二人の関係を訊ねた場合
自分の仕事に満足したオーブは頭を切り替えて朱羅を見た。
鍛練場の中心で紫依と適当に距離を空けて向かい合っている。
「なにか用か?」
オーブが声をかけると朱羅は周囲を見ながら言った。
「結界を頼む。人が多いから二重で」
「了解」
オーブは鍛練場のスミに行くと指を鳴らした。すると紫依と朱羅を半透明で半円形状の大きなドームが包んだ。
「これでいいか?」
オーブの確認に朱羅が手を上げて答える。そして朱羅が手を下げると同時に合図もなく二人は剣での打ち合いを始めた。
その光景にその場にいる人(フェリクスを問い詰めている貴族令嬢たちと、問い詰められているフェリクスを除く)は動けなくなった。
「なんて大きな魔力のぶつかり合いですか」
カミーユの呟きにオーブが軽く笑う。
「余分な力を発散させているんだ。数日に一回はこれをしないと紫依の力が溢れるからな」
「これほどの魔力の持ち主とは……」
カミーユはそう言ってオレールを横目で見る。
オレールの意識は鍛練場の二人に集中しており周囲の言葉は耳に入っていなかった。
朱羅も紫依も持っているのは一般兵士が使用する剣だが、それを自身の魔力で包み込み強化している。
そんな剣をお互い容赦なくぶつけ合っているが、ただぶつけ合っているわけではない。その動きが洗礼されたように美しく、目が離せないのだ。
朱羅の攻撃を紫依が受け流していく。その中で朱羅の一撃が紫依の剣を弾いた。
剣が宙を飛び、武器を持たない紫依に朱羅の剣が迫る。
だが紫依は逃げるどころか逆に朱羅の懐に飛び込んだ。そして攻撃は最大の防御と言わんばかりに手掌を突き出すが、それを朱羅は一歩引いて避ける。
そこに宙を舞っていた剣が紫依の背中に落ちてきた。
紫依はそれを背中に回した左手で掴むと体を反転させ、そのまま朱羅の死角から攻撃する。が、朱羅も紫依の死角に忍ばせていた剣を突きだす。
お互いの剣先が首元で止まり、すべての動きが止まった。
「大丈夫そうだな」
そう言って朱羅は安心したように軽く笑った。その表情に硬直していた騎士たちの顎が地面まで落ちる。
先ほどまでの人外的な模擬戦より朱羅の笑顔の方が衝撃的だったのだ。
奇妙な静寂が包む中、パンパンと手を叩く音が響いた。
「はい、それまで。もう十分だろ。結界を消すぞ」
オーブは返事を待たずに指を鳴らす。すると二人を覆っていた半円形状のドームが消えた。
カミーユが周囲を見ながら頷く。
「結界を張って正解ですね」
「でないと、あの二人の斬撃の衝撃波でこの辺がボロボロになるからな」
「そうですね」
紫依と朱羅がこちらに歩いてくる。そこへオレールがまっすぐ歩いて近づいていった。
「どうかされましたか?」
今までの戦いなど微塵も感じさせない可愛らしい微笑みで紫依がオレールに話しかける。だが、オレールは無言のまま持っていた花束を紫依に渡した。
あっさりと花束を渡したオレールの予想外の行動にカミーユが目を丸くする。
だが、よく見るとオレールの視線は紫依ではなく、その後ろを歩いていた朱羅に向けられていた。
オレールはそのまま紫依の隣を素通りして朱羅に声をかけた。
「無礼は承知の上で申し上げます。手合わせをしていただけませんか?」
あの壮絶な剣の打ち合いを見た上でそんなことを言うオレールにカミーユがため息を吐く。
「どこまで筋肉馬鹿ですか、あれは」
朱羅は突然の申し出にも慌てた様子なくオーブたちがいる方向と反対側に視線を向けた。
「宰相が来た。手合わせは次の機会だ」
そう言われてオレールも朱羅と同じ方向を見ると、宰相が従者を引き連れて鍛練場に入ってくる姿があった。
「確かに。仕方ありません」
オレールが素直に体を反転させる。そこで花束を持っている紫依と目があった。
「綺麗なお花ですね」
にこやかな笑顔とともに花束が渡される。
どうやら紫依は手合わせをするのに邪魔になる花束を預けられたと思ったらしい。
一方のオレールは無意識に紫依に花束を渡していたので、今更ながらに自分がした行動に慌てる。
「いや、これは、その……」
花束を受け取ろうとしないオレールに紫依が首を傾げる。その姿に朱羅が紫依の頭を撫でながら言った。
「いらないようだから貰っておけ。花は嫌いではないだろ?」
「ですが……よろしいのですか?」
紫依の問いにオレールは頷くことでしか返事が出来ない。一方の紫依は少し嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます」
そんな紫依の様子を朱羅が優しく見守る。
それは恋人というほどの甘い関係でもなく、兄が妹を見守るほどの近親感もなく、それでも友人というには親密すぎる。
二人の関係性が見えてこないカミーユは首を傾げながら率直に訊ねた。
「お二人はどういうご関係なのですか?」
