヌやフルール、貴族令嬢たちでさえも、輝きを放つ二人に対して無意識に距離を置いて茫然と眺めている。


 朱羅は白い騎士の正装服で、胸に紫依の瞳と同じ色をした深紅の宝石の飾りを付けていた。

 一方の紫依は朱羅の瞳と同じ色をした翡翠の宝石がついた首飾りを身につけている。


 お互いの瞳の色を身につけて踊る姿に、誰もが二人の関係を推し量り囁き合う。


 その光景を見て蘭雪は満足そうにオーブに声をかけた。


「良い服を選んだな」


 オーブがいたずらをした子どものように笑う。


「蘭雪の考えそうなことだと思って。気づいていないのは本人たちだけってね」


「滅多にない機会だからな。紫依を好きに飾れて楽しかった」


 会場の注目を集めている二人をオーブと蘭雪が楽しそうに見ている。


 一方で宰相とリュネットは青い顔をしていた。


 宰相が慌ててフェリクスの袖を引っ張り小声で訊ねる。


「あの二人は恋人同士なのか?」


「そうではないようなのですが……私もよくわからないのです」


 言葉を濁すフェリクスを置いて宰相はカミーユに声をかけた。


「どうなのだ?」


 カミーユが肩をすくめる。


「僕にもわかりません」


「もうすぐ王が来られるのに、これでは計画が……とにかく、報告を」


 宰相が会場から出ようとしたところで音楽が終わり、踊っていた人々が礼をして、その場を離れたり次の踊りの相手を探したりしている。


 紫依と朱羅も蘭雪たちがいるところに戻ろうとしたところで派手な音楽が鳴り響いた。


 全員が自然と会場にある一番大きな扉に注目する。仰々しく開いた扉から王が王妃とともにゆっくりと会場に足を踏み入れた。

 そして、その後ろから王位第一継承権と第二継承権を持つロランとセルジュが二人でロランの婚約者をエスコートして入場してきた。


 王は会場の中央を通り抜けて王座まで来ると、座る前に簡単に来賓者への歓迎の挨拶をした。

 もちろん蘭雪との約束通り勇者の紹介はない。


 そして王が王座に座ると再び音楽が流れ出した。


 会場の中心ではロランと婚約者が踊り始める。他の人はその光景をにこやかに見ているだけで参加する人はいない。


 そこに第二皇子であるセルジュが紫依に近付いてきた。その行動に宰相の青くなっていた顔が白へと変わる。


「お美しい姫よ。どうか一曲、私と踊っていただけませんか?」


 セルジュは紫依が朱羅と踊っていた光景を知らない。そのうえ勇者に声をかけてはならないという厳命が出されている中で、勇者に声をかけたというセルジュの行動に周囲がざわつく。


 紫依が微笑んで断ろうとしたところで、朱羅が紫依を隠すように一歩前に出た。


「勇者には声をかけるなと王から指示がなかったか?」


 その言葉に普段から王族として表情を崩さないように厳しく躾られて育ったセルジュの表情が少し崩れる。


「黒髪、深紅の瞳の少女……まさか、ノゼの街の勇者様?この美しい姫が!?」


 セルジュは驚きの表情をしているが、この国では滅多にいない黒髪を見れば紫依が勇者の一人であることは、すぐに分かったはずだ。


 本当に紫依を勇者と思わずに声をかけたのか。それとも勇者に声をかけてはならないという厳命をかいくぐるために、わざと知らないふりをして紫依に声をかけたのか。それならば目的は何か。


 いろいろと疑問点が出てくるが、朱羅は追及することなく紫依を促した。


「行くぞ」


 朱羅が颯爽と踵をかえす。紫依はセルジュに軽く会釈して朱羅の後をついて行った。


 この場で皇子からの誘いを断り、恥をかかすなど断首罪に等しい振る舞いなのだが、王を含めて誰も何も言えなかった。

 全員が呆然と紫依と朱羅の姿を見つめる。そして二人が合流した人々を見て囁き始めた。


 勇者の従者として選ばれた三人とリュネットの顔は知られている。


 そうなれば、顔を知らない残り二人が勇者ということになるのだが、そうなると性別が合わない。噂では少女のように見える少年と女神のように美しい女性だ。

 一人は確かに少女のようにも見える美少年である。ただ、もう一人はどう見ても青年にしか見えない。しかも美青年だ。


 首を傾げる人々を眺めながら蘭雪が面白そうに笑った。


「混乱しているな」


「まったく、どういう噂が流れているんだか」


 そう言いながらオーブが朱羅と紫依を迎える。


「上手に踊れていたぞ」


「朱羅のリードのおかげです」


 そこにフェリクスがにこやかにリュネットを見た。


「次はリュネット様と踊られてはいかがですか?王都の勇者様」


 いきなり話を振られてリュネットの顔が真っ赤に染まり言葉につまる。


 だが言われた朱羅は平然と口を開いた。


「悪いが……」


 朱羅が断ろうとしたところに蘭雪が口を挟んだ。


「悪いが、これ以上ここにいるつもりはない。一曲踊ったのだから退席するよ」


「蘭雪は踊ってないだろ」


 オーブの突っ込みに蘭雪が微笑む。


「いますぐオーブがドレスを着てくるなら踊るが」


「すみませんでした」


 速攻で謝るオーブの姿にカミーユが苦笑いをする。


「余計なことを言わなければいいのに。みなさん、本当に退席されるのですか?」


 カミーユの言葉にフェリクスが続ける。


「王にご挨拶だけでもされませんか?」


 オーブと蘭雪が言葉を重ねて答える。


『面倒くさい』


「そこは息ぴったりなんですね」


 感心するカミーユにオーブが言った。


「だって、なんか面倒なこと考えていそうな顔しているしさ。そういう性格の人間だろ、あれ」


 王をあれ扱いしていることには目をつむり、カミーユは鋭いと思いながらも表情には出さずに穏やかに言った。


「王とはそういうものでしょう?常に多くのことを考えていますから」


 カミーユの言葉で、勇者一行の視線が王に集まった。


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