リュネットの場合(前編)
長くなったので前後編にしました。
ですが、うまく話が切れないです。
その日は朝から城全体が騒がしかった。
昨日、バルダの街に勇者が到着して、本日、王都に到着するという情報が入ったからだ。
報告によると今回の勇者は過去に例がないことばかりだという。そのため城の全員に粗相なく勇者を迎えるよう王直々に命令が下ったのだ。
そのため城中が歓迎の準備で慌ただしい中、リュネットは邪魔にならないように侍女も連れずに一人でこっそりと城の城門まで足を運んでいた。
リュネットが目的地に到着すると、予想通りの人がそこにいた。そのことに喜びを感じながらもリュネットは努めて普通に声をかけた。
「こちらにおられたのですね」
リュネットの視線の先には銀髪を風になびかせている朱羅がいた。
「何か用か?」
そう問いながらも朱羅は遥かの先の空を見ている。
リュネットは敬礼している門番に軽く微笑むと朱羅の隣に立った。
「これから来られる勇者様のお出迎えをしたいと思いまして。ここでしたら、飛空艇が来たらすぐに見えますから」
無言の朱羅にリュネットが空を見ながら言葉を続ける。
「どのような勇者様方なのでしょうか?とても美しい方々と聞いております」
「外見の話ばかりだな」
そう言うと朱羅は空を指差した。
「飛空艇とは、あれか?」
リュネットと門番が目を凝らして指差された方向を見るが黒い点しか見えない。
だが、鳥なのか飛空艇なのか区別がつかなかった物体はすぐに判別出来る大きさとなり、黒い煙を上げているところまで見えるようになった。
その光景に門番が城に向かって大声で叫ぶ。
「で、伝令!飛空艇が燃えている!魔物に襲撃されている!」
門番が慌てて城の中へ走っていく。
飛空艇の周囲を巨大な鳥や虫が飛び交っており、いつ墜落してもおかしくないように見える。
ゆっくりと高度が落ちていく飛空艇の様子にリュネットが叫んだ。
「このままでは街に落ちてしまいます!」
朱羅が飛空艇の速度と高度を計算して城の上空を見た。
「いや、あれは城の裏にある湖に不時着させるつもりだ」
朱羅は側に置いていたウマにまたがった。
「私も行きます」
朱羅が止める間もなくリュネットが後ろに乗る。
「振り落とされないように」
それだけ言うと朱羅はウマを発進させた。
朱羅が湖に到着すると、ちょうど飛空艇が上空からゆっくりと降りてきているところだった。
飛空艇は勢いよく湖に着水して盛大に湖の水を被った。そのおかげで黒煙は消え、少しして船のように水の上に浮かんだ。
そのためリュネットが立っているところから飛空艇の甲板部分が丸見えとなった。
そこでリュネットが一番に見たものは、甲板の上で淡いピンク色のドレスを来た美少女が優雅に剣を振るって大小様々な鳥と戦っている姿だった。
背中まである金髪を軽やかに揺らし、動きにくいはずのドレスで甲板の上を縦横無尽に駆けていく。
相手が空を飛んでいるためか、美少女も軽いステップで空を舞い、素早く的確に仕留めていく。剣や戦いとは無縁でお淑やかそうな外見からは想像もつかない動きの連続である。
リュネットはいつの間にか自分と同年代ぐらいに見える美少女の姿に目が釘付けとなっていた。
そこに戦っている美少女とは別の少女の声が聞こえてきた。
「無事に不時着できましたし、私もオーブを手伝ってもいいですか?」
リュネットが声のした方を見ると、甲板から少し離れたところで、女神のように美しい女性が樽に腰掛けて楽しそうに美少女が戦う姿を見ていた。
その隣には人形のように可愛らしい少女が少し心配そうに戦う美少女を見ている。
女神のような女性が人形のような少女に微笑みながら言った。
「このままでいいわよ。紫依は飛空艇をここまで飛ばして不時着させるという大仕事をしたんだから」
その言葉にリュネットは若草のような緑の瞳を丸くした。あれだけの黒煙を上げ、いつ墜落してもおかしくなかった飛空艇をここまで飛行させたというのだ。
可愛らしい外見からは想像がつかない魔力量にリュネットは思わず息を呑んでいると、聞き覚えがある声が響いた。
「リュネット様、ここは危ないですから少し離れたほうがいいですよ」
声がしたほうを見るとカミーユが笑顔で飛空艇から手を振っていた。
「もう少しで片付きますから」
笑顔で話すカミーユにリュネットは飛空艇の甲板を指差しながら言った。
「私のことより、あの方を助けて下さい」