その言葉に紫依と朱羅が顔を上げて迷いなく答えた。
「兄様のご友人です」
「友人の妹だ」
それは関係と言えるのか。
唖然としているカミーユとオレールとは反対に、オーブと蘭雪が笑いを堪えている。
四人の様子に紫依と朱羅が顔を合わせる。
「何か変なことをいいましたでしょうか?」
「いや、言ってないと思うが」
その会話に蘭雪がカミーユを見た。
「ね?答えはシンプルだったでしょ?」
「……シンプルすぎて何もわかりません」
「んなこと言ったって、この二人にはそれしか言いようがないんだよ」
オーブの言葉にカミーユが唸る。
「お兄さんの友人が精神安定剤になるのですか?」
「なっているんだから、しょうがないだろ。それより、なんか偉そうなおっさんが来たぞ」
顎を落としていた騎士たちがいつの間にか立ち上がり全員が敬礼をしている中を宰相が悠然と歩いてくる。
そして朱羅たちの前で立ち止まり一礼した。
「私はこの国の宰相を務めております、マルセル・ブシェと申します。勇者様方にお話したいことがありましてまいりました。ここではなんですので、場所を移してお話を聞いていただけませんでしょうか?」
蘭雪が胸の前に腕を組んで言った。
「その話は長くなるの?それとも封印に関わる重要な話?」
女神のように美しい外見をした蘭雪の横柄な態度に気圧されながら宰相は答えた。
「封印とは関係ありません。今晩の晩餐会のことでして」
「晩餐会?出席しないといけないの?」
明らかに不機嫌になった蘭雪に宰相が慌てて説明する。
「魔王の封印をしていただける勇者様方に少しでも礼をしたい、と王からのお心使いでして。他にも勇者様に礼を言いたいという者も多く。ご出席をして頂ければ……」
笑顔で取り繕う宰相を蘭雪はスッパリと斬った。
「嫌よ。なんで、そんな面倒なことに参加させられる上に目立たないといけないのよ。しかも、まだ封印もしてないのに礼を言うなんて、順番が逆じゃない。そんなことせずに休ませてよ。明日には出発するんだから」
その言葉に宰相が言いにくそうに言った。
「そのことですが、飛空艇の修理が終わっておりませんので、出発は数日先になります」
「別に飛空艇じゃなくても行けるんでしょ?」
「そうですが、安全面を考えますと……」
「あの飛空挺だって完全に安全ってわけじゃないんだから、別の方法でもたいして変わらないわよ」
「ですが」
論点がずれてきたためカミーユが間に入る。
「その話はあとにしましょう。今は晩餐会に参加されるか、されないか、ですよ。どのような条件でしたら参加して頂けますか?」
カミーユの提案に蘭雪が条件を考える。
「そうね。私たちの紹介はしないこと。あと参加している人たちが私たちに声をかけないこと」
思ったより簡単な条件に宰相が頷く。
「それぐらいなら出来ます。参加して頂けますか?」
「その二つを守るならいいわ」
「了解しました。衣装は使用されているお部屋に準備いたしましたので、お好きなものをお選び下さい。足りない物がありましたら、この者たちにお言いつけ下さい」
そう言って宰相は後ろに控えている数人の従者を示した。蘭雪が意気揚々と紫依の手をつかむ。
「じゃあ、さっそく衣装を選びに行きましょう」
「え?今からですか?」
戸惑う紫依を無視して蘭雪がオーブを見る。
「私の衣装はそっちの方で選んどいて」
「オレの衣装は?」
オーブが緑色のドレスを指差す。
「好きなのを着れば」
「よっしゃ!」
オーブが気合を込めてガッツポーズをする。ようやくこの姿から開放されるからだ。
蘭雪が紫依を連れて勢いよく鍛練場から出ていく。その後を宰相についてきた従者が慌てて追いかける。
それを無言で見ていた朱羅にオーブが声をかけた。
「いいのか?好きにさせて。あれだと数時間は拘束されるぞ」
「あんな上機嫌の蘭雪を止めたら何をするか分からないからな」
「確かに。さて、オレもとっとと着替えたいし行ってくるか」
「ついでに俺のも選んどいてくれ」
「なら一緒にくればいいだろ」
「もう少し騎士たちに稽古をつける」
朱羅の発言に敬礼を崩さないでいた騎士たちの体がビクっと揺れる。
その光景にオーブは苦笑いをしながら言った。
「了解。適当に選んでおく」
オーブは宰相の従者とともに鍛練場からさっさと出て行った。朱羅も団長のところへ歩いていく。
宰相は未だに貴族令嬢たちから責められ続けているフェリクスを見てカミーユに訊ねた。
「ところで、あれは何をしているのだ?」
「今までのツケを払っているところです。気にしないで下さい。それより晩餐会のほうが大変ですよ。勇者様に声をかけたがっている貴族は大勢いますからね」
「わかっている。私は準備に戻るから勇者様方のことは頼んだぞ」
「はい」
宰相は貴族令嬢たちとフェリクスの間でおどおどしていたリュネットを救い出して鍛練場から出て行った。




