晩餐会が開催された場合
絢爛豪華な会場で人々は会話に花を咲かせていた。
話題の中心はもちろん召喚された勇者だ。実際に見られる、あわよくばお近づきになりたいという思惑が渦巻いている。
そんな中、リュネットは落ち着かない様子で周囲を見渡して目立つ金髪を探した。それはいつもなら目立つ所にいるのに今回は珍しく会場の端にいた。
リュネットは目的の人物に早足で近づいて声をかけた。
「フェリクス様、勇者様方のお姿が見えないのですが、どうかされたのでしょうか?」
フェリクスが苦笑いをしながら右手で隣を示す。
「こちらにおられます」
リュネットが言われた方を見ると、そこには見るも華やかな姿の三人がカミーユと談笑していた。
これだけ輝いているのに何故、今まで視界に入らなかったのか。
不思議そうにしているリュネットにフェリクスが説明をした。
「目立たないように気配を消されているので、こうして意識して見ないと分からないのです」
「そうなのですか」
納得しながらリュネットは見るのも眩しいほど輝いている三人に視線を向けた。
もともと人形のような外見をしている紫依はレースとフリルで飾られた柔らかな黄色のドレスを身に付けて、ますます可愛らしくなっている。
首元には翡翠の宝石がついた首飾りをしているが、深紅の大きな瞳の方が宝石より強く煌めいている。艶やかな黒髪を一つにまとめて様々な白い花で飾っているが、これだけ華やかだと花の方が霞んで見える。
その隣に立っているオーブは美少女にしか見えなかったドレスを脱いでカツラを外し、薄い水色をした男性用の正装をソツなく着こなしている。
カツラの金髪より淡く繊細に輝く金色の髪と大きなムーンライトブルーの瞳は夜空に浮かぶ月を連想させる。身長も体格も成長途中だが、服装のためか少女には見えず美少年となっている。
そして一番姿を変えていたのは蘭雪だった。
妖艶で女神のように豊満で女性らしかった体型がなくなり、男性が着る正装に身を包んでいるのだ。背も女性にしては高いため違和感はなく、黒髪、黒瞳と同じ黒い正装服が見事に蘭雪を青年に見せている。
しかも女性らしい雰囲気まで消え、堂々として落ち着いた様子は、どこから見ても好感的な美青年だ。
性別まで変わった二人の姿にリュネットが戸惑いながらも声をかけた。
「昼にお会いしましたのに、ご挨拶せず失礼いたしました。みなさまのことはフェリクスより聞いております。私は第三皇女リュネット・シャブラと申します。お見知りおきを」
リュネットの自己紹介を聞いて蘭雪が口を開く。
「第三皇女ということは共に魔王の封印をするという姫かな?」
声も低くなり言葉使いまで変わっている。容姿と合わせたら、どう見ても女性とは思えない。
その姿にリュネットは蘭雪が女性であることを忘れそうになる。
一方、オーブはリュネットを見て少し表情を曇らせた。
「姫と一緒に魔王の封印に行くのか?体力とか大丈夫か?」
オーブの意見に蘭雪が同意する。
「そうだな。危険な旅になる可能性もある。戦闘や野宿の経験などはあるのか?」
相手が王族のため誰も声に出しては言わなかったことを、オーブと蘭雪が率直に訊ねた。
普通なら無礼千万であるが相手はこの国を救うために召喚された勇者である。そのため誰もなにも言えない。
フェリクスが穏やかな表情で説明した。
「リュネット様は魔王の封印のために必要なことは全て実施込みで勉強しておられます。このように可憐な外見ですが、体力もありますし野営も経験されています」
「頑張られたのですね」
微笑む紫依にリュネットが少し恥ずかしそうに俯く。
「皆様のお力に比べたら微々たるものですが精一杯させていただきます」
素直なリュネットの言葉に頷きながらフェリクスが言った。
「リュネット様については私達が全力で補佐いたします。勇者様方の手を煩わせることはありません」
「頑張れよ、色男」
オーブの嫌味にフェリクスが睨む。
昼間のオーブのいたずらによりフェリクスが開放されたのは夕方だったのだ。
そこに慌てたように宰相が走ってきた。
「いつの間にこちらへ?」
その問いに蘭雪が爽やかな笑みを浮かべながら言った。
「十分ぐらい前かな。朱羅は騎士に稽古をつけると言っていたらしいから、今どこにいるかは分からないが」
昼に蘭雪の女性姿を見ていた宰相は完璧な変わりように言葉を失う。正直に言えば、この集団の中にいなければ昼に見た女性と思わなかっただろう。
宰相の心中を察したカミーユが蘭雪に声をかける。
「あまりの見事な変装に驚いているようです」
「動きやすい格好が良かったからな。言われた通り出席はしているのだ。文句はあるまい?」
蘭雪の問いに宰相の意識が戻る。
「は、はい。その通りです。失礼いたしました」
予想外の展開に宰相は無意識にハンカチを取り出して額の汗を拭いていると、会場がざわついた。
視線をそちらに向けると遅れていた団長が部下を連れて入場してきていた。
若い女性から見れば将来有望の騎士と話せる数少ない機会である。しかも、その中に今回の主役である勇者が混じっていれば嫌でも目の色が変わる。
貴族令嬢たちが朱羅の姿を見つけて近づくが、王命で勇者に声をかけることを禁止されているため、悔しそうに数歩離れたところで足を止めている。
それはアドリエンヌとフルールも同様であった。朱羅の視界に入り、声をかけてもらえるのを待つことしか出来ない。
そんな女性たちの怨念に近い欲望の視線を無視して、将来有望株の一人であるオレールと朱羅が会場の端にいる一団の方へ歩いていく。
オレールはいつも通りだが、朱羅はその一団を見て表情を変えた。無表情、鉄仮面の代名詞と言われている朱羅が微笑んだのだ。
朱羅が初めてみせた表情によって女性陣からは感嘆のため息が漏れ、男性陣は我が目を疑い、騎士たちは驚愕の表情となった。
そして、その表情を目の前で目撃したリュネットは顔を真っ赤にしたまま動けなくなった。
心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思うほど激しく動いているのが分かるほどで、リュネットは思わず両手で胸を抑えて朱羅の顔を見上げた。
だが、朱羅はリュネットの横を素通りして、そのまま真っ直ぐ紫依の前に立った。
「良く似合っている。蘭雪が選んだのか?」
朱羅の率直な言葉に紫依が少し困ったように話す。
「はい。ですが私も蘭雪のような服が良かったです」
「何か問題があるのか?」
「この服は動きにくいことがあります」
「慣れれば動けるようになる。オーブがそんな服でも動き回っていただろ?」
紫依はオーブが飛空艇で鳥と戦っていたことを思い出す。
「確かにそうですが、私はこのような服に慣れていないので、いざというときに動けるか不安です」
「それは大丈夫だろう。それに、たまにはそういう格好もいいと思うが」
朱羅の意見に紫依が小首を傾げる。
「そうですか?」
「ああ」
朱羅が爽やかな笑顔で頷く。
その表情に女性陣がよろめき、男性陣が慌てて支える。そして驚愕の表情をしていた騎士たちの顎が外れた。
そんな異常な周囲の様子など気付いていない紫依は淡々と納得した。
「そうですね。滅多にないことですので、このままでいます」
紫依が可愛らしく微笑むが、会場は一部を除いて混沌の極みと化していた。




