王の場合
王の執務室でオレールとフェリクスはこれまでのことを報告していた。
「では、飛空艇でマユ山の上空を通過したところで鳥群に襲われたというのか」
王の深い溜息とともに出た言葉にオレールが頷く。
「はい。それによって結界が薄れて魔物に見つかり襲撃されました」
「その鳥群は魔物ではないのか?」
その問いをフェリクスが否定する。
「王都の結界内に飛空艇が入ったとき、魔物は全て消滅しました。しかし、鳥だけは消滅しませんでした。つまり、この世界の生物ということになります」
「それにしても小さな鳥から巨大な鳥まで様々な種類の鳥が一斉に襲ってきたというのか」
そう言って王は隣で立っている宰相に声をかけた。
「偶然だと思うか?」
「普通ではありえませんが、飛空艇になにかしら鳥を惹きつけるものがあったと考えれば、ありえないことでもありません」
飛空艇の制作に携わったフェリクスが説明をする。
「今回の飛空艇は飛行速度を上げるために魔石の種類と数を多くしました。それが影響しているのかもしれません」
「では、ただちに原因を究明するのだ。場合によっては飛空艇無しで魔王の封印に行くようになる可能性も考慮するように」
『御意』
オレールとフェリクスの声が重なり響く。
王はもう一つの案件を出した。
「勇者の様子はどうだ?報告は聞いているが、お主たちの意見を直接聞きたい」
フェリクスが首を左右に振った。
「あれはいくら私でも無理です。正直に申し上げますと、今まで見たことのない性格をした女性でして、つい本気になってアプローチしようとしたのですが、まるでダメでした。そもそも私が好みではなかったようですが」
フェリクスの報告に王だけでなく宰相も驚いた。
「百戦錬磨といわれ、あれだけ華やかな噂を持つ貴殿でも無理だというのか?」
「はい。それにこれ以上、蘭雪様に手をだそうとすればカルシの街の勇者様が黙っていないでしょう」
言葉の最後あたりで何かを思い出したのかフェリクスの顔が青白くなっている。
「なにかあったのか?」
宰相の追求にフェリクスは頬を流れる汗を拭いながら言った。
「いえ。とにかく蘭雪様とカルシの街の勇者様には何もしないのが得策かと思います。ただ、蘭雪様はノゼの街の勇者様を一番好みと仰っていましたので、そちらを落とせば、この国から離れることはないと思われます」
王は頷きながら言った。
「美しいだけの女性ではないということか。オレール、お主が仕えている勇者はどんな様子だ?」
「報告にありましたと思いますが、まさしく人形のようです。表情があまりなく、たまに人形のように微笑むことがある程度です。そのため思考が読めません」
「そうか」
王は少し考えた後、フェリクスを見た。
「フェリクス、落とせるか?」
その言葉に主語はなかったが即座に意味を理解したフェリクスは首を横に振った。
「私が動けば蘭雪様が盛大に邪魔をされるでしょう。あの方を敵にまわすなど私にはとても出来ません」
そう言って今にも倒れそうなほど顔色を悪くしているフェリクスの様子を見て王は、これ以上は無理だと判断してオレールに振った。
「では、オレールはどうだ?」
予想外の事態にオレールの返事が遅れる。
「……私ですか?」
「ああ。勇者の従者として側にいるのだ。機会はあるだろ?」
王の問いにオレールではなくフェリクスが返事をする。
「そうですね。オレールなら従者だから側にいても邪魔はされないと思います。よし、私が指導してやろう」
今までの顔色の悪さが嘘のように意気揚々とフェリクスがオレールの肩を叩く。
「待って下さい。私は……」
普段は表情を崩さないオレールが珍しく狼狽えているとノックの音が響いた。
「カミーユ・ビオです」
「入れ」
宰相の許可にカミーユが執務室に入って一礼する。
「勇者様方をお部屋にご案内いたしました」
「ご苦労。お主からも話を聞きたかったのだ。お主から見て勇者はどのような人物だ?」
密偵という職業のため様々な人を見てきたカミーユの意見は重要になる。
王はまっすぐな視線を逸らすようにカミーユは軽く言った。
「失礼ながら言わせていただきますと、お手上げですね」
目を丸くしている王に対して宰相が視線を厳しくして訊ねた。
「どういうことだ?」
「まず、私が担当しています勇者様ですが、とんでもない魔力量と戦闘技術を持っています。それに加えて観察眼も鋭いです。人畜無害のような容姿ですが一番敵にまわしたくない人です。自分に害をなすと判断したら容赦なく相手を殺すことが出来る人間ですから」
宰相が目を丸くする。
「それでは、貴族令嬢を差し向ける計画は……」
カミーユは微笑んだまま首を横に振った。
「止めたほうがいいでしょう。そんな浅い企みは簡単に見抜かれます。それに、あの外見の勇者様にアプローチする度胸がある令嬢もおられないでしょう」
フェリクスが相槌を打つ。
「確かに。明らかに自分より可愛らしい男にアプローチなど拷問でしょう」
「そして、フェリクスが仕えている勇者様ですが、この方は自分の感情を素直に表面に出すので対応はしやすいです。ですが、この方も自分が気に入らないものは無視か徹底的に排除する人間です。それに加えて魔力も強いですから、せいぜい機嫌をとりながらお願いを聞いてもらうぐらいしか出来ないでしょう」
カミーユからスラスラと出てくる報告に王が頭を抱える。
「あと、オレールが仕えている勇者様ですが、この方が一番わかりません。先に述べた勇者様方からとても大切にされていますが、何故そんなに大切にされているのか、どのような人物なのか、まったく見えてきませんでした」
そこまで言ってカミーユは報告終わりと言わんばかりに口を閉じる。
王は唸りながら結論を出した。
「では、先ほど話した通りノゼの街の勇者はオレールに任せる。カルシの街の勇者とバルダの街の勇者にはなにもしなくてよい。あとはリュネットに頑張ってもらおう」
その命令にオレールは口を開きかけたがグッと堪えた。王命である以上、逆らうことは許されない。
不満げなオレールを楽しそうなフェリクスが引きずって執務室から出て行く。その後ろ姿を見守るようにカミーユが出て行った。
三人がいなくなり王は呟いた。
「少々、強引な手を使うかの」
カミーユがいたら絶対止めたであろう、その呟きを宰相は止めなかった。カミーユは一番重要な報告をし忘れていたのだ。いや、もうすでに報告されていると思っていた。
オーブが自力で異空間移動をして自分の世界に還っていたことを。機嫌を損ねるようなことをすれば今回の勇者たちは即座に自分の世界に還ってしまうことを、王は知らなかった。