リュネットの言葉にカミーユが面白そうに笑いながら答える。
「あれでも勇者様ですから自力でどうにかしますよ」
金髪が揺れ、大きなムーンライトブルーの瞳が輝く。
まるで舞踏会でダンスを踊っているような動きで複数の巨大な鳥に囲まれても確実に一匹ずつ倒していく。
その中、一番巨大な鳥が美少女の後ろにいる女神のような女性と人形のような少女を見た。
武器を持っていない無防備な姿に、美少女の上を抜けて巨大な鳥が二人に襲いかかる。
「あ!」
叫ぶリュネットの横を素早く朱羅が駆け抜けた。
軽く飛空艇に飛び乗ると腰に下げていた剣を引き抜き、巨大な鳥を一刀両断したのだ。
朱羅は何事もなかったように剣を収めると、鳥と戦っている美少女を一瞥しただけで無視をした。
そのまま振り返り、後ろにいた人形のような少女に声をかける。
「怪我はないか?」
「ありません。ありがとうございます」
にこやかにあいさつをしている二人に美少女が吠える。
「おい!無視するな!この格好についてつっこめ!」
その言葉に女神のような女性の視線がキツくなる。
「声。言葉使い」
女性の威圧感がある言葉に美少女がグッと黙ったあと、もう一度言い直した。
「失礼。この姿について何か申し上げていただけませんか?何も言われませんと非常に辛いものがありますの」
少女にしては少し低めで少年のようだった声が少し高くなり、口調も外見に似合ったものになった。
その様子に朱羅はため息を吐きながら言った。
「どうせ、蘭雪を怒らせたんだろ?それにしても、今回はカツラまで被って念入りだな」
朱羅の感想に女神のような女性が答える。
「それだけ私の怒りが大きいということよ」
「なら無視してもいいだろう」
朱羅が出した結論に美少女は最後の一匹を倒すと、そのまま優雅に朱羅の方へ剣を投げつけた。
「あら、ごめんなさい。つい手がスベってしまいました」
そう言って微笑む美少女に朱羅は造作もなく掴んだ剣を床にさした。
「俺に八つ当たりするな。蘭雪もそろそろいいだろう」
「しょうがないわね。じゃあ、声と言葉使いは戻していいわよ。服とカツラはそのままね」
「……わかった」
声の高さと言葉使いが最初と同じものになる。美少女は何か言いたげだったが、それを堪えているようにも見えた。
「飛空艇内の鳥は片付きました」
そう言いながら、すすで服や顔が所々黒くなっているオレールとフェリクスが飛空艇内から現れた。
「手こずったみたいね」
女神のような女性の言葉にオレールが説明する。
「敵が小さい上に場所も狭かったので、飛空艇を傷つけないように戦うのに手間取りました」
そう言うとオレールは人形のような少女に近づき頭を下げた。
「お疲れのところに、このような無理をさせてしまい申し訳ございません。お体は大丈夫ですか?」
人形のような少女が答える前に、女神のような女性が面白そうにオレールに訊ねる。
「なんで紫依が疲れていると思ったの?」
「日を追うごとに口数が少なくなっていますし、表情もどこか優れないようにみえます。こんなことになるならバルダの街で一日休養を取れば良かった」
人形のような少女が顔の前で両手を振る。
「私は大丈夫です。なんともありませんか……あっ」
気配なく近づいていた朱羅に抱えられ人形のような少女が慌てる。
「あの、本当に大丈夫ですから」
人形のような少女の意見を無視して朱羅が歩きだそうとしたところをオレールが目前に立って止める。
「勇者様に失礼であろう。何者だ?所属を言え」
今にも剣を抜きそうな気配のオレールに人形のような少女が先ほどの慌てぶりが嘘のように平然と説明をした。
「こちらは朱羅。私と同じ世界の人です。朱羅も勇者として召喚されたのですか?」
最後の言葉は朱羅に向けられており、朱羅はあっさりと頷いた。
「そうだ」
「だ、そうです。で、朱羅。こちらはオレール・ベルトランさんです」
紫依に紹介をされたがオレールは言葉に詰まっていた。
朱羅が平然と軍服を着こなしていたため、どこかの軍に所属している騎士だと思っていたのだ。
朱羅はそんなオレールの様子を気にすることなく歩きだそうとして、思い出したように振り返った。
「先に行って休ませる」
その言葉に女神のような女性が頷く。
「そうして」
朱羅は人形のような少女を抱えたまま軽々と飛空艇から飛び降りるとウマに乗って城へと走り去っていった。




